短文置き場
ルゾロ(TB後)
2022/07/20 10:38海賊
ルフィは丸いまなこでじっと医務室のベッドの上に寝かされたゾロを見つめている。確かにゾロはこの船のなかでは、他の誰よりよく寝顔を見る。海賊狩りをしていたころの習性が抜けないのか、そもそもそれが魔獣のさがなのか、ゾロはいつも夜はほとんど眠らず、かわりに昼間に眠った。だけれど、この寝顔はいつもと違っている。目も口も固く閉じられ、呼吸は細々としている。ゾロは血液型がおなじフランキーやローラの仲間たちからも輸血を受けていたが、異様な大量出血のせいか、顔色もひどく悪かった。付きっきりのチョッパーはすっかり憔悴していている。サンジはいつゾロが目覚めてもいいように鍋に粥を作って、結局目覚めずに自分で食い、また新たに米を柔らかく煮込んでいた。敵も倒した、ブルックが仲間に入ったのに、浮かれきれず落ち着かないのはゾロのせいだった。
思えばゾロは、出会ったときから弱っていた。何日も飲まず食わずで磔にされて、泥まみれの砂糖入りおにぎりに食らいつくほどだった。その強さはルフィも信頼しているが、同時にやたらに怪我をしている印象もある。特に、チョッパーが仲間に入るまではひどかった。それでも、ゾロはよく眠ってすぐに回復し、次の戦いでは三本の刀を振り回していた。ルフィはゾロの強さを信じている。出会ったときから。たとえ、ミホークにやられたあとだって。
命に別状はない、とチョッパーは言い切っている。ならば、それは事実なのだろう。だが同時に、ゾロはからだの中も外もひどく傷んでいる、とも言った。目が覚めたとしても、しばらくは本調子にならないだろう、と。
「ルフィ」
疲れ切った声でチョッパーはルフィの名前を呼んだ。
「ゾロのからだの向きを変えてくれないか」
それはゾロがこうして目覚めなくなってから、何度か頼まれていることだった。ずっと同じ向きで寝かせていると、同じ場所が圧迫され続けるので、皮膚や筋肉がさらに傷んでしまうのだという。
「ああ」
ルフィは返事をして、ゾロの肩をつかみ、彼を横に向かせた。包帯越しの体温が高い。本当ならば傷のないところに触れてやるべきなのだろうが、ゾロのからだはどこもかしこも傷ついていて、それすら難しかった。
ゾロのピアスと横顔を見下ろしながら、ルフィは珍しく黙ったまま考える。
オーズやモリアを倒し、ブルックが仲間になったときの宴の最中も、ゾロは目覚めなかった。そのときはまだルフィも気にはしていなかったのだ。からだの調子もよく、気分も高揚していた。ゾロも明日の朝には目が覚めるだろうと思っていた。それがもう、二日前だ。ゾロはあれからずっと眠り続けている。
「いくら寝るのが好きでもよ、」
ルフィはゾロの横顔を見下ろしながら言った。
「いつまで寝てんだ、ゾロは」
チョッパーは答えなかった。ゾロがどうしてこんなにもダメージを受けているのかすら、皆わかっていないのだ。モリアのほかにもうひとりこの島に七武海がきていた、その技で皆が気絶している間に、どうやらそれをゾロが追い払ったらしい――というのが、ルフィが聞いたすべてだった。
ミホーク、クロコダイル、モリア。これまで顔を合わせた七武海たちは、確かにどれも強かった。モリアを倒すまでですでに満身創痍だったゾロが、もうひとりを相手にすれば、これだけ傷つくのは妥当なのかもしれない。
「……ゾロ」
ルフィが名前を呼べば、なにも語らずとも意を汲み取ってくれるはずのゾロは、いまはルフィのいちばんの望みを叶えようとしてくれない。目を開けろ、それでいつもみたいに笑って、酒を飲め。情けねェなあ、ルフィ、なんて言って。
「ルフィは、本当に体調大丈夫なのか」
小さな船医は、きちんと船医だった。こんなときでも気遣いを忘れない。ルフィは大きく頷いた。本当に、あの戦いのあと目が覚めてから、からだは軽く痛みもない。ここまででいちばんのコンディションと言っても良かった。だからこそ、旅の始まりから隣にいた男が動かないのが落ち着かないのだ。
「チョッパーは」
「おれも、ときどきナミやロビンが交代してくれてるから平気だ」
「そうか」
ルフィは頷いた。
ルフィは、人間が死ぬことを知っている。兄のサボは、運命から逃れようとして、あっけなく海に沈んだ。これまで冒険してきたいくつもの島でも、人同士の争いで、病で、事故で、その死を見なかったわけではない。ゾロだって、いつそうなるのか、わからないのだ。一味は皆守らなくてはならないが、そういうときに、ゾロは隣に立つ者だと考えていた。
ゾロも人間である。だからいつかは死ぬ。今回はなんとか生き延びれたようだが、明日にだってまた、その機会が待ち受けているかもしれないのだ。
「おれは」
ルフィはこんなときでも光を反射しているゾロのピアスを見た。出会ったときから、これを外しているところは見たことがない。ゾロが動いたとき、強い風が吹いたとき、きらきらと揺れるのは何度だって見ていたのに。
「どうしてゾロがピアスしてんのかも聞いたことねェんだ」
「そうなのか」
チョッパーが大きな目を瞬く。ルフィは頷いた。
「目、覚めたら訊いてみねェと」
