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短文置き場

キドキラ(キラー誕生日)

2022/07/20 10:37
海賊
キラーはさほどガールズシップのガールズたちに盛り上がるたちではないが、誕生日にかこつけてクルーが呼ぶのを止める理由もなかった。ちょうどこの前その辺の商船からごっそり金品を奪ったばかりだったし。だが、その賑やかな宴のなか、キラーは両隣に座ったとびきり美人に会釈をし、席を立つ。彼女らが不満だったわけではないが、仮面のまま酒を飲んでいたら、少しばかり顔が火照ってきた。薄着の女たちにあわせて、この船は高い気温を保っているらしい。
いったん外にでも行って休憩するか、と座席を縫って歩く間に、女ばかりのテーブルが目についた。元来海賊は男女比が大きく偏っているが、キッド海賊団も女性クルーはそう多くない。だが、彼女らもそれなりにガールズシップの来訪は楽しんでいるようだった。女同士でしか盛り上がれない話もあるのだろう、と思いながらそっと横を通ろうとすると、「あ! キラーさん!」と声が上がった。見れば女性クルーのなかでは最古参のメンバーが立ち上がっていた。
「ちょうど良かった! これ私たちから! おめでと!」
女性クルーからぽんと投げつけられた包みを反射的に両手で受け取る。仮にも今日の主役に対して粗雑ではあるが、それがこの船の気質でもある。「ありがとう」と言って立ち去ろうとすると、「あれが?」「噂のキラーさん?」「腕ヤバい太い」「マジで仮面なんだ」などという女の声が追いかけてきた。本当に容赦がない。
ドアを開け甲板に出ると、そのまま船の縁まで向かい作にもたれる。長い息を吐いて、空を見上げると、星が鮮明に輝いているのが見える。そしてキラーはさっき受け取った包みを自分の目の前に掲げる。赤いリボンを解くと、布の袋の中から出てきたのは茶色い小瓶だった。
貼り付けられたラベルに小さな文字で説明が書いてあるようだが、暗いわ仮面のせいで視界が狭いわでよく読めない。目を細めて瓶を仮面に近付けようとしたところで、「あ、キラーさん外にいた」と若いクルーがドアから顔を出す。おいまだ五分も休憩してねェぞ。
「お頭が『五十万の酒開けてェ、いいか?』って言ってます」
「…………」
キラーはため息をつくと小瓶をジーンズのポケットにねじ込み、クルーに続いてふたたび宴が続く部屋に戻った。


