短文置き場

ルゾロとサンジ

2022/07/20 10:21
海賊

麦わらの一味に新しい船員が加わると、船長直々にこれまでの冒険のあらましが語られるのは、もはや恒例行事と言ってもよかった。今日も夕食のあと、水槽に囲まれたバーに集まり、新しい仲間の音楽家・ブルックに、その話を聞かせることになっていた。チョッパーなどは何度も聞いた話だろうに、ベンチに腰掛けわくわくと足をぶらつかせている。
とはいえルフィの語りはお世辞にも論理だったものとは言えないので、つどつど他のクルー、主に古参で口も達者なナミやウソップが補足をすることになる。
しかし、このふたりとて、話の冒頭ばかりは口を挟めない。冒険のいちばん最初、小舟で海に出たルフィが女海賊アルビダの雑用で、海軍に入るのが夢だというコビー(今や彼も海軍で中佐まで上ってきているのだという)を助け、そのまま海軍基地がある町まで向かって、そこで捕らえられていたゾロを仲間にするくだりだ。
「そんでおれは、ゾロのことを格好いいと思って仲間にしたんだ」
ルフィはゾロについて、決まってこう語る。その言葉はナミもウソップもサンジも耳にしたことがあった。ゾロはその度「捕まってたやつに格好いいもなにもねェだろうが」と不機嫌そうな声を出すが、そのくせまんざらでもない、という顔をするのがお決まりだった。
しかし、今日はゾロはそれを言わなかった。正確には言えなかった。何しろ、彼はこの場にいない。つい先日出港したばかりの島――正確には船であるが――で、誰よりもひどく傷つき、いまも男部屋のボングで体力回復のために横になっているからだ。
「まァ、最近はアイツやっぱアホなんじゃねェかって思うけどよ」
いっつも道に迷うし、こないだなんか煙突に刺さってたんだよ。ルフィは言って、ししし、と笑う。話が一気にウォーターセブンまで飛躍しかけたので、ナミは「それはあとにしなさい」と口をはさんだ。
皆に食後の紅茶を配り終えたサンジは、おとなしく端の席に座ってタバコに火をつけた。ルフィの話にサンジが登場するには、まだいくらかのエピソードを挟まなければならない。
「でもやっぱ、ゾロは格好いいよ」
ルフィは呟くようにそう言った。
「ヨホ、そうですね。ゾロさんは本当にお強い」
ブルックはそう応じた。彼もまた「見ちった」人間(人間?)であるのだ。
格好いいと思って仲間にした。ルフィの口から語られるそのことばを聞くたびに、サンジはなぜか舌打ちをしたくなる。ルフィとゾロの強すぎる結びつきをこれみよがしに見せつけられている気分になるからだ。
東の海で、ぽっと出の海賊であるルフィはさておき、「魔獣」ロロノア・ゾロはちょっとした有名人だった。サンジだってその噂は耳にしていたほどだ。てっきりもっと年嵩の大男だと思っていたのに、実際に目にした「魔獣」は同い年で身長もそう変わらない青年だった。レストランの客として見た男は、顔立ちは精悍で体つきこそ逞しくはあるが、着古したシャツのうえに腹巻きをして日に焼けた短髪の青年に過ぎなかった。腰に刀を三本も差していなければ、漁師か農業をやっている青年にしか見えなかっただろう。
サンジにとって、ルフィとゾロの特異な点は、もちろん見た目ではない。そして当時の東の海では規格外だった強さでもなかった。彼らの信念こそが、なによりも人間離れしているのだ。それがなければ、例えあのときルフィが一撃で首領・クリークを倒せても、あるいはゾロが一太刀で七武海・ジュラキュール・ミホークを斬り伏せることができるほどに強かったとしても、サンジは頭を下げてまであのレストランを出ていなかっただろう。
サンジは煙を吐きだした。ルフィの話はバギーを倒したところに移っている。
重苦しいものが胸の奥にわだかまっていた。おれも、とサンジは思う。おれも、「格好いいと思って仲間に入れた」と言われるような存在でありたかった。ルフィがサンジの料理の腕も心根も、そして戦闘の強さも見込んで手を伸ばしてくれたことはわかっている。それでも、あのルフィに「格好いい」と思われるような男であれば――、バーソロミュー・くまを前にして、あいつに鳩尾を突かれ気を失うことはなかったのだろうか。くだらない想像だった。
あの腹巻きの代わりに、ルフィの隣にいるのが自分だったら。あの麦わら帽子の代わりに、ゾロの隣にいるのが自分だったら。そうであったら……、なんて、違和感がある組み合わせだろう。それはとても、許されることのようには思えなかった。ルフィとゾロは、ひとくみの獣なのだ。そして自分は、その獣を育てることができる両手を持っている。ならばそれを活かすことが、自分のすべきことなのだろう。わかっている。何度も、そう言い聞かせている。
「――それでおれは、サンジがいるレストランに着いたんだ」
いつの間にか、ルフィの冒険は東の海でも終盤にたどり着いていた。ぐるりとバーを見渡したルフィは、サンジを見つけてにかりと笑う。あーあ、敵うモンじゃねェ。サンジは考えていたことを短くなったタバコの炎ごと携帯灰皿に押し付けて消すと、「そうだったな、雑用クン」と返事をした。

