短文置き場

キドキラ

2021/03/22 06:50
海賊
らしくもなく悩んでいることがある。悩み事があるなどと周囲に言おうものなら「マジすかお頭なら全部力づくでどうにかするモンだと思ってました!」とかなんとか、イラッとする回答が返ってくること必至なので誰に言おうとも思わねェが。
それはつまり、年上の幼馴染で相棒のキラーのことだった。キラーは、おれがガキの頃からそばにいた。なんなら随分と面倒を見てもらっていた。つまり――たとえば――オナニーのやり方を教えてくれたのもこの男だ。
とはいえ、おれたちはとっくに二十歳を超えた。海賊となったおれたちには仲間も増え、もうふたりきりなどではないし、おれはキラーに面倒を見てもらうには十二分に育った。身長だっておれのが高いし、立場だってこちらが上だ船長だ。
だというのに、キラーはまだ、ときどきおれを面倒を見る対象であるように扱う。例えばそう――今も。
「おはようキッド」
船長室から出たところで、キラーとばったり遭遇した。キラーはいつもどおりきちんと仮面をつけて水玉模様のシャツを着ている。
「ああ、はよ」
あくびをしながら言うと、キラーは「今日も元気そうだな」と言いながらおれの股間をぽんとはたいていく。キおれは開いていた大口を文字通り閉口した。そりゃあ、おれは大昔、朝勃ちに驚いてキラーに報告したことがある。だからって今でもそれを確認するやつがあるか。なにが「朝ちゃんと勃起するのは健康のパラメーターだからな」だ。それならおれはおれとして確認すればいいわけで、わざわざキラーに見られる必要もない。だいたい、場合によっちゃこりゃセクハラだろうが。
とまあ、そこまで考えるに至って、おれは最近頭を抱えている。
ガキ扱いされるのは癪だが、……キラーに触られるのは別に何も悪くねェ、ってことに、だ。股間をはたかれる。いや、たぶん、ナマで触られてもいい、むしろもっと触られてェ、オナニーを教わった昔みたいに、いや昔より、色んなことを。
要するにおれはキラーなら抱けるし、まあ……あっちが望むなら抱かれるのすらやぶさかではない、かも、しれねェ。
二十年近く一緒にいた相手に、今更のように性欲を向けられることに気づいてしまったのだ。
一方キラーのほうは、恐らくなにも考えてねェ。ガキの頃からの延長上、まだ保護者の気分が抜けてないだけ。そもそも、保護者つってもたったの四つ歳上なだけの癖して。
だが、おれには勝算があった。キラーのやつは、おれが言うことに逆らえないところがある。つまり、おれが強請れば寝るくらいはしてくれるだろうという目論見だ。
海賊、それも船長っていうのは、誰だって強欲なもんだ。キラーのことは相棒としてとっくに手に入れたものだと思っているが、そのからだまで寄越せと言うだけだ。


というわけで、おれはキラーに抱かせろ、と告げた。さすがに他のクルーがいない、船長室でふたりになったタイミングで、だ。
「は?」
キラーが戸惑った声を上げる。これくらいのリアクションは想像の範囲内だが、仮面のせいで動揺している顔が見えないのは惜しいなと思った。
「おれはキッドとそういうことは、……考えたこともねェぞ」
「だろうな」
おれは頷いた。お前、それでこんなこと言ってるのか、とキラーはため息をつく。
「嫌か?」
「嫌っつーか、………………、キッド」
「なんだ」
「その……、おれは、すごいぞ、ケツ毛が」
「は?」
さっきのキラーとまるで同じ声が出た。いまこいつなんつった。ケツ……ケツ毛?
「濃いんだ、とにかく。それでお前が、……、萎えないって言うなら、まァ、」
ケツ毛。たしかにキラーはなかなかの剛毛だ。髪なんか、長さもあるがそもそも量が多い。確かにおれたちはガキの頃からお互いのことをすべて見尽くしたと思っていたが、たしかに流石にケツ毛事情は知らなかった。知る由もなかった。
「、難しいだろ、そういうことだ」
じゃあ、とキラーがきびすをかえそうとしたその手首を掴む。キラがこちらをちょっとだけ振り向いた。
「試さねェと、わかんねェだろ、」
「な、えるに決まってるだろ」
キラーがなおも逃げようとするので、おれは右手に力を入れ、強い視線でキラーを見つめた。キラーが少したじろぐのがわかる。
「次の島の宿はふたり部屋だ」
告げて、手首を開放する。キラーは逃げるように立ち去った。
宿のベッドのうえで「めちゃくちゃがんばった」と言うキラーのすっかり脱毛されたケツと向き合う羽目になるまであと数日。



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