短文置き場
マリモについて
2022/07/20 10:36海賊
「なーサンジ、マリモってなんだ?」
メリー号の柵に頬杖をついたルフィに尋ねられて、海を眺めていたサンジは瞬きをした。その足元にはあいも変わらず天下泰平といった様子で爆睡しているゾロがいる。
「なんだお前、マリモ知らねェのか」
さんざゾロのことをそう罵ってきたが、まさか船長に通じていなかったとは。しかし、思えばサンジがマリモの存在を知ったのは、北の海の――忌まわしき実家にいた頃だったように思う。東の海でその単語を耳にしたことがあったかといえば、――マリモ野郎に出会う以前にマリモなどという単語を意識していたはずもなく――まるで記憶になかった。
「ゾロに似てンのか?」
「そりゃあ、」
そっくりだ、と言いかけて、サンジは口をつぐんだ。
本当に似ているかと言われると、結構な疑問である。
マリモは、北の湖に生息する藻類である。毬のように丸い形を取るから、マリモ。ゾロは確かに緑色の髪をしているが、それは藻のような深い色ではない。例えるなら若草とか、鶯とか、もう少し薄い、季節で言えば春が似合う色合いだ。それに、マリモはまんまるくまとまるけれど、ゾロは髪を刈っているだけなのでシルエットとしてはチクチクしている。
「まあ、概念としては同じだ」
「なんだそれ」
「緑で丸いところは同じなんだよ」
ルフィは釈然としない顔をしているが、実際サンジ自身もあまり釈然とできていないのでさもありなんだった。
「ゾロに似てんなら、見てみてェな」
「見たって面白みもねェよ、あんなモン」
「じゃあ絵描いてくれ!」
「……ンなモン、丸描いて終わりだ」
つれないサンジに、ルフィは不満げに唇を尖らせた。つまんねェの、と顔面にでかでかと描いてある。だがサンジとてそれに絆されるわけにもいかず、煙草をくわえて火をつけた。煙を吸い、一度口から煙草を離して吐き出す。一連の仕草をみつめていたルフィは、「偉大なる航路のどっかにあるかなー」と朗らかに言った。
「マリモってのは」
サンジはふと口を開いた。
「雪が降るような寒いトコの湖の底にあるんだよ」
「雪……」
偉大なる航路の冬島――とくにドラム王国で、雪の冷たさを知ったルフィはそう呟いて、少しばかり目を細めた。ゴム人間と言えど寒さは感じるし、その水の冷たさ、静けさを想像したのだろう。
「そこの爆睡マリモを、」
水の奥深くに沈めてしまえば、あの若草色も暗く見えるだろうし、頭の形も遠目で丸く見えるだろう。もしかしたら、本物のマリモのように見えるのかもしれない。だが、それを口に出そうとして、サンジは自分の背中に冷たいものが拡がるのを感じた。特にルフィに、そのようなことを言うべきではないと、本能に近い場所が訴えている。
「……そこの爆睡マリモがそんなに寒ィ場所で生き延びられるとも思わねェ」
「その前におれは泳げるから沈みやしねェよ」
妙にのんびりした低い声が、サンジに応じた。もちろんルフィではない。まさか本人に聞かれているなどと思っていなかった。ルフィの足元にごろんと横になっているゾロは、頭の後ろで両手を組み、片目だけを開けてこちらを見ている。
「両手両足縛って錨にでも括り付ければ沈むだろ」
「そりゃテメェも同じだ」
売り言葉に買い言葉で、サンジの言葉はあっという間にただのいつものじゃれ合いの一端のようになってしまった。ルフィは朗らかに笑う。
「そしたらおれが助けてやる!」
「お前は泳げないだろうが!」
きれいに揃ったゾロとサンジの声にルフィがいつものように明るく笑う。サンジはふたたび煙草をくわえた。ほんの少しでも北の海のことを考えると、途端に思考が明るさを失するのを、自覚せざるを得ない。もっとも、ルフィもゾロも、そんなことは気づいてもいないのだろうが。
煙を吐き出し、サンジはゾロに飛びつくルフィを眺める。今日ばかりは、マリモ好みのつまみを作ってやってもいいだろうと、ほんの少し口角を緩めた。