   *


ルフィがジンベエにこれまでの旅のあらましを語っているのを聞きながら、ゾロはジョッキから麦酒を飲んでいた。自ら瓶から注いだ酒は泡立ちが悪いが、この船でいちばん麦酒をうまく注げる男は女共への給仕に忙しい。まあ、泡がどうだろうと酒は酒か。飲み干すと、酒を注ぎなおす。
ワノ国は、何度か飲んだ米の酒がうまかった。しかし、長年の圧政により民衆が真水を飲むのにも苦労するような国から酒を大量に持っていくわけにもいかず、結局船に積んだままの古い酒を少しずつ飲む羽目になっている。ナミが許せば、次の島ではたくさん酒を積みたいところだ。
「にしても、これも久々だよなー」
隣のウソップが言うので、ゾロは顔を上げた。
「確かにそうだな」
「前回は二年前のブルックのときだしなー」
ウソップは瓶からそのまま酒を飲んでいる。すると、女達にサンドイッチを配り終えたサンジが前を通りかかり、「ブルックの時マリモくんはお寝んねしてたもんな」と煽ってきた。それでゾロは当時自分がバーソロミュー・くまにやられて寝込んでいたことを思い出し、唇を曲げた。
「そういやそうだったな、よく覚えてんなー、サンジ」
ウソップが感心したような声を出す。ゾロはサンジを見上げた。嫌なことを思い出させられて、僅か気がささくれだっている。
「さすが言うことが違ェな、懸賞金☓億はよ」
「……、……ッ!」
途端サンジが眉毛を釣り上げ絶句する。怒りのあまり言葉が出ないといった様子だ。ウソップはため息をついた。
ワノ国では全員が死力を尽くして戦い、一味全員が懸賞金額を上げた。しかし、鬼ヶ島の屋上で他の最悪の世代の面々と共に四皇ふたりを相手取ったルフィとゾロの懸賞金の増額は、他の船員の比ではなかった。ワノ国に入る前こそゾロより懸賞金が高かったサンジも、追い抜かされた。容易に想像がつくことだが、サンジはゾロより懸賞金が高くなったことで随分と彼を煽ったらしいので、これは意趣返しというやつなのだろう。
「ゾロ〜!」
こちらのやり取りが聞こえているのかいないのか、ルフィがゾロを呼ぶ。ゾロはさっさとサンジから視線をそらし、ルフィに「なんだルフィ」と返事をした。真っ直ぐに視線を合わせる。
隣にいるジンベエもこちらを見ていた。一味に入ったのは今とはいえ、彼とは魚人島でも顔を合わせている。紹介されるのも今更のような気がするが、このアホコックは置いて近くに行ったほうがいいか。
「呼んだだけだ!」
ところがルフィの返事はこの通りで、半分腰を浮かせていたゾロは、尻もちをつくように腰を下ろして悪態をつく。
「ンだそれ」
聞こえてくるルフィの話は、どうやらゾロを手に入れたところに差し掛かっているらしい。「そんでおれは、ゾロのことを格好いいと思って仲間にしたんだ」、いつもの言い回しだ。それを聞くたびゾロはなんとなく面映い気分になるが、慎重に顔には出さないようにした。次の瞬間だった。
「でもー、やっぱゾロはアホなんだよなァ」
続いたルフィの言葉に思い切り眉を跳ね上げる。
「ア? お前にだきゃァ言われたくねェ」
「だってお前、毒の魚とか猪とか食って『だから腹痛えのか』とか言うしよ、すぐどっか行くじゃんか」
「ハ、おれを見つけていきなり飛びついてきたのはどこの誰だよ」
「ゾロ見つけたら嬉しいのは当たり前だろー」
話の飛躍が目に見えたので、ナミは「その話は後にしなさい」と諌める。毎度のことだ。ジンベエが苦笑するので、ゾロはなんだか居心地が悪い気分になった。誤魔化すためにジョッキを煽る。
「飛びつかれた、ね。お前らほんと昔から変わんねェな」
サンジがなぜかルフィのことばを繰り返すので、ゾロは片目を見張り、あのときルフィの腕が巻き付いた首筋を撫でた。ルフィはゾロになんのてらいもなく抱き付き、ゾロもそれをどうとは思わなかった。――いつものことだ、と思っている。
「そういやよ」どうやら気を取り直したらしいサンジはウソップの隣に座ると、ゾロに声をかけてきた。
「ルフィは――おれがいないと海賊王になれねェって言うんだよ」
言われたゾロは、ぽかんと口を開けた。なにを今更、と眉を寄せる。
「ア? それはそうだろ」
「……」
サンジはため息だけを返してくる。意図がわからず、ゾロは首を傾げた。
「つうか、テメェが離脱してた間の話、まだ聞いてねェぞ、サンジ」
ウソップが割り込んでくる。チョッパーが「サンジ取り返すの大変だったんだぞー」と今にも語りだしそうになるのを、ブルックが「それはきっと明後日くらいにお話出来ますよ」と制止する。ルフィの冒険譚はまだ始まったばかりだった。

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