短文置き場

サンゾロ未満

2022/07/20 10:36
海賊
足でキッチンの扉を開ける。壊さないように。さりとて、丁寧すぎないように。
「野郎共! メシの時間だ!」
腹から声を張ると、甲板やら他の部屋やらにいた仲間たちがわらわらと集まってくる。ただ、それでも身動きひとつしないのが一匹。
サンジは舌打ちをすると、それに近付いて白いシャツの背を見下ろした。
「ディナーが冷めるだろうが」
言うとようやく緑頭が持ち上がった。大あくびも白々しく見え、そう考える自分にも苛立った。


先日停泊した春島で手に入れた鹿の肉を丁寧にローストし、ベリーで酸味を添えたソースを回しかける。更に白いパンとそら豆のポタージュ、添えた野菜は保存がきく根菜ばかりだが、野菜が少なくなりがちな海の上で精一杯栄養に気を遣った食事だった。
さっそく勢いよく食べ始めた仲間たちは、口々にうまいうまいと騒ぎ立てる。少年と言える年齢の船員ばかりの船で、食事は見合わないほどに上質だ。
サンジがこの船の料理長を務めるようになってからというものの、船長たるルフィは、食事のたびに欠かさずうまいと口にする。元来そのへんで獲った得体の知れない魚を適当に炙って塩をかけただけものでも平気で食べるような野生児のくせに、サンジが特に得意としている料理だとか、気合いをいれたメニューはきちんと理解しているようだった。本能でそういうことができる男なのだ。
「ほんと、このポタージュも柔らかい味でいいわね」
「この優しい緑も素敵よね」
ナミとロビンも、素直にサンジの料理を称賛する。ウソップやチョッパーもだ。唯一はっきりと口に出さないのは、ゾロだけである。
ゾロが言葉少なであるだけで、まずいと思っているわけではないことくらい、サンジはもちろん承知している。普段売り言葉に買い言葉で喧嘩ばかりしているが、ゾロはサンジの料理を貶すことだけはしたことがないのだから。だが、その寡黙な態度が時折妙にサンジの心を波立たせた。
眠くなったら寝る、腹が減ったら食う、女に関心を持たず、暇さえあればからだを鍛えている。身なりにこだわらず、船医たるチョッパーが乗船するまでは、どんな大怪我もうめき声ひとつあげず自分で縫い合わせ、あとは船の人目につかないようなところでぐったりと横になって回復を待っていた。ゾロは人間というよりは獣に近い生態を持っている。聞けばジャングル育ちというわけでもなく、東の海の小さな村で育ったと言うから、その獣性は生まれ持ったものなのかもしれなかった。
サンジはフォークとナイフで自分のぶんの鹿肉を切り分けて口に入れた。いつも通り、この船で出せる最高の味だ。ルフィは肉をフォークで突き刺して、三口ほどで食べきってしまっている。おかわり、と騒がしくなってきたので舌打ちをして、パンが戸棚にあるから食ってろ、と叫ぶ。肉は人数分しか準備していないのだ。
「おめェもいつまでも上達しねェな」
ふと目に入ったゾロに、サンジは声をかけた。仏頂面のゾロの両手にはフォークとナイフが握られている。ルフィのようにそのまま食ってもいいところを、刀三本を自在に操る剣豪様は同じ刃物であるナイフの扱いが苦手であることが納得がいかないらしく、こうしてギコギコとナイフで苦労しながら切り分けているのだ。
「うるせェ、箸なら使えンだよ」
ゾロの故郷では、こうしたカトラリーはほとんど使わず、全て箸で食べる文化だったと聞いている。確かにフォークとナイフに比べれば、ゾロの箸の扱いは完璧とも言えるほど器用だった。
「箸じゃ肉は切れねえよ、あァ、その大事な刀で斬るのか?」
「斬るかよ」
チ、とゾロが舌を打つ。行儀が悪いな、とサンジは呟いた。すると、海賊に行儀があるかよ、とゾロが言い返してくる。そりゃあそうだ、とサンジだってわかっている。無法者。反社会的勢力。海賊とはそういう存在だ。行儀を説くほうがどうかしている。サンジはすいすいと切り分けて、また鹿肉を口に入れた。その時だった。
「あ、クソ!」
どういう扱いをしたらそうなるのか、ゾロの肉がひときれ吹っ飛んで、あろうことかルフィの皿の上に乗っかった。ルフィは「お! ゾロありがとな!」と笑うと、取り返される前に手づかみで口に放り込んだ。ゾロが立ち上がって「出せ!」と喚く。
「出したら食うのかよ」
「…………! 食わねえ!」
ウソップのツッコミにゾロは口をつぐみ、再び腰を下ろした。ルフィが煽るように「やっぱうめェ!」と言うので、ゾロは忌々しげに残りの肉を一口で食べてしまった。やはり獣じみた男だと思う。
サンジはバラティエにいた頃、フォークとナイフの使い方がずいぶんと綺麗だ、という――通常なら褒め言葉になるはずであるのに――揶揄じみた指摘を受けて、暴れまわったことがある。サンジとしては忌まわしい実家で躾けられたテーブルマナーだった。あいつはどっかのおぼっちゃまなんじゃないか、と影で言われていることを知った幼いサンジは「王子」として躾けられた作法を捨てて、元海賊のゼフやその他の荒くれ者の料理人たちの振る舞いや言い回しを真似、煙草を咥えた。
恐らくこの男なら、バラティエにいても平然とその獣らしさで彼らに馴染んだだろう。わざと乱雑に扉を開けたり、煙草をくわえたり、意図してがなりたてなくても、それに箸を誰よりうまく使いこなせても――持って生まれた粗野が、ゾロをこの海に馴染ませる。そういうところが、どうにも気に食わない。だが、頬を膨らませて肉を咀嚼する男の皿には、ソースも殆ど残っていない。行儀がいいのか、卑しいのか。そのどちらであっても、料理人たるサンジには、それが喜びでもあった。
ろくでもねェ男だ。本当に。

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