ルフィの言い分にチョッパーは困ったように笑う。そんなことを、とでも言いたいのだろう。だけど、ルフィはらしくもなく後悔しているのだ。なんだって、変わらないものはない。だから、訊きたいことは訊いておくべきだし、やりたいことはやっておかなくてはいけなかった。
例えば、こういうこととか。
ルフィはそっと親指でゾロのくちびるに触れた。乾いて薄皮がささくれだったそこを、ふに、と押してみる。チョッパーは首を傾げて、ルフィのすることを眺めていた。
思えばゾロは、出会ったときから弱っていた。何日も飲まず食わずで磔にされて、泥まみれの砂糖入りおにぎりに食らいつくほどだった。その強さはルフィも信頼しているが、同時にやたらに怪我をしている印象もある。特に、チョッパーが仲間に入るまではひどかった。それでも、ゾロはよく眠ってすぐに回復し、次の戦いでは三本の刀を振り回していた。ルフィはゾロの強さを信じている。出会ったときから。たとえ、ミホークにやられたあとだって。
命に別状はない、とチョッパーは言い切っている。ならば、それは事実なのだろう。だが同時に、ゾロはからだの中も外もひどく傷んでいる、とも言った。目が覚めたとしても、しばらくは本調子にならないだろう、と。
「ルフィ」
疲れ切った声でチョッパーはルフィの名前を呼んだ。
「ゾロのからだの向きを変えてくれないか」
それはゾロがこうして目覚めなくなってから、何度か頼まれていることだった。ずっと同じ向きで寝かせていると、同じ場所が圧迫され続けるので、皮膚や筋肉がさらに傷んでしまうのだという。
「ああ」
ルフィは返事をして、ゾロの肩をつかみ、彼を横に向かせた。包帯越しの体温が高い。本当ならば傷のないところに触れてやるべきなのだろうが、ゾロのからだはどこもかしこも傷ついていて、それすら難しかった。
ゾロのピアスと横顔を見下ろしながら、ルフィは珍しく黙ったまま考える。
オーズやモリアを倒し、ブルックが仲間になったときの宴の最中も、ゾロは目覚めなかった。そのときはまだルフィも気にはしていなかったのだ。からだの調子もよく、気分も高揚していた。ゾロも明日の朝には目が覚めるだろうと思っていた。それがもう、二日前だ。ゾロはあれからずっと眠り続けている。
「いくら寝るのが好きでもよ、」
ルフィはゾロの横顔を見下ろしながら言った。
「いつまで寝てんだ、ゾロは」
チョッパーは答えなかった。ゾロがどうしてこんなにもダメージを受けているのかすら、皆わかっていないのだ。モリアのほかにもうひとりこの島に七武海がきていた、その技で皆が気絶している間に、どうやらそれをゾロが追い払ったらしい――というのが、ルフィが聞いたすべてだった。
ミホーク、クロコダイル、モリア。これまで顔を合わせた七武海たちは、確かにどれも強かった。モリアを倒すまでですでに満身創痍だったゾロが、もうひとりを相手にすれば、これだけ傷つくのは妥当なのかもしれない。
「……ゾロ」
ルフィが名前を呼べば、なにも語らずとも意を汲み取ってくれるはずのゾロは、いまはルフィのいちばんの望みを叶えようとしてくれない。目を開けろ、それでいつもみたいに笑って、酒を飲め。情けねェなあ、ルフィ、なんて言って。
「ルフィは、本当に体調大丈夫なのか」
小さな船医は、きちんと船医だった。こんなときでも気遣いを忘れない。ルフィは大きく頷いた。本当に、あの戦いのあと目が覚めてから、からだは軽く痛みもない。ここまででいちばんのコンディションと言っても良かった。だからこそ、旅の始まりから隣にいた男が動かないのが落ち着かないのだ。
「チョッパーは」
「おれも、ときどきナミやロビンが交代してくれてるから平気だ」
「そうか」
ルフィは頷いた。
ルフィは、人間が死ぬことを知っている。兄のサボは、運命から逃れようとして、あっけなく海に沈んだ。これまで冒険してきたいくつもの島でも、人同士の争いで、病で、事故で、その死を見なかったわけではない。ゾロだって、いつそうなるのか、わからないのだ。一味は皆守らなくてはならないが、そういうときに、ゾロは隣に立つ者だと考えていた。
ゾロも人間である。だからいつかは死ぬ。今回はなんとか生き延びれたようだが、明日にだってまた、その機会が待ち受けているかもしれないのだ。
「おれは」
ルフィはこんなときでも光を反射しているゾロのピアスを見た。出会ったときから、これを外しているところは見たことがない。ゾロが動いたとき、強い風が吹いたとき、きらきらと揺れるのは何度だって見ていたのに。
「どうしてゾロがピアスしてんのかも聞いたことねェんだ」
「そうなのか」
チョッパーが大きな目を瞬く。ルフィは頷いた。
「目、覚めたら訊いてみねェと」
ルフィの言い分にチョッパーは困ったように笑う。そんなことを、とでも言いたいのだろう。だけど、ルフィはらしくもなく後悔しているのだ。なんだって、変わらないものはない。だから、訊きたいことは訊いておくべきだし、やりたいことはやっておかなくてはいけなかった。
例えば、こういうこととか。
ルフィはそっと親指でゾロのくちびるに触れた。乾いて薄皮がささくれだったそこを、ふに、と押してみる。チョッパーは首を傾げて、ルフィのすることを眺めていた。