さて、一通りの宴が終わり、なぜかキラーからガールズシップへの支払いを終えると、キッド海賊団は自らの船に戻った。宴のあいだじゅう船番をしていた船員に土産の酒とつまみをやり、キラーは交代を告げる。持ち回りで行う夜警は、船のナンバーツーであるキラーも受け持たなくてはいけないのだ。
慌てたのは、ここまで船番を務めた船員のほうだった。
「いやキラーさん誕生日でしょう」
「だからなんだ」
「見張りなんて他の奴らに代わってもらいましょうよ」
「誕生日くらいで?」
キラーは既にいわゆるアラサーであり、誕生日など一年のうちのいつもの一日にすぎない。カタギの人間であれば、ケーキくらいは食うかもしれないが、誕生日だろうと普通に働き普通に帰宅し普通に寝るだろう。既にキラーの誕生日を祝う宴も終わったし、船番を交代する理由にはならなかった。そもそも、そのために酒の量だって調節していたのだ。
船員はそれでも何事かを言っていたが、ふいに黙った。
「そうだな」
キラーは背後からの低い声に振り返った。船員たちが黙った理由を悟る。立っていたのはさきほどキラーの許可が出る前に五十万の酒を開けたキャプテン・キッドであった。
「キラーのかわり、お前らが探しとけ」
「ハイ」
「おいキッド」
「行くぞキラー」
腕を引かれてキラーは立ち上がるが、ここまで宴にも参加できずに船番をしていた船員たちに申し訳が立たない。慌てて彼らの方を振り返ると、行ってらっしゃい、とでも言うように手を振られた。いいのか。よくないだろ。もう少し船長の横暴に怒ってもいいんだぞ。
だが、当の船員たちが許容しているのに、キラーがあれこれ騒ぎ立てるのもおかしな話で、仕方なくキッドに腕を引かれるまま船室に入る。そういえばさっき、プレゼントもらったんだよな。キラーはキッドの赤い髪を見ながら思い出し、キラーに捕まえられたのとは反対の左手でジーンズのポケットを探った。
明るい船室の中では、文字はかんたんに読み取れた。それを読んで首を傾げるあいだにキッドはキラーを船長室に引き込み、ドアを閉めていた。
「キラー」
「なんだ」
「誕生日おめでとう」
「ありがとう」
キッドからの誕生日プレゼントは、今日日付が変わった瞬間に渡されている。どでかいフライパンと、パニッシャーを磨くための砥石だった。だから既に祝われてはいるのだ。
「なんだキッド、今日の主役からなにか貰いたいって?」
「てめェのことを主役だなんて思ってもねェくせに、よく言うよな」
キッドはため息をついた。それからキラーの手にある小瓶に視線を向ける。
「なんだそれ」
「なんだと思う」
キッドは思いを巡らせた。これだけ親しい距離にいる相手だ、私物などはほぼほぼすべて把握しあっているも同然だが、あの茶色い瓶ははじめて目にする。今日誰かにもらった可能性が高いだろう。
「誰からもらった」
「☓☓☓たちだな。女クルーで折半したみてェだ」
キッドは、自船の女たちの顔を思い浮かべた。キラーにもそうしているかは不明だが、彼女たちはやけに訳知り顔でキッドにキラーとの関係について言及してくる。ちゃんと終わったあとキラーさんとおしゃべりしてる? とか、お尻でやるの結構大変なんだからね! とか。だいたいを「うるせェ!」で蹴散らしているが、だとしたらこれは。
「……び」
「え?」
「媚薬……か、潤滑油、か?」
キラーが小瓶と顔を見合わせるような仕草をして、それから再びキッドに顔を向ける。
「ファッ、ファッファッファッ、その|発《ファッ》想はねェだろ、ファッ、」
普段は絶対に声を上げては笑わない相棒が、まさに爆笑しはじめるので、キッドは面食らった。それからすぐに羞恥がこみ上げてくる。キラーの方に突進し、小瓶ごとキラーの手を掴んだ。
「……ヘアオイル」
ラベルの文字を声に出して読んだキッドは、更に顔を赤くした。まだ酒が残っていたのだろうか。不覚にも余計なことを言ってしまった。キラーはまだ笑いが収まらないのか、肩が震えているし。
「ハ、確かにお前の髪、昔に比べて傷んでるからなァ!」
キッドは取り繕うように声を上げる。実際、これは事実だ。潮風に当たり続ける職業柄、よほど気を遣わなければ髪など日に日に傷んでいく。故郷にいたころのキラーの髪は眩いほどの金色だったが、十年ほどを経て、今じゃまあ、よくて藁色といったところだ。
「昔――“楽園”にいた頃はもう少しマシだったじゃねェか。手入れもちゃんとしてたろ」
「ファッ、知ってたのか」
「筋トレハマってから時間が取れなくなったってとこだろ」
「……、」
キラーが黙る。キッドに言い当てられて、反論できないといったところか。ようやくキッドは溜飲が下がった思いで、口角を持ち上げた。
「キッドは、前のほうがよかったか」
「別に。今のお前の髪もまァ、犬みたいで悪くねェよ」
「だれがゴールデンレトリバーだ」
「いや雑種とかだろ、この毛並みはよ」
言いながらキッドはキラーの髪を残った右手で撫で回した。パサついた髪はされるがままに乱れる。こういうところも悪くはない。
「まァ、貰ったモンは使ってやれよ、それでおれに触らせろ」
「わかったわかった」
キラーはヘアオイルの小瓶をふたたびジーンズのポケットにしまう。キッドが顔を近づけてくるので、そっと仮面をずらしてやった。




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