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180を軽く超える長身と、全身を分厚く覆う筋肉、混じりけのない銀色の髪、東京の空よりずっと青い瞳、目の周りをびっしりと縁取る長いまつげ、通った鼻筋とよく笑う口もと、ああ、歯並びまできれいだ。そう滅多に見られるものではない美しい容姿と、謙虚すぎると言ってもいいほど謙虚な言動。最初に会ったときにいかに自分が彼自身――新横浜の吸血鬼退治人ロナルドのファンであることをつい勢いよく伝えたら、彼は顔中を真っ赤にして、小さな声で「ありがとうございます……」と言ったのだった。
容貌だけではない、退治人としての腕前も、そして作家としての才能も、彼はすべてが一流と言っても良かった。この若さの吸血鬼退治人で、ひとりで事務所を開いているというのも、相当に珍しい。さぞかし周囲からちやほやされているものだと思いきや、彼は褒められることに慣れていないらしい。本当に普段から褒められないのか、褒められても埋められないほどのなにかがあるのか。会話のたびに疑問に思ったが、まだそれを聞き出せていない。
そうこうしているうちに、彼と会うのは四回目になっていた。ロナルドさんはオータム書店から自叙伝を出版し、しばしば週刊ヴァンパイヤハンターの紙面を賑わせている。僕が編集をつとめる女性誌でも、彼のロングインタビューを掲載しようという話になったのが少し前のことだ。しかし、最初の訪問では断られてしまった。こういう依頼は普段なら一度断られたら引き下がるところなのだが、実際に会ったロナルドさんが今までメディアで見た以上に女性受けしそうな見た目だったので、グラビア企画も含め、食い下がって企画について話すこと二回。今回こそは首を縦に振らせたいところだ。ぼくは拳を握りしめ、よし、とつぶやくと、ロナルドさんと待ち合わせている喫茶店のドアを開けた。
「俺、の、グラビアは、さすがにちょっと、早いと思うんですよ。一部も売れなかったら……ああいや、それは、そちらの雑誌に失礼ですよねすみません、でもいつもより部数が減ったりしたら……」
ロナルドさんはそう言いながらすっかり俯いてしまう。テーブルの上の紅茶のカップを見つめるような体勢になって、この顔面から次々と卑下する言葉が飛び出してくることには、まったく毎回驚かされる。
「ロナルドさん、絶対にそんなことありませんから」
言うと、ロナルドさんは「でも」と呟く。俯いているのにこちらを見ようとするのですこし上目遣いのような格好になり、ますます銀色の長いまつげが強調される。ロナルドさんのまつげは世の女性が嫉妬しそうなほど、根本から持ち上がって見事に扇形に広がっている。
「僕はロナルドさんのグラビアとインタビューで、正直いつもの3割は部数が伸びると思っています。もっとかもしれません」
「うあ……」
しまった、よけいなプレッシャーをかけてしまった。いったいどうしたらロナルドさんを口説けるのだろう。もっとこう、自然に、ハードル低く、ロナルドさんでも頷いてくれるように提案しなければならない。僕は自分を落ち着かせるために、コーヒーを一口飲んだ。
「最初にお会いしたときにお伝えしましたが、僕はロナルドさんのファンなんです。でも、実際にお会いしてから、もっとファンになりました。退治の腕前も、書かれる文章も、謙虚なところも、ぜんぶ格好いいと思っています。それを読者の方に紹介したいんです。ロナルドさんのことが、」
ぼくはそれを言うかどうか、少しだけ悩んだ。だけど、はっきりと言い切ってみる。
「好きなんです」
言ってから見ると、ロナルドさんの頬はすっかり真っ赤だった。心なしか、青い瞳も潤んでいる気がする。
「あ、ありがとうございます……」
どこか呆然とした声で、ロナルドさんが言う。
「絶対に素敵な記事にしますから」
耳まで赤くなったロナルドさんが、妙に子どもっぽい仕草でこくりと頷いた。こういうところはなんだか可愛らしい。
普段から流されやすいんだろうなあ。あとは、好意を向けられることに弱い。いや、ぼくは本当にロナルドさんのことが好きだけれども。
「よかったです。よろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いします……」
ロナルドさんは少し気が引けたような表情をしていたが、それでもおずおずと頭を下げた。それからああいや、と首を振った。
「あの、そちらの雑誌って……こう、よくアイドルとか、俳優さんたちが脱いだりしてるじゃないですか。ああいうのじゃ、ないですよ、ね?」
「そ、そうですね、実は……」
そうしたいと思っていた。ひらひらした部分の多い退治人の衣装や、今の普段着のパーカーとTシャツにジーンズという格好ではわかりづらいけれど、ロナルドさんはかなり鍛えている。たまに見かける週ヴァンのおふざけ記事の写真でも上裸だったりすることはあるけれど、せっかくならうちの雑誌でも脱いでほしい。そのほうが絶対に部数は伸びる。
「あの、俺、その……週ヴァンの、馴染みの記者がいるんすけど、いつも言われるんですよ、お前写真撮られるの下手だよなって。普段でもそうなのに、その、脱いだりする感じだと、ますます……」
そうか、確かに週ヴァンで見たロナルドさんより実際に会ったロナルドさんのほうがずっと格好良く見えた理由はそれか。ロナルドさんは写真だと、どうしても表情が強張ってしまうタイプ。なんというか、今のぼくからすれば、それもギャップがあっていいというか、可愛らしい、とすら思えるんだけど、雑誌に載せるにはそうはいかないだろう。
「それなら、練習しませんか?」
「練習?」
「ええ、その……脱いだ撮影をしても、緊張しないように、僕とふたりで練習しましょう」
「いや、そんな、悪いですよ」
悪いわけがない。いや、確かに悪いんだけどそうじゃない。
悪いのは、ぼくだ。
新横浜からふたりで少しだけ電車で移動した。知り合いの多い街でそういうところに入るのは、ロナルドさんも気が引けるだろうと思ったからだ。たどり着いたラブホテル街、男二人でも大丈夫なところにできるだけさっと入る。薄暗い街で、ロナルドさんの容貌はひとめを引きそうだから。
手続きを済ませてエレベーターに揺られながら、ここまで大して嫌がりもせずについてきたロナルドさんを横目で見る。緊張しているようでもあった。ぼくの視線に気づいたロナルドさんは、笑いもせずに、小さな声で言った。
「こういうところ、はじめてで」
うそだろ、という言葉を飲み込んだ。さぞかしモテるだろうと思っていたからだ。まあ確かにロナルドさんは自分に自信がないようだけど、それがマイナスになってもあまりあるほどの魅力があるはずなのに。
はじめて。自分がロナルドさんのなんらかのはじめてを得ることに、思わず喉が鳴ってしまう。
部屋に入ったロナルドさんは、「いがいと、ふつうだ……」と少しほっとしたような声を出した。休憩で入っているから、いられるのは三時間。ぼくはさっそくベッドのほうに近づいた。
「すみません、カメラは持ってないのでこれで」
スマホを出すと、ロナルドさんがびくっとした。あまり怯えさせないほうがいいことくらいはわかるので、「終わったら消しますね」と言っておいた。
「服も着たままで大丈夫ですから、いったんここに座ってくれますか」
「わかりました」
ロナルドさんは意を決したような顔をしてうなずくと、こちらに近付いてきてベッドに座った。ぼくは向こうにあった椅子を引っ張ってきて、ロナルドさんの正面に座る。
「無理なお願いをきいてくださって、ありがとうございます」
「いや、大丈夫、です」
「やっぱり緊張されてますよね、少しお話しましょうか」
「な、なんかこれ、」
ロナルドさんはぐるりと部屋を見回して、「あ、いや、なんでもないです」と言った。
いや、言いたいことはわかる。ロナルドさんはたぶんこう言おうとした。「なんかAVみたいですよね」、だろう。
ぼくもそう思っていた。最初から意図してたわけじゃないけど、気がついたらそうなっていた。でも、ロナルドさんのいろいろなところを見てみたい、できればぼくの雑誌でしかできない表情を見せたい、という気持ちからすれば、それは断然好都合だ。
「ロナルドさん、やっぱりからだ、鍛えてるんですか?」
「ええとまあ、そこそこです。あの、一緒に暮らしてる吸血鬼――、よりはずっと。でも同じギルド、にはもっとすごいやつもいますし」
自分で緊張をほぐそうとしているのか、思った以上に答えてくれる。ぼくはふうっと息を吐き出した。
「もちろん嫌ならお断りしていただいても構わないんですが、ちょっとだけ、見せていただいても?」
「はい」
すんなりと頷かれる。もしかしたらロナルドさん、からだを見せるのはそこまで嫌じゃないのかな、と思って顔を見るとやっぱり赤くなっている。しかしその手はスムーズにTシャツのすそを持ち上げた。くっきりと浮き出た腹筋の割れ目が顕になる。へえ、きれいな人間はどこもかしこもきれいなんだなあ、と思いながら、さっそくスマホをかまえた。
「え、もう撮るんすか、」
脱ぎ途中なので顔はTシャツで隠れている状態ながら、焦ったような声が聞こえたけど、ぱしゃり。撮ってしまう。
「はい、撮られることに慣れてほしいので」
「慣れられるといいんですけど……」
Tシャツを脱いでしまったロナルドさんは、自信なさげにそう言った。ロナルドさんのからだは彫像のような凹凸があって、それは確かに女性を――そして男性をも惹きつけるに違いないけれど、それにしてもまあ、確かに、撮影は難航しそうではあった。
男性を脱がせるタイプのグラビアはうちの大きなウリでもある。そういうとき、こちらはモデルに流し目とか、色気のある表情をリクエストすることが多い。いろいろな発言を聞くからに、そういう経験の少なさそうなロナルドさんに、応えられるのだろうか。
いや、ものは試しだ。
「ロナルドさん、そのまま後ろに倒れて、右の手の甲を口もとに当ててください。そうです」
僕はロナルドさんの横に回る。
「すこし頭をこちらに向けて、その……色っぽい表情、を、作ってくれますか」
言うと、ロナルドさんはきちんとポーズは取ってくれた。シーツの上に横になって、口元を手の甲で隠す。これなら照れ笑いしていても隠れるしなんとかなるだろう、と思ったのだ。しかし、顔中真っ赤で、恥ずかしさのピークなのか、青い瞳はもはや泣きそうだ。可愛い。可愛いけど、そんな表情は確かにうちのグラビアには相応しくない。
それでも一度スマホで写真を撮る。いやはや、普段僕が相手をしているアイドルや俳優は、本当に撮られるプロだったんだな。そんな実感をしながら、ロナルドさんにヒントを与えてみる。
「あの、こう……恋人さんのことを考えてみるとか、どうですか」
「彼女、いません……」
「じゃあ以前の恋人さんでも」
「そういう、ひとも、いや、いなかった、わけじゃないんですけど」
「あの、冗談、ですよね?」
いや、これは本心だった。だって信じられないだろう、こんな人がまさかろくな交際経験も、ないだなんて。
ロナルドさんはますます怯えたような顔になる。もはや本当に泣いてしまうのではないか、とすら思えるほどだった。やばい。
「すみません、不躾なことを言ってしまいました」
「いや、おれ、こ、この歳で彼女もできない、ゴミなので……」
ついにロナルドさんの瞳からぼろっと涙が溢れる。シーツに水滴が落ちてすぐに吸い込まれていった。しまった、というかロナルドさんは涙腺弱いんだろうか、可愛い、愛おしい――。取材対象相手にあるまじき感情を抱いている、まずいという気持ちがないわけではない。しかし、そうは思ってもロナルドさんは僕にとってどうしようもなく魅力的で、ギャップさえ、いや、そのギャップこそが愛らしかった。
「ロナルドさん、」
「は、はい」
「じゃあ今から僕と付き合いましょう、ロナルドさんがよければですが」
「え……?」
「さっき言ったでしょう、僕、あなたが好きなんです」
ロナルドさんが横になったまま涙を拭っている、その横に座る。
「でも、○○さんは、恋人とか、いないんですか」
「今はいません。いたとしてもあなたが好きです」
ロナルドさんは、なんだかぼんやりとしていた。理解が追いついていないのかもしれない。でも、はっきり言って、そんなの関係ない。ロナルドさんがこくりとうなずく。僕が手を伸ばして肩に触れると一度びくりと震えたが、それでも抵抗することはなかった。
「ロナルドさん、頭を撫でてもいいですか」
「あたま……、はい」
すん、と鼻をすすって、ロナルドさんは頷いた。
「ロナルドさんは本当にすごいです。とっても格好いいです。あなたに恋人ができなかったのは、あなたに魅力がないからではありません」
言いながら銀色の髪を指で梳くようにすると、ロナルドさんが目を細める。可愛い。
「うぁ……そんなこと、ない、です……」
「謙遜しないでください、ロナルドさん」
「でも、」
「ではロナルドさん、キスしてもいいですか、」
「あ、はい、え? いや俺、歯とか磨いてな、汚い……」
言質が取れているとばかりに、未だに自分を卑下する言葉を並べようとするロナルドさんの口を、