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短文置き場

キラーの海賊人生(キドキラ未満くらい)

2022/07/20 10:31
海賊
キラーが大きくため息をつく。ちょうど船を襲ってきた奴らを返り討ちにしてやったところだったので、キッドからしてみれば、キラーのその反応は大いに不服だった。おかげで金と残り半分くらいとはいえ酒瓶も手に入ったし、褒めてくれたっていいくらいだ。
「キッド、船であまり能力を濫用するなと言ったよな」
「ハ、それはあのバカたちに言えよ」
「またコンパスを買わなきゃならねェじゃねェか……」
キラーの嘆きに、キッドは口をつぐんだ。
キッドが悪魔の実を食べて得た能力は、自らに磁力をまとい、金属を集めたり反発させたりするというものだった。戦いにはまったく有用だった。金属であれば相手の武器を奪えるし、そうして奪ったものを身に纏って鎧のように使うことだってできるのだ。この海広しと言えど、こんなに使える能力はそうそうないに違いない。
だが、その磁力はしばしば方位磁針を狂わせた。キラーがため息をつくのも無理はなかった。たったふたりが乗り込むのがやっとの小舟で故郷を出て二カ月、もはや新しい島につくたびにキラーはコンパスを買っている気すらしている。海の上で、方角を知るのにコンパスが必要不可欠であることくらいは、キッドだってよくよく理解していた。能力を鍛えれば可能なのかもしれないが、キッドはまだ自分の磁力について、S極だのN極だのをうまく操作できないのである。自分よりよほど博識なキラーいわく、それができれば自力でコンパスを直すことも可能らしいが。
「こんな具合でおれたち偉大なる航路に入れるのか?」
キラーのボヤキが止まらないので、キッドは黙らせるためにキラーのみぞおちを小突いてやった。
「入れるに決まってんだろうが」
「まあな」
その前にもっと大きい船と仲間がほしい、とキラーはまたも至極真っ当なことを言った。反論はできないので、キッドはさっきのやつらから奪った酒を煽ることにした。

   *


グランドラインで使う方位磁針はログポースといって、これまで使っていたコンパスとは形も使い方もまるで違う。磁力で引き合う島それぞれでログをためて使用するそれは、キッドが能力を使っても狂わなかった。さすがにキッドの能力より島の磁力のほうが強いのだろう、と航海士は結論づけた。船が大きくなったこともあり、おかげでキッドに対する「船で能力を使うな」というキラーの言いつけは解除されていた。
キッドは甲板の先端に出るのが好きだった。落ちるなよ、と何度言われようとも、航海のあいだはできるだけそこにいたい。今日も前で夏島の近い暑い空気を浴びていると、相棒が隣に近づいてきた。
「落ちるなよ」
「落ちねェよ」
言うとキラーがふぅと息を吐いた。仮面をかぶった顔がこちらを見る。
「少し前まで悪魔の実で泳げねェどころかコンパスも狂わせるなんざつくづくお前は海賊向きじゃねェと思ってたんだがな」
「そんなこと思ってたのかよ」
キッドは自分の能力を気に入っている。コンパスを壊すこと以外はキラーもよく褒めてくれていた。キッドが実を食べて数年、海に出てからもう一年は経っているのに、今更の告白だった。キラーは仮面の下で微笑み、それはキッドも悟っていた。
「グランドラインではコンパスを狂わせないなら、真に海賊向きだったってことだな」
「ハ、南の海じゃ狭すぎたんだよ」
「違いない」
キッドは満足げな相棒を見ながら、しかしいずれはログポースさえ狂わせたいと思っている。島の磁力すらも超えるだけの力がほしい。そのときどれだけ相棒に叱られようとも構わなかった。なんだかんだ、そのとにキラーはおれを褒めもするだろう、という目算もある。
「……良からぬことを考えてないか」
「考えてねェよ」
どうだか、と呟いたキラーは肩をすくめた。

   *

倒れたホーキンスを一瞥し、キラーは足を踏み出した。勝利の喜びはあるが、キッドはまだ例のババーと戦闘中だろう。自分の鎌やホーキンスの頭突きのダメージで戦えなくなるような男ではないとはわかっていても、様子は見たい。できるものなら助太刀だってしたい。
ホーキンスの占いは恐らく殆どが当たっていた。当たっていたからこそ、彼はすべての行動の指針を占いに頼っていたのだろう。確実な道を進みたい者の気持ちはわかる。キラーだって普段は無茶しようとするキッドを止める側だ。
グランドラインに入ったばかりの頃はログポースを狂わせることができなかったキッドは、新世界に入る頃にはそれすら指針をぐるぐる回らせるようになっていた。結局キッド海賊団のログポースは、磁気の影響を受けないように金属の箱に入れるのが常となった。その箱も、どんどん厚みを増している。
キッドのそばにいれば、指針なんざいつだって狂う。占いだってなにもかも確実ではない。そういう話をするには、自分とホーキンスの距離は開いてしまった。
「てめェら、行くぞ」
部下に声をかけ、キラーはキッドが向かった先へと歩き出す。例えログポースを狂わせても、キッドは正確にキラーを引き寄せるのだ。

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