短文置き場

在宅勤務の熱煙

2020/08/16 23:25
防衛部


こんな世の中だけど、インターネットがここまで発達していたのは僥倖だったと言わざるを得ない。直接顔を合わせるのが難しくなった俺たちでも、毎日のように簡単なやりとりをすることができる。煙ちゃんは知っての通りものぐさだけど、ギリギリLINEは返してくれる。
お互い在宅勤務になって二ヶ月ほどが過ぎた。金曜の夜一緒に飲みに行ってどちらかの家でそのまま……というルーティーンを毎週繰り返していた日々は遠い。なんとなく仕事のない土日に出かけるのも気が引けて、俺の行動範囲は一気に縮小してしまった。今日も土曜日だというのに、部屋でぼんやり映画を見ながらスマホをいじっているだけ。
「なああつし」
「なにえんちゃん」
いつも直接言い合っていたいつものやりとりも、今はLINEだ。
「お前に借りてたゲーム終わったから返したいんだけど」
反射的に、いまいきます、と書かれたスタンプをタップする。だって俺たちもう二ヶ月会ってない。

一度乗り換えてたどり着いたアパートの扉の前で汗をぬぐう。家に籠もっているあいだにすっかり暑くなってしまった。呼び鈴を鳴らすと「マジで来たのか」と驚いた返答があった。
ドアを開けた煙ちゃんは汗だくでタンクトップに短パン姿、社会人になったのを機にその後は短くしていた髪がすっかり伸びて、まるで高校生の頃のようで、俺はぐっと喉を鳴らした。
「抱きつくなよ」
あついから、と付け足す煙ちゃんに構わず腕を伸ばす。煙ちゃんはこの暑いのに部屋に冷房を入れていないらしい。顔を寄せた耳元の匂いが濃くて、心臓がばくばくと音を立てる。煙ちゃんのさっぱり日に焼けていないまっしろな腕に興奮して、は、と息を吐くと、背中に回された手がポロシャツを掴んで後ろに引かれる。
「冷房、入れるから、待て」
ゆっくり単語を切りながら言われる。頷くと目の前で笑われた。珍しい柔らかい笑い方だ。
「よくできました」
「……一刻もはやくエアコンのスイッチ入れて」
待ちきれない、と言うと、煙ちゃんがため息をついて踵を返した。丸出しの脛を見つめながら、俺も靴を脱ぐ。煙ちゃんもきっと、俺に会いたかったんだ、不意にそれを実感して、落ち着くために目を閉じた。どうにも暑さで脳みそが暴走している、気がする。



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