海賊
※サニー号の構造間違ってたらすみません…
春島が近い海はぽかぽかと暖かい。木製の甲板のうえ、あまりにも安らかに大の字になって眠っている男を前に、たばこを咥えたサンジは立っていた。普段の言動からして脳みそが小さいのも納得だが、小作りな頭からがっしりと太い首がそのまま逞しい肩に続いていくその稜線を見下ろす。敵の気配ともあれば目覚めて流れるように刀を抜くことができるこの男は、仲間の前ではいつだってよく眠った。深夜の見張りの多くを引き受けているので、それも大概は見逃されている。
どれくらいそうしていたか、短くなったたばこを携帯灰皿に押し付ける。以前、つい癖でたばこを甲板に落とし靴底で火を消したら、盛大にウソップに後頭部を叩かれてしまい、それ以降はきちんと灰皿を持ち歩いているのだ。
やることを失したサンジはふと、ゾロ、とその名前を呼んで――、思わず自分の口を手のひらで塞いだ。普段アホ剣士だとかマリモヘッドだとか迷子野郎だとか罵ることに余念なく接しているはずなのに、なんだってこんなふうに親しげな声を出しちまったのか。舌打ちをして、それからゾロの左の腰の傍らにしゃがみ込んだ。顔を見るが、相変わらず瞼ひとつぴくりとも動かさず眠っている。
なんとはなしに、その腹巻きが巻かれたあたりを跨いで馬乗りになる。なってから、自分の行動の不可思議さにぞっとした。さっきから名前を呼ぶわこんな体勢になるわ、なにを考えているんだおれは。いま、このタイミングでこの男が目を開けたらどんな反応をされるのか。他の仲間に見つかったらなんと言われるのか。想像するだに恥ずかしく、コンマ一秒でも早くどかなくてはと思うのに、甲板についた膝がどうやっても動かない。そして、ゾロはまだぐうぐうと眠っている。サンジの焦りも知らず、呑気なものだった。
この男が起きたらまずいはずなのに、いざ起きないとなると、見くびられた気分になる。馬乗りになっても目を覚ます価値もないように思われているようだ。仲間として信頼されているのだ、とはわかっているはずなのに、どうしてか苛立ちは収まらない。「おい」と声を出してみる。しかし変わらずゾロは無反応であった。
サンジはゾロの顔を覗き込むように、少しばかり背中を丸めた。呼吸のたびに上下する彼の胸は、豊かな筋肉で盛り上がっている。もっとも、男の胸板など見たところで面白くもなんともない。どころか、憎らしささえあった。彼が常日頃から弛まぬ鍛錬でこの膨らみを育てていることはわかっているが、サンジとてあの海上レストランで料理のみならず足技をも鍛え抜いてたと自負している。料理人として、船員も自分自身も満足のいく仕事をしているはずだし、こいつと違い専門外の戦闘とて、十二分の戦績を残しているつもりだ。だが、この同い年の男がその強さ――それは剣士としてだけではなく、野望を貫く人間としての強さだ――をわずかでも閃かせると、胸の奥がささくれだつ。サンジは奥歯を食い締めて、そのままその手をゾロのあらわな首筋にあてがった。
手のひらに当たる喉仏の硬さと、陽気にわずか汗ばみしっとりとした肌の質感がまるで釣り合わず、サンジは喉を鳴らした。そしてその肌の下に、どくどくと血の通う感覚が確かに伝わってくる。こいつは生きている、と当然のことをサンジは思い、それからどうして自分はゾロの首筋などに手を当てているのかと瞬きをした。さっきからどうも妙だった。思ってもみないようなことばかりしている気がする。だいたい、男の肌など触ったところでなにも面白みがない。さっさと離れなくては、と思った瞬間だった。勝手に手に力が入る。離すどころか貼り付いているかのようだった。うそだろ、とつぶやいた。料理人の矜持にかけて、この手は戦闘に使わないと決めている。だというのに、いま自分の手は、仲間の首を圧し潰そうとしていた。ぞわぞわと背中に冷たいものが登ってくる。なのに、半分が金色の髪で覆われた額は汗だくだった。
確かに、ついさっき言い争ったばかりだ。きっかけはどちらからだったか、「オロすぞ」「斬るぞ」と罵りあった。まぁたやってる、と呆れ顔で肩をすくめるのはナミかウソップ、もしくはチョッパーで、まぁたやってる! と笑うのはルフィだった。ところで最近は、この一味にも年上のメンバーが立て続けに増えた。ロビン、フランキー、ブルック。彼女たちはどういうわけか微笑ましげに目を細めて(いやブルックに細める目はないが)ゾロとサンジの喧嘩を見つめるものだから、どうにも決まりが悪くなる。中途半端なやりとりのせいでなんだかひどい消化不良を起こした気分だったが、それでもあんな目で見つめられるくらいならやめたほうがマシだった。それだけは意見が合致して、ふたりは背中を向けあったのだった。
ほとんど真上から太陽が照らしてくるせいで、サンジの黒いスーツの下、背中はどんどん体温が上がっていく。一方でゾロはサンジが影になったせいか、寝苦しさの一つも見せやしない。サンジは手のひらに食い込む軟骨の感触の生々しさに顔をしかめた。いくら消化不良の喧嘩中とはいえ、こんなことをするつもりなどない。あるわけがない。ゾロの気道はこの手で確実に圧迫されている。どうして目を開けない、とサンジは焦る脳でゾロに怒りをぶつける。目を開けて、その馬鹿力でおれを振払えばいい。そうすればおれは適当に言い訳をして、数時間後にはきっといつも通りのやりとりに戻れるはずなのだ。なのにゾロは変わらずかたく目を閉じたままだった。いつもきつく顰められている眉間さえ弛緩していて、とても首を絞められている人間とは思えない。本当にこれはゾロなのだろうか。精巧な人形なのではないか。だが、確かに手のひらに伝わる熱が鼓動がこれは生き物だと伝えてくる。
「ゾロ」
呼んだ声は震えた。頼むから、目を開けてくれ。ついぞ祈るような気分になって、サンジはゾロの顔を見つめた。寝顔は穏やかで、だが呼吸が乱れ始めている。手に入る力は抑えられず、このままでは本当にこの手でいのちを奪ってしまう。サンジが魚や鶏を捌くのは、大事な仲間全員のいのちのためだ。ならばこの男を絞めるのは、なんのためだというのだろう。なんのためにもならない。なのにこの手は止められない。なぜ、どうして、おれはこいつに名前すら呼ばれないままで、こいつを殺すのか。
表情は微動だにしないのに、ゾロの顔色が変色していく。
「いやだ、いやだ、いやだ」
口に出すと同時に、目からも水滴が無様にぼたりと落ちる。するとそれはゾロの顎のあたりの線を掠めた。そして、瞬間わずかにそのまぶたが持ち上がる。だがゾロは動かなかった。鈍色の瞳でなにも言わずにサンジをじっと見つめる。平然と首を絞められ、声ひとつ出さない。どうして、抵抗しろ、やめさせろ、おれは……、……!
「あああ!」
「サンジうっせェぞ〜……」
目を開けると、サンジのからだはすっかり慣れた寝棚のなかにあった。半分眠っているようなウソップの声にゆっくりと顔をそちらに向ける。
(夢……)
寝間着がわりの古いシャツとパンツはすっかり汗で濡れていた。ばかりか、どうやら自分は泣いてすらいた。部屋はすっかり暗く、ボンクはサンジのからだをぐるりと囲んでいるので、誰にも見られてはいないのが幸いだった。特にいちばん見られたくない相手は、この時間ならまだこの部屋に帰ってきてすらいない。袖口で乱暴に目元を拭い、サンジは上半身を持ち上げた。
長く息を吐く。鮮明な夢だった。まだ手にあの肌の熱さが残っているようで、思わず身震いする。どうしてあんな夢なんか見ちまったんだ。汗をかきすぎたせいか、ひどい頭痛がした。せめて水を飲もうと、サンジはボンクを降りた。
いつもは賑やかなこの船も、深夜ともなれば静まり返る。特に最近は船長をはじめ航海士のナミらもいよいよ魚人島、新世界だ、と未知の海域に向け浮ついていたので、静けさはまるで耳に馴染まない。死んで骨だけの音楽家が仲間になり、なにをするにも朗らかなBGMがついてくるものだから、なおさらなのかもしれなかった。
そんな船の中で、唯一あのクソ剣士だけは歯を食いしばり続けていた。起きている間は刀を素振りするかダンベルを握るかで、食事すら疎かにする始末だ。スリラーバークでひどく傷付いたあの男は、それを自分自身の弱さゆえだといたく反省し、筋肉を育てることに気力のすべてを注ごうとしているらしかった。だが、船医たるチョッパーが言うことには、剣士の傷んだからだはまだ完全に回復してはおらず、それは時折見かける寝顔がいつものあけっぴろげな様子からはかけ離れたしかめっ面であることからも窺えていた。
ドアを開けると、秋の気候の夜風が吹き付けてきてからだを冷やし、ぶるりと震えてしまった。それでも芝生甲板に出る。空は暗く、カンテラのひとつでも持ってくるべきだったと後悔するが、かといって戻る気にもならない。踏み出すと、靴の下でさくさくと芝生の小気味よい音がする。
そう、あの時点で夢だと気づくべきだった。ゾロが寝ていたのは木製の――メリー号の甲板だった。あの穏やかな寝顔はまるでここ最近の奴と違っていた。考えてみれば違和感はいくつもあり、だがサンジにはあのときあれが夢だとは思えなかったのだ。視線を上に持ち上げると、マストの上部に設置された展望室には明かりがついていた。ゾロはきっとあの部屋で、まだ巨大なダンベルを振るっているのだろう。
階段を上り、普段からサンジが根城にしているラウンジ、それに続くキッチンに入る。灯りをつけ、瞬きをして明るさに目を慣らすと、冷蔵庫からピッチャーに入った冷えたレモン水を取り出した。グラスになみなみそそぎ、一気に飲み干す。少し頭痛がマシになった気がして、サンジは息を吐いた。それからシンクで手を洗うと、ようやくさっきのゾロの肌の感触が消えた。嫌な夢だった、とさっきの光景を無理矢理に脳の端に押しやって、それからキッチンの戸棚にこっそり隠したたばこの箱を手にとった。一緒に置いてある安物のライターで先端に火をつけ、煙を吸うと、ひとごこちがつく。自分がニコチン依存症でなければ、こういうときにどうやって精神を落ち着けたのか、想像もできなかった。
ラウンジを眺めながら、寝る前にもあの男とここでひと悶着あったことを思い出す。最近の喧嘩はこれまでとわずか色を違えていた。恐らく、サンジだけ。つい先日あの男に――誠に不本意ながら――いのちを護られてしまったので、どうにも強く出づらく感じる。ゾロは恐らくなんとも思っていない。あれを当然だと思っているから、恩に着せもしないのだろう。
傷が癒えきっていないのだから、せめて食事だけでもまともに摂らせようと躍起になっているが、剣士は話を聞きやしない。もともと腹が減ったら食う、そうでなければ食わない、という獣じみたところがあったのを、ここまでの船旅でようやく食事は朝昼晩三食するものだと教え込んだというのに、また以前のように戻ってしまったようですらあった。サンジは都度頭のみならず脳にも苔が生えちまったアホを罵り、アホはアホでアホなりに言い返してくる。いい加減うんざりしていた。おれのほうが正しいことを言っている、という自負もあった。さっきもそうだ。皆が夕食のためにテーブルにつき、ゾロだけが揃わなかった。甲板で腹筋していたゾロを無理矢理ウソップとチョッパーが引っ張ってきたものの、やはり文句を言う。それでサンジはとっさに言い返したのだった。
「食うもん食わねえで鍛錬もクソもねェだろうが! 死にてェならさっさと――」
サンジはいつものように死ねと言おうとした。だが、仲間全員を庇って死にかけたばかりの男にそれを言う愚かさを悟り、咄嗟に口をつぐんだ。ラウンジが瞬間しんとしたが、ゾロは唐突に黙ったサンジに「少しばかし食わねェくらいで死ぬかよアホコック!」と言い放ち、結局チョッパーやロビンが仲裁に入っておとなしく席についた。たっぷりの香草を使った魚と野菜のグリルをメインに様々な皿を並べた他の仲間たちと違い、ゾロの前に差し出されたのは月見うどんだった。これはチョッパーが「ゾロは内臓もぼろぼろだから消化のいいものを食べさせたほうがいいんだけど」とサンジに言ってきたからで、決してゾロのために別メニューを作ったわけではない、と、自分に言い聞かせている。
「こんな病人食」
ゾロは文句を言いたげに唇を尖らせたが、サンジは知らんふりをした。チョッパーが「黙って食え」と偉そうにゾロに言っている。死にてェならさっさと――、サンジはさっきの自分のことばを未だ後悔していた。
だからあんな夢を見たのかもしれなかった。いやな気分だった。船降りろ、斬る、オロす、殺す、死ね、散々言い合った仲だった。なのになぜ今それが胸につかえているのか、わからないほど機微に疎いわけではない。サンジはため息をついた。さっき自分が使ったばかりのグラスを簡単にすすぎ、ふたたびレモン水を注いだ。ついでにピッチャーからレモンスライスを一枚つまみ上げ、水面に浮かべる。
謝罪なんかしたくねェ、する必要もないだろう。恐らくあいつは言われたことについてなんとも思っていない。だが、それでもゾロのもとへ行かねばならないと思った。そうしなければ、きっとまた似たような夢を見てしまう。だからこれも決してゾロのためではない。おれの安眠のためだ。サンジはいちどうなずいてからグラスをバスケットに入れて、バランスを取るために塩にぎりをみっつ小皿に盛ったものも隣に置いた。それを片手にキッチンを出る。
バスケットの持ち手を形に引っ掛け、展望室からの明かりだけを頼りにロープの梯子を登る。慣れたものだった。これでも、レモン水一滴だって零さない自信がある。鍛錬をしながら見張りを務めるゾロへの残り物をアレンジした差し入れは、今までだって何度もしてきたことだった。
ノックもせずに展望室の床へ続く扉を開ける。一面に鉄板が敷かれた床からひょいと頭を出して見回す。あの男はどこだ、と背後を見遣ったところで、目当てを見つけた。部屋の壁にぐるりと取り付けられたベンチに腰掛け、珍しく疲れた様子で外を見ている。肩にタオルを引っ掛けた上半身は露わで、相変わらずのむさ苦しさに肩をすくめたくなった。彼の裸足の足元には巨大な重りをつけたダンベルがあり、恐らくサンジはそれを両手を使わないと持ち上げられない。脚でならあるいは、持ち上げられるかもしれなかった。
「おう」
バスケットを片手に近付きながら、声をかける。ゾロはなにも言わずに二重まぶたを重たそうに持ち上げて、こちらを見る。サンジはゾロの傍ら、ベンチの座面にバスケットを置いた。ゾロが緩慢にその中を覗き込む。
「飲めよ」
「……あァ」
ようやく開いた口から溢れた声はひどく低い。こいつ、それなりに喉が乾いていたんじゃなかろうか。サンジは自分がゾロの求めていたものを与えられたことに少々気を良くして、ついでにそのグラスを取り上げてやった。グラスはすっかり水滴まみれになっている。
「ほらよ」
そのままゾロの前に差し出すと、ゾロが手を伸ばした。厚く大きな掌がグラスを掴む。ところがサンジが手を離すと、その瞬間ずるりとグラスが落ちた。しまった、詰めが甘かった、グラスを拭くべきだった、サンジの脳裏に後悔が駆け抜け、グラスは鉄の床の上でいっそ軽やかな音を立てて割れた。そう細くは砕けなかったが、レモン水は敢え無く飛び散った。
「ヤベ、」
ゾロが立ち上がり、しかしよろめいた。ガラスを踏みかけ、たたらを踏む。サンジはゾロが裸足であることにぞっとして、「おとなしく座ってろ」と声をかけるとゾロの肩からタオルを奪った。汗で少々湿っているが、この水くらいは吸うだろう。一旦割れたグラスの上に被せて、サンジは息を吐いた。
「この部屋、箒とかないのか」
「ねェ」
「クソ」
結局ゾロはひとくちも水を飲んでいない。本調子ではないことはわかっていたつもりだったが、想像以上だった。そのくせ無理なトレーニングをするものだから、こんなことになるのだ。サンジは肺の奥から息を吐いた。
「取ってくるからじっとしてろよアホ剣士」
ほんの少し上昇した気分は、元通りすっかり降下していた。ゾロに背を向けると、ふたたび部屋の中央、床に取り付けられた扉を開けた。
箒やちりとり、それから新たなレモン水いりのグラスを持って戻ると、ゾロは動かずにそこにいて座っていた。サンジはまずはグラスをベンチに置くと、「今度こそちゃんと持ってろよ」と念を押した。ゾロがひとつ頷いてグラスを取り上げるのを見届けると、さっそく掃除を始める。上にかぶせておいたタオルで割れたグラスをひとまとめにし、細かな欠片を履いて集める。作業にそう時間はかからなかったが、ガラスが残っているとこの裸足の男が踏んで怪我をしかねない。目を凝らして床を見ていると、レモン水を飲み終わったゾロが、ベンチにグラスを置いた。
「コック」
不意に声をかけられて、サンジは顔を上げる。ゾロベンチに腰掛けたまま、再び外に視線を向けた。そして、さっきより余程潤ったように聞こえる声で、小さく呟いた。
「……悪ィ」
「…………まったくだ、食わねえから力が出ねェんだろ」
ゾロは返事をしなかったが、その手がバスケットの中の塩にぎりに伸びるのをサンジは確かに見た。食欲がないわけではないのならよかった、と思う。サンジはようやく床掃除に満足し、長く息を吐くと、バスケットを挟んでベンチに腰掛けた。ゾロはみっつめの塩にぎりを飲み込んだ。喉の動きに従って、出っ張った軟骨がぐっと上がるのを見て、サンジはまたあの夢を思い出す。親指についた米粒を舐め取ろうとするゾロに向けて右手を伸ばす。親指を喉仏に引っ掛け、残りの指で首の側面に触れる。
「つめてェな」
ゾロは不満げにそう唸ったが、振り払いはしなかった。サンジは黙って同じように左手もあてがった。今度こそゾロは眉間にしわを刻み、剣呑にサンジを見た。
「オイ、何のつもりだ、テメェ」
この手に力を入れればまるでさっきの夢の再現になる。サンジは俯いた。ゾロは答えないサンジに焦れると、「ふざけてんのか」と鋭い声を出してその手首を掴み、無理に外した。サンジはそうされて、ついに顔を上げる。あからさまにほっとした様子のサンジにゾロは戸惑い、そして手を離す。獣じみた態度でガラスのなくなった床に立ち、サンジから一歩離れた。警戒あらわだ。サンジは思わずハハ、と笑い声を上げた。
「それでこそテメェだ」
言って、サンジも立ち上がった。ゾロが「はぁ?」と訝しがるのも意に留めず、バスケットのなかに割れたグラスの欠片をしまい、それから拳を握る。
ゾロの体温は夢の中よりずっと熱く、ゾロの脈拍は夢の中よりずっと大きかった。急所に触れられればそれを振り払うことができる。あんな無抵抗な人形みたいな奴ではない。強い安堵で脳がじんわりと暖かくなるような心地すらした。ゾロは生きていて、サンジの手を拒絶することができる。
「おれは寝る」
サンジはバスケットを片手にそう言った。ゾロは不愉快そうな顔のままだが、それもまるで気にならない。
「なんなんだよテメェ……アァ、怖い夢でも見たか?」
ゾロは煽るために気軽にそう言ったが、図星をつかれたサンジは答えず踵を返す。やはり腹が立つ。腹が立つが、腹を立てられるのはあのアホが生きているからなのだった。二度と知らぬところでくたばるような真似はさせるものか。ゾロだけではない、あのクソ船長も、レディも、他の仲間も。サンジは重い床の扉を開けると、そう決意して梯子に足をかけた。
シャボンディ諸島まであと数日だった。