短文置き場

キドキラのキドとルゾロのル

2021/07/17 09:28
海賊
「お前んとこのマスクのやつ、元気になったんだなー」
 宴のなかで散々こぜりあったものの、一段落ついたところでトラファルガーが自分の船員に呼ばれ、ふたりになったおれたちは珍しく隣に並んで普通に会話するはめになっていた。脳天気な声でそう言ったバカ猿――麦わらは、視線を向こうにいるキラーのほうに向けながらそう言った。「マスクのやつじゃねェキラーだ」と返せば、「ギザ男んとこのキラ男」と繰り返す。トラファルガーのこともトラ男と呼ぶやつなので、納得はできねェが妥当なあだ名をつけられたもんだった。本人の預かり知らぬところで。
 さて、そのキラーといえば麦わらのところのナンバーツー、ロロノアとなにやら会話をしている。まあ、立場が近しいやつら同士、あれはあれで気が合うのかもしれない。キラーのほうは相変わらずマスクをしていて表情も見えないが――どうせ見えても笑ってるのは確実だが――ロロノアのほうは酒のせいか機嫌もいいようなので、まあ、それなりに仲良くやってるんだろう。
「たりめェだろ、あんなことで折れる奴じゃねェ」
「まー良かったよな、あンときはすげェ泣いてたもんな、ギザ男もキラ男も」
「ぐ…………」
 おれが言葉に詰まったのもこいつにおれ史上最高に情けないところを見られたところを、久しぶりに思い知らされちまったからだった。キラーの変わり果てた姿を見て泣き叫んだおれ、そのおれを見て爆笑しながら泣いたキラー、クルーにだって見せたことのない絶叫であったことは事実だった。
「おれもゾロやみんながああなったら泣くもんなー、そんですごく怒るな」
 ところが麦わらはおれの醜態をからかうつもりはないらしい。お前といっしょ! と気楽に言ってみせる。そんな簡単なモンじゃねェ、と思うが、それがこの麦わらの精一杯の同情であることもわかっていた。
「ギザ男はキラ男のこと大好きなんだよな」
「……、そりゃァ、二十年近く一緒だしな」
 照れて隠すようなことでもないので、おれはそう言った。いや、二十年はちょっとばかし盛ってはいるが、数年程度はかわらないだろう。
「二十年!」
 麦わらは目をまんまるくしてそう言った。
「おれ二十年前生まれてねェぞ!」
 そういやこいつまだ十代か、と改めて驚く。十代にして、ここまで登りつめやがったのかと思うと悔しさもあるが、驚いている麦わらを見て少しばかり溜飲が下がったので、黙っておいた。
「おれの最初の仲間はゾロだけど、それでも三年くらい前だ」
「短ェな」
「それに二年は離れてたし」
「実質一年じゃねェか」
 あの白ひげ海賊団と海軍との戦争に麦わらが参加したことは知っている。それから二年の間やつらが沈黙していたことも。その間は離れて修行でもしてたってことか。同じ世代と括られても、他船の事情なんざ知りやしねェ。
「一緒なのは一年だけど、おれはゾロのことわかってるし、ゾロだっておれのことわかってるぞ。それにゾロはおれがどこ触ったって怒らねェし、おれはゾロに触られると嬉しいぞ」
 突然なぜか盛大な惚気が始まる。いや、これはおれが付き合いの長さを煽った結果なのか。だがおれが悪いとはどうしても思いたくなかった。
「……お前ら、デキてんのか」
 仕方なく尋ねると、麦わらは思い切りにかりと笑った。
「そういうことになるな!」
「……そうか」
「だって、お前とキラ男もそうだろ?」
 こいつに悪気はないだろう。おれがイエスと答えて当然のような顔で言われ、舌打ちしたい気分になる。
「うるせェ」
「え?」
「違ェって言ってんだろ!」
「いや言ってねェだろお前」
 麦わらの至極まっとうなツッコミが入る。
 そうだ、おれたちは二十年近く一緒だった。物心ついた頃から、というやつだ。それからこの国で、出会って初めて数カ月を離れて過ごした。その間にキラーは敵の手によって感情表現の方法を奪われ、人殺しとして蹴落され、挙げ句処刑されようとしていた。欲しいものはなんでも手に入れてきたが、キラーはおれが欲しがる前からそばにあった。キラーはおれの半身、いやおれ自身であるも同然だと思っていた。――キラーが壊れてはじめておれは、おれとキラーは別の人間であり、引き剥がせる存在だったことを知ったのだった。
「おれはお前らはてっきりおれとゾロと同じだと思ってたけど違ったのか、わりーわりー」
 大して悪いとは思ってない口ぶりで、麦わらがおれの背中をバンバン叩いてくる。おれは麦わらを殴り返したいのを拳を握ってなんとか抑え込んだ。それが八つ当たりにあたることくらいは、さすがにわかっていたからだ。
「……この国出たらそうなってやる」
 決意は低い声になった。麦わらがおっ、と声を上げる。
「ならべつに今だっていいじゃねーか! おれキラ男呼んできてやるよ!」
「は、待、オイ!」
 麦わらはゴムの両手を思い切りロロノアのほうに伸ばした。おれが止めるよりはやくロロノアのほうにすっ飛んでいく。そのままロロノアに飛びついてしがみつきながら、なにやらキラーに話しかけているようだ。
「オイ麦わら! やめろ!」
 立ち上がってなんとか三人の方へ走るも、おれの叫びは届かない。嫌な予感しかねェ。麦わらがこちらを指差し、キラーもおれのほうを見る。嘘だ冗談じゃねェ、こんなとこで。
「ギザ男ー! 早く言っちまえよ!『お前とえっちしたい』って」
「誰が言うかァ!」
 最悪だ、本当に最悪だ。最悪の世代の中でも最悪なのはおれだと言い張っていた時期もあったが、それはもうコイツに譲ってやってもいい。おれは能力を発動して大きな腕を作る。まずは麦わらを殴ってやるために。だが自分の顔がとんでもなく熱くなっていることも、自覚はしていた。


ロロノアと会話していたところにいきなり突っ込んできた麦わらは、ロロノアの背中にしがみついたままキッドの名を呼んだ。キッドが両腕に金属を集めながら血相を変えてこちらに走ってくるのに気を取られていたので、おれは咄嗟に麦わらがなにを言っているのか理解できなかった。それでも、ロロノアはあからさまにうげえ、という顔をしたし、キッドの顔がのぼせたように赤くなっているのを見て麦わらが相当なことを言ったことは悟っていた。
「な、キラ男!」
満面の笑顔でいきなり聞いたことのないあだ名をつけられて、おれは「ファッ」と声を上げてしまった。それでもまあ、キッドの「ギザ男」に比べれば自分の名前が残っているだけ自分だと判別はしやすいか。
「すまん麦わら、聞いていなかった」
「……おいキラー、聞かなくてもいいぞ」
ロロノアが低く唸ったが、そんなことで麦わらが止まるはずもなかった。笑顔のまま、麦わらは口を開いた。
「あのなキラ男、ギザ男がお前のこと」
「麦わらァああああ!」
轟音と共にキッドが突っ込んできて、その巨大な金属の腕でキッドを殴ろうとした。ところが、それは麦わらどころか、麦わらを背負ったままのロロノアの刀に防がれてしまう。
「どけロロノア!」
いつになくドスの効いた声でキッドは叫び、ロロノアは「お前には同情するが引けねェ」とこれまた悪人面で笑う。正直キッドの攻撃は冷静さを欠いてスキがありすぎた。ロロノアのほうが余裕があるのは当然だった。よほど麦わらはおれにまずいことを言おうとしていたらしい。
「なんだよギザ男、後で言うつもりなら今言ったって同じだろ」
「ちげえ! 雰囲気……ッとか! あるだろうが!」
「へェ、お前雰囲気とか気にすんのか」
どうやらロロノアは本格的にキッドをからかうつもりになっているらしい。麦わらとロロノア、歳下ふたりにニヤニヤ笑われたキッドの顔はキレているのか恥ずかしいのか、ひどい顔色だった。正直ここまでの顔は初めて見たかもしれない。
「おいキラー」
キッドは地を這うような声でおれの名前を呼んだ。
「なんだ」
「……結局お前はさっきの麦わらの言葉は聞いてたのか」
「いや」
おれが首を振ると、麦わらが唇を尖らせた。
「だからおれは、ギザ男はキラ男とーー」
「ルフィ」
ロロノアは麦わらの名前を呼んだかと思うと、麦わらの後頭部に手をあてがい自分の方を向かせた。それから、躊躇のひとつもなく、ロロノアは麦わらの頭を引き寄せ自分の唇と相手の麦わらをくっつけた。
「ファッ、ファッファッファッ」
驚きと戸惑いがそのまま笑いになって口から飛び出る。いや、なんだ、おれはこの至近距離でなにを見せつけられているんだ。キッドのほうもぽかんと麦わらたちを眺めている。しばらくそうしていると、ロロノアはすぐに雑な手付きで麦わらの後頭部を自分から引き剥がした。
「ルフィ、そういうことは他人には言わせたくねェもんだろ」
お前そんな声も出せたのか、というくらいに柔らかい声は、正直またおれを戸惑わせた。
「そりゃわかってるんだけどよ、こいつら二十年こうだったって言うからよ、自分じゃ言う気ないのかと思ってよー」
「二十年?」
ロロノアがおれとキッドを見遣る。キッドは「うるせェ心配には及ばねェから黙ってろ!」と一息に叫んだ。
だめだ、たしかに麦わらは結局おれに言おうとしたことを伝えていない。たぶん、ロロノアにキスで止められなくても、本気で言う気はなかったのかもしれなかった。そもそもーーもう麦わらとロロノアに会話、それにキッドの反応で、正直だいたい察してしまった。
「ファッファッファッファッ、ファッーー」
本当はもうずっと前から、薄々わかってはいた。だが、キッドとおれはいつもどこでも一緒で、大きな意見の相違すらなく、関係の進展の必要性がなかった。おそらくキッドのほうもそういう認識で、だからおれたちは二十年弱、こうして相棒として隣にいた。
それが崩れたのがこの国での別離で、おまけにーー麦わらにはおれたちのひどい再会も見られている。なんとなく、キッドと麦わらがさっきまでどんな会話をしていたのかも想像がついてしまう。自分のそれなりの察しの良さのせいで、笑いが止まらない。
今更、別の船の、若いふたりに後押しのようなものをされてしまっているという体たらくに呼吸まで苦しくなるほど笑ってしまう。最終的に咳き込んでしまったが、それでも笑うのがやめられないのがスマイルの後遺症というやつだった。
「おいキラー、大丈夫か」
キッドがおれの背中を撫でる。その手のあたたかさはおれのTシャツ越しに容易におれの肌に伝わった。不快なはずもなかった。ーーそうだ、ずっと、この手に触れられるなら、構わないと思っていた。おれは背中を丸めて、マスク越しに口もとを抑える。そんなことで笑いが止められるはずもないのに。
「おい麦わら、テメーのせいでキラーの笑いが止まらなくなっちまったじゃねェか!」
「えー、それおれのせいか? ギザ男がちゃんとキラ男に言うこと言えばそんなことにはならなかったんじゃねェのか? な、ゾロ」
「そうだな、ルフィ」
「テメェら見せつけてんじゃねーぞ!」
「ファッファッ、あ、キッド、この場で喧嘩はやめ、ファッファッ、」
会話ひとつするのも苦しくて涙が出てくる。マスクで顔を隠しているのは、こういうときには本当に助かる。キッドがおれのからだを支えるように腰に腕を回してくる。こんな接触は前からしていたことのはずなのに、麦わらとロロノアが「おっ!」「やるな〜ギザ男!」などと声を上げるので、おれはますます笑いの渦に落ちていくのだった。

コメント

コメントを受け付けていません。