メリー号の柵に頬杖をついたルフィに尋ねられて、海を眺めていたサンジは瞬きをした。その足元にはあいも変わらず天下泰平といった様子で爆睡しているゾロがいる。
「なんだお前、マリモ知らねェのか」
さんざゾロのことをそう罵ってきたが、まさか船長に通じていなかったとは。しかし、思えばサンジがマリモの存在を知ったのは、北の海の――忌まわしき実家にいた頃だったように思う。東の海でその単語を耳にしたことがあったかといえば、――マリモ野郎に出会う以前にマリモなどという単語を意識していたはずもなく――まるで記憶になかった。
「ゾロに似てンのか?」
「そりゃあ、」
そっくりだ、と言いかけて、サンジは口をつぐんだ。
本当に似ているかと言われると、結構な疑問である。
マリモは、北の湖に生息する藻類である。毬のように丸い形を取るから、マリモ。ゾロは確かに緑色の髪をしているが、それは藻のような深い色ではない。例えるなら若草とか、鶯とか、もう少し薄い、季節で言えば春が似合う色合いだ。それに、マリモはまんまるくまとまるけれど、ゾロは髪を刈っているだけなのでシルエットとしてはチクチクしている。
「まあ、概念としては同じだ」
「なんだそれ」
「緑で丸いところは同じなんだよ」
ルフィは釈然としない顔をしているが、実際サンジ自身もあまり釈然とできていないのでさもありなんだった。
「ゾロに似てんなら、見てみてェな」
「見たって面白みもねェよ、あんなモン」
「じゃあ絵描いてくれ!」
「……ンなモン、丸描いて終わりだ」
つれないサンジに、ルフィは不満げに唇を尖らせた。つまんねェの、と顔面にでかでかと描いてある。だがサンジとてそれに絆されるわけにもいかず、煙草をくわえて火をつけた。煙を吸い、一度口から煙草を離して吐き出す。一連の仕草をみつめていたルフィは、「偉大なる航路のどっかにあるかなー」と朗らかに言った。
「マリモってのは」
サンジはふと口を開いた。
「雪が降るような寒いトコの湖の底にあるんだよ」
「雪……」
偉大なる航路の冬島――とくにドラム王国で、雪の冷たさを知ったルフィはそう呟いて、少しばかり目を細めた。ゴム人間と言えど寒さは感じるし、その水の冷たさ、静けさを想像したのだろう。
「そこの爆睡マリモを、」
水の奥深くに沈めてしまえば、あの若草色も暗く見えるだろうし、頭の形も遠目で丸く見えるだろう。もしかしたら、本物のマリモのように見えるのかもしれない。だが、それを口に出そうとして、サンジは自分の背中に冷たいものが拡がるのを感じた。特にルフィに、そのようなことを言うべきではないと、本能に近い場所が訴えている。
「……そこの爆睡マリモがそんなに寒ィ場所で生き延びられるとも思わねェ」
「その前におれは泳げるから沈みやしねェよ」
妙にのんびりした低い声が、サンジに応じた。もちろんルフィではない。まさか本人に聞かれているなどと思っていなかった。ルフィの足元にごろんと横になっているゾロは、頭の後ろで両手を組み、片目だけを開けてこちらを見ている。
「両手両足縛って錨にでも括り付ければ沈むだろ」
「そりゃテメェも同じだ」
売り言葉に買い言葉で、サンジの言葉はあっという間にただのいつものじゃれ合いの一端のようになってしまった。ルフィは朗らかに笑う。
「そしたらおれが助けてやる!」
「お前は泳げないだろうが!」
きれいに揃ったゾロとサンジの声にルフィがいつものように明るく笑う。サンジはふたたび煙草をくわえた。ほんの少しでも北の海のことを考えると、途端に思考が明るさを失するのを、自覚せざるを得ない。もっとも、ルフィもゾロも、そんなことは気づいてもいないのだろうが。
煙を吐き出し、サンジはゾロに飛びつくルフィを眺める。今日ばかりは、マリモ好みのつまみを作ってやってもいいだろうと、ほんの少し口角を緩めた。