FE3H

意識はとっくに浮上しているけれど、どうにも目を開けるのが億劫だった。扉の外からは、起床した同輩たちの気配がする。だから自分も起きなければならないはずなのに、からだが鉛になってしまったかのように重く感じる。こういう日はままあって、だからなんとか寝台のうえで重たい気持ちをやりすごすしかない。授業は遅刻になってしまうだろうか。というか、今日の授業、最初はなにをするんだったっけ、弓術、だっけ……。弓は……苦手だから、出ておいたほうがいいんだろうけど……。どうせ遅刻しても、級友たちは「またシルヴァンは夜遊びをして寝坊しているのだろう」と呆れた顔で肩をすくめるだけだ。これを狙っていたわけではないが、自分の普段の素行の悪さのおかげで変に詮索を受けないで済むのには助かっている。周囲に余計な期待をされるのは、まっぴらごめんだった。
こんなふうになるのは、決まって前日にいいことがあった日だ。そうだ、昨日はとても天気がよかった。食堂で出た食事も好みのものだったし、授業も座学はいつになく頭に入って先生に褒められたし、実践では新しい炎の魔法を身につけることができた。授業のあとに出かけた市場では好みの物語の本も手に入ったし、夕方学内をぶらついていたら猫がよってきて、それをきっかけに女の子に声をかけられたりもした。ああ、できすぎた日だったな。
頭から被った毛布を引き寄せるようにして、からだにきつく巻きつける。息苦しくなるくらいがちょうど良かった。何度も逡巡し、なんとか意を決し、少しだけまぶたを持ち上げると、外はもう明るい時間帯だろうに、毛布のおかげで視界が遮られて薄暗い。自分の部屋、暖かな毛布のなかだというのに敵地に偵察しにいくときのように息を潜め、からだを強張らせている。心の奥で揺らめいている思いがある。それはずっと、いつだって、シルヴァンの心をとろとろと灼き続けている。そしてこうして不意に、火が強くなるのだ。
ああ、できるだけはやく、しんでしまいたい。



シルヴァンが物心ついた頃、少し年の離れた兄は、畏怖すべき存在だった。彼はいつだって自分のことを傷つけるために動いていた。
犬をけしかけて噛みつかせようとされたのが七歳の頃。井戸に突き落とされたのは八歳の頃。槍の訓練の休憩中に、それを胸に突き立てられかけたのは九歳の頃。冬の雪山に置いていかれたのは十歳だったか。
この頃になると、畏怖は消えていた。両親に強く叱責される兄の姿を見るたびに、湧いてきたのは彼に対する憐れみだった。
紋章持ちのシルヴァンが生まれてこなければ、兄はこうして周囲に咎められたりしなかったのだ。兄が得るべきだった慈しみは、すべてシルヴァンが奪ってしまった。だから彼がシルヴァンを殺そうとするのは当然だった。きっといつか兄の企みはうまくいって、あの嫉妬にまみれた目をまっすぐに向けながら、シルヴァンの命を断つのだろう。
ところが、そううまくはいかなかった。両親は紋章を持って生まれたシルヴァンを失うわけにはいかなかったのだ。シルヴァンが行くところには騎士をつけ、シルヴァンが口にする食べ物や飲み物はすべて毒味させ、シルヴァンが武器の鍛錬をするときは、特注の鎧を着せるようになった。シルヴァンだって過保護すぎると訴えたが、両親は首を横に振り、兄はシルヴァンを「お嬢様」と呼び嘲笑う。そして結果として、兄の嫌がらせは陰湿になっていった。シルヴァンに暴力を振るうときは、服に隠れて見えないところを狙うようになった。シルヴァンも抵抗しなかった。されて当然のことだからだ。
あれはシルヴァンが十二歳の誕生日祝いに、王都へ帝国からやってきた歌劇団の舞台を観に行った次の日。シルヴァンは元来歌劇が好きだった。物語を読むのも、美しい絵画を見るのも好きだが、歌劇はいっとう特別だった。美しい俳優たち、胸を高揚させる歌や台詞、きらびやかな衣装と物語。物語や絵画は領地でも楽しめるが、歌劇はそうでないことも相まって、シルヴァンにとって大切な思い出になった。だから浮かれていた。なんの気無しに、昨日聞いた歌のほんの一節を口ずさみ――、次の瞬間、廊下の向こうにいた兄に伸し掛かられ、首を絞められていた。
「楽しそうだな」
兄の声は低く、瞳にはまた嫉妬の炎がゆらめいている。
「笑うなよ、俺からぜんぶ奪っておいて」
気道がふさがり、視界が歪む。勝手に涙が出る。謝りたいのに謝ることもできない。ごめんなさいあにうえ、一緒に歌劇に行けなかったあにうえの気持ちも考えずに、歌なんて歌ってしまって、笑ってしまってごめんなさい、あにうえ、あにうえ、もう二度と笑ったりしませんから、ああ、
意識が遠ざかる。やっと殺してもらえるんだ、と思うと妙な安心感があった。首に食い込む兄の指の暖かさに、心地よささえ感じていた。産まれたときから持たされている荷物が重くて仕方がなかった。紋章も期待も肩書も嫉妬も愛情も執着も武器も能力も容姿も性別もなにもかもを、とうとう手放すことができるのだ。
シルヴァンは目を閉じる。最後に、兄が笑っているのが見えた。
よかった、兄上が笑っていて。




結局あのときも兄は自分を殺せなかったのだった。途中で使用人が現場に通りかかり、兄はすぐにシルヴァンから引き剥がされてしまった。本当に兄は詰めが甘い。だから今、シルヴァンはこうしてベッドの中で丸くなっている。
笑ってればたいがいのことはうまくいく。だけどうまくいかないこともある。
まあ、まだ俺たちは学生で人生半ば、それくらいは周りの皆とっくにわかっているだろう。俺も三歳になるくらいの頃にはとっくに悟っていた。だって何度も、笑ったせいで殺されかけるような目に合っていたから。
とはいえここは士官学校の寮だし、何より兄は三年も前に廃嫡されとうにどこかに行ってしまった。だから今は笑ってうまくいかないこととうまくいくことなら後者のほうが多い環境なのは確かだ。
だからこそシルヴァンはここに来てからできるだけ笑うようにしていた。そうすると、ほんの少しだけ背負うものが軽くなるような気がしたからだ。
だけど思わず笑ってしまうようないいことがあった日、過るのは首に這う兄の指の温度と、喉の狭くなる感覚だった。笑うな、兄からすべてを奪った自分に笑う権利なんてありやしないのに。いつもは頭の隅に追い遣っている思考が脳の中に充満して、動けなくなる。息を潜めて、丸くなることしかできない。もう午前の授業の大半が終わろうとしている。
口もとに手のひらをあてがう。笑うとき、唇はどのような形になるんだったっけ。知識としてはわかっている。だけど右端と左端を両方同じ高さまで持ち上げるなんて器用なこと、いつもは何も考えずにできているなんてどうかしてるんじゃなかろうか。
たとえばあの年下の幼馴染――フェリクスのように、普段からそう笑わないような性格付けを自分に課しておけばこんなことにならなかったのだろうか。だけど今更どうしようもない。シルヴァン=ジョゼ=ゴーティエは学級でも年長で面倒見がよく、だが訓練に対して不真面目で、手当たり次第に女に声をかけては捨てる、人でなしでなければいけないのだ。こうして寝台の上で藻掻いていることなど人に察されるわけにはいかなかった。誰かに呆れられるのは結構だが、憐れまれるなんて冗談じゃない。
大丈夫だ、と自分に言い聞かせ、ようやくからだを持ち上げる。寮に人が戻ってきたような気配がするから、昼休みに入ったのだろう。あの生真面目な幼馴染が部屋を訪ねてくるかもしれない。そうしたら、いつも通り笑えるだろうか。
寝台に腰掛けたまま、唇を動かしてみる。左右の端をきちんと持ち上げる。これでなんとか乗り切れるだろうか、と思った瞬間だった。
「シルヴァン」
扉を叩きもせず、向こうから名前を呼ぶ声がした。硬く聞こえるほどに平坦な、担任の声だった。
「体調でも悪いのか」
「……、」
「寝ているのか」
「いえ」
返事をすると、ベレトは許可も取らずに勝手に部屋の扉を開ける。シルヴァンはゆっくり立ち上がると、明るい光のなかに彼が立っているのを見る。
「ど、うかしたんですか、先生」
「授業を半日休んだのはシルヴァンだろう」
「あ、はは、そうですね……」
いつも通り正確に、ちゃんと笑えただろうか。教師はシルヴァンのことをじっと見つめる。前々から、彼の視線が苦手だった。中身を暴かれそうな気がするからだ。
「でもいつもはそんなことでわざわざ部屋まで来たりしませんよね」
「今日はシルヴァンの誕生日だろう」
言われて、シルヴァンは思わず目を丸くした。誕生日。そうか、今日は花冠の節の二日なのか。すっかり忘れていた。
「そういえばそうでしたっけ」
「もう今日で二十歳になるのに授業をサボるなんて、とイングリットが言っていた」
「はたち」
自分の年齢であるはずなのに、なんだか現実感がなかった。彼は自分がこの世界に産まれてしまってから、二十年も経ったのだと言う。幼い頃は、きっと大人になる前に、兄が殺してくれるものだと思っていたのに。こんな歳まで生き延びてしまったのだ。
「午後の授業は出られるのか」
「……ええ、出ますよ」
「その後、自分の部屋に来てくれ」
「ああ、補修ですか?」
「いや、誕生日を祝わせてほしい」
思わず目を見開いてしまった。まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのだ。確かに去年までの誕生日だって、親や付き合いのある女の子からそれなりに祝われていた。もっとも、兄が同じ屋敷にいた頃は、そういう食事のあとに「お前なんか産まれてこなければよかったのにな」と言われるのが恒例ではあったけれど。
「祝うって、」
「嫌か?」
「いや、そういうわけじゃありませんけど」
この担任はこうして時々突拍子もないことを言う。ベレトは相変わらずほんの少しの表情も変えずにそう、と頷いた。これじゃ本当に信じているのかも怪しいな、とシルヴァンは思った。
「じゃあ、昼食を食べてから授業に来るように」
ベレトはそれだけ言って踵を返した。シルヴァンはそう言われて自分の空腹を思い出す。笑ってしまう。あんなに死にたい気分だったのに、腹は減っているのだ。まるでさっきまでのどうしようもない憂鬱が子どもっぽい駄々のように思えて唐突に恥ずかしくなってくる。
シルヴァンはその場でしゃがみ込みたくなるのをなんとか耐えて、手のひらで顔を覆った。


「二十歳にもなるのに授業をサボるなんて、シルヴァンには士官学校の生徒としての意識はないの」
シルヴァンが午後の授業がはじまる時刻ぎりぎりに教室のドアを開けると、振り返ったイングリットが、ベレトに言った通りの言葉をそのままシルヴァンにぶつけた。
「まあ、昨日は俺の誕生日を祝いたいって誘いが殺到してね」
「下らんな」
「フェリクスも、ちゃんと人の好意は受け取るようにしたほうがいいぜ」
語尾をほんの少しだけ伸ばすと、軽薄な、人に甘えるような口調になることを知っている。そうすると、フェリクスとイングリットは呆れたような目をして、「言っても無駄だ」と首を横に振るのだった。
「そうか、シルヴァンは誕生日か。なにか欲しいものは……」
「殿下はお気になさらなくていいんですよ」
「そうか……」
ディミトリが少し残念そうな声を出す。しまったな、図々しく、なにか簡単なものでも所望しておけばよかった。そのほうがシルヴァンらしいじゃないか。そんなことを考えていると、担任教師が教室に入ってきた。
「午後は全員か」
無表情に言われて、教室中の視線を集めてしまう。シルヴァンは肩をすくめて、悪びれない態度を取る。いつもなら意識せずともできるシルヴァン=ジョゼ=ゴーティエらしい言動を、ひとつひとつ考えながら実行していくのが億劫だが、そうしなければならないこともわかっている。
「ほらほら、先生が授業始められないってよ」
言うと、生徒たちはまた前方の教壇に立つ教師を見た。数々の視線が剥がれ落ちるのを感じ、ほっと息を吐く。手の甲を口元にあてがい目を伏せ、シルヴァンは他の生徒には見えないように奥歯を噛み締めた。



数人の女生徒に声をかけられたが「ごめんね先生に呼ばれてるんだ」と言えばあっさり解放された。朝ほどではないけれど取り繕うのには疲れていたし、好都合だった。それに、嘘をついて断るより、罪悪感もない。
担任の部屋は自分の部屋の真下にある。あまり意識したことはなかったし、迷惑がかかるようなことをした覚えはないが、まさかなにか文句を言われたりするのだろうか。
扉を叩く。あっさりとした声色で「どうぞ」と言われた。誰が来たのか問わないのか、と思いながら、シルヴァンは扉を開けた。
「せんせ」
「来てくれたか」
「あんたが呼んだんでしょう」
ベレトは笑いもせず、しかしシルヴァンに勧めるように椅子の背もたれを示した。人間との会話は苦手ではないつもりなのに、この男といるとどうにも少し居心地が悪い。彼は何もわかっていないような態度を取るくせに、全部理解しているような目をしている。あまりじっと見つめられると、背中のあたりがざわつくような。
「先生はお茶を淹れるのも得意なんですか」
「傭兵として滞在していた村で教わった」
「……そうですか」
金と臙脂色の細かい装飾が美しい急須から、揃いの茶器に紅茶を注ぐ。シルヴァンはそれを見ながら、漂ってくる香りの華やかさに感心してしまう。実家で使用人が淹れてくれた紅茶も勿論美味しいと思っていたけれど。なにか特別な茶葉なのだろうか。そもそも王国は、入ってくる茶葉の種類も少なかったのかもしれない。
「それでは、誕生日おめでとう、シルヴァン」
正面に座ったベレトが静かにそう言った。シルヴァンは思わず苦笑してしまう。
「二十歳にもなってこんなふうに誕生日を祝われるなんて思いもしませんでした」
「そうか?」
ベレトは首を傾げた。彼は生徒が誕生日だと聞くと他の学級の生徒すら誘って茶会をするとは聞いていた。だが、なんとなく自分の番が来るとは思っていなかったのだ。それは幼い頃から自分は大人になる前に兄に殺されるのだと思いこんでいたからかもしれないし、ただ、それは十代の生徒だけに行われるものだと思いこんでいたからかもしれない。
「先生はこんな風に毎年ジェラルトさんに祝われたりしてたんです?」
「……まあ、そうだね、一応は」
シルヴァンはジェラルトのことをよく知っているわけではないが、彼もその息子のベレトも、無口ながら冷たい人間でないことはわかる。
「シルヴァンは、誕生日を祝われるのは嬉しくない?」
「そんなことないですよ、ありがとうございます」
「今朝は具合でも悪かったのか」
「言いませんでしたっけ、昨日の夜は俺の誕生日を祝いたいって女の子が離してくれなくて」
「…………」
「あれ、信じてません?」
「少なくとも自分が部屋に行ったとき、シルヴァンは誕生日のことを覚えていなかったように見えた」
それはまさにそのとおりで、シルヴァンはとっさになにも言い返すことができなかった。結果として完全な肯定になってしまい、シルヴァンは居心地悪く目を逸らす。
「まあ、今朝はちょっと体調がよくなかったんです。心配されるのって、あまり好きじゃないので。すみませんね」
「構わない」
「そんなことより、そういえば先生って何歳なんです、すごく若く見えますけど、もしかしてすごく歳上とか?」
話のそらし方があからさま過ぎただろうか。しかしベレトはそれを察したのかそうでないのか、紅茶をひとくち飲むと「ジェラルトは自分の年齢を教えてくれないかった」と言った。冗談なのかそうでないのか計りかねる。シルヴァンは深く尋ねるのを避け、「そうなんですか」とだけ言って、茶を啜る。
「焼き菓子もある」
「え、ああはい、いただきます」
沈黙は落ち着かない。適当な話をするのは得意なつもりだったが、話題一つ思いつかなかった。やはり今朝からどうにも調子が悪い。一晩眠れば治るのだろうか。
(お前なんか産まれてこなければ)
(ああ、ほんとに)
(ほんとに、今でもそう思いますよ、でも)
なにか言わないと、と中途半端に開いた唇は、しかし音を発しなかった。ベレトが茶器を皿に置いた音がやけに鮮明に響く。
「自分は、シルヴァンがいてくれて助かっている」
「え? なんです、唐突に」
「訓練中も実戦でも、学級の皆に目を配ってくれているだろう。槍の訓練も理学の勉強も頑張ってくれている」
「皆にはそう思われていないですがね」
「そう思われたくないんだろう」
言い当てられて、胸のあたりがざわついた。その通りだ。人前ではできる限り呆れられるような行動を取ったほうが楽だと知ってしまっている。そういうところは年下の幼馴染にだって気付かれていないはずなのに、どうしてこの教師は。
「先生って、人の心でも読めるんですか?」
「読めないよ」
「人の心が読めたら、もっと女の子とうまくやれるようになれますかね」
そして、兄上ともうまくやれたんですかね。シルヴァンはそれを飲み込んだ。ベレトに兄の存在を明確に伝えたことはない。それとも、これも察されているのだろうか。ベレトは困ったように小さく肩をすくめた。彼もまた自分の女癖には呆れてくれているのだと、シルヴァンはほっとしてしまう。
「そうだ、先生も今度一緒に女の子とご飯でも食べませんか? 殿下やフェリクスを誘っても乗ってくれませんし、先生となら普段相手にしてくれない女の子も来てくれそうだ」
「……」
もっと呆れて、無碍にすればいいと思って口に出した無茶な願いを、ベレトはどうするべきか思案しているようだった。シルヴァンは慌てて取り繕う。
「まあ、先生に口説き文句のひとつも言えるとは思いませんけど」
「いいよ、行こう」
「え?」
「シルヴァンと食事をしてみたいとは思っていた。そういえば、食堂にゴーティエチーズグラタンというのがあるだろう、あれはシルヴァンの」
いきなり一度に話題を出される。こんなに長い言葉を発されるのは、授業以外では初めてではないか。
「いや先生、俺とじゃなくて女の子と……それとあのチーズは確かにうちの領地の名産品ですがね、」
「そんなに好きじゃない?」
「まあガキの頃からあればかり食べてますし」
「シルヴァンは、」
ベレトは一口紅茶を飲んだ。シルヴァンはもう残りが少しになった紅茶が冷めてしまっていることに気づき、少しだけ残念な気分になる。
「困った顔も十二分に魅力的だと思うけどね」
「ずいぶんとまあいきなり口説いてきますね」
「なにも無理して笑わなくても構わないという話だよ」
ベレトは焼き菓子をひとつ摘んだ。まるでなんともない、というような態度だった。だめだ、とシルヴァンは思う。彼の前で取り繕うことがいかに馬鹿馬鹿しいことなのか、突きつけられたような気がする。
級友たちの前ではできることが、彼の前ではどうやってもうまくいかない。これまでも、そしてきっとこれからずっとそうなのだと、悟ってしまった。諦めるしかなかった。
「シルヴァンが産まれてきてくれてよかったよ」
追い討ちをかけるようにベレトが言う。シルヴァンが自らの槍で兄を貫くまであと二節だった。



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