短文置き場

キドキラ(サ●ゼに喜ぶキラー)

2022/07/20 10:38
海賊
「お! この島サ●ゼリヤがあるじゃねェか!」
戦いのとき以外はほとんど「!」なんて付けない男が、ひとつのセリフでふたつも「!」を発するので、キッドはため息をついた。サ●ゼリヤとは、キラーお気に入りのチェーンレストランである。その企業努力で安価にうまいものを食べられるだけあってファンも多く、そしてキラーもそのひとりだった。いや、ファンというには度を超えている。溺愛していると言っても良かった。グランドラインを航海する間、島にサ●ゼリヤを見つけると、キラーは喜々としてキッドを誘う。キッドだってもちろん、いいレストランだとは思っている。だが、ときにはもっと雰囲気のある店や、逆にもっと猥雑な店に行きたい日もあるもので、断ってしまうこともあり、今日もそういう気分だった。
「たまには別の店のペペロンチーノだっていいだろうが」
サ●ゼリヤのペペロンチーノは、なんとたったの三百ベリーだ。ただし、具はほとんどない。キッドには、スパゲティにオリーブオイルと申し訳程度の唐辛子フレークをかけただけに見えるし、実際そう間違いでもないだろう。
「今日はサ●ゼリヤのペペロンチーノの気分なんだ」
「お前は常にサ●ゼリヤのペペロンチーノの気分じゃねェか!」
キッドはとうとう声を上げた。キラーは仮面の奥できょとんとしているようで、その反応すらも妙に腹が立つ。
「たまに五●衛門の気分の日もあるぞ」
「それ年に何回だよ……」
「行くぞキッド、キッドは辛味チキンでもリブステーキでもエスカルゴでもティラミスでも何でも食べていいから」
「…………」
キッドは、自分の食費がそれなりにこの船の懐事情を圧迫していることくらいは理解している。なんでも食べていい、などと言われる店はそうないのだ。おそらく、別の店ではごく普通に一人分しか食わせてもらえやしないだろう。
そういうわけでキッドは仕方なくキラーに従うことにした。


正直に言えば、キッドはキラーがなぜこれだけサ●ゼリヤを愛しているのか、いくらか理由がわかっている。値段と味だけではない。この上なくシンプルなペペロンチーノはガキの頃食べていたそれに似ているし、豪華にしたければ青豆の温サラダやチキン、チーズを足してしまえばいい。それに、オリーブオイルや岩塩を追加して味を調整することも可能で、料理好きの血が騒ぐのだろう。
アロスティチーニに噛みつきながら、キッドはキラーが高い位置からペペロンチーノに向かってオリーブオイルを注いでいるのを眺める。仮面越しでもわかる機嫌の良さは、船ではあまり見られないほどの浮かれっぷりだった。キラーが仲間の前では意図してしっかりしようとしているのは事実だ。
今となっては本人に億を超える懸賞金がついているというのに、たったの三百ベリーで喜ぶその性根を、本当はとても好ましいと思っている。だが、よくもそればかり食べられるものだ――。キッドは注文用紙にワインのデカンタとドリア、骨付きももの辛味チキンにバッファローモッツァレラのピザとハンバーグのコードを記入しながらため息をついた。もっとも、その口の端がつり上がっていることに本人は気がついていなかったが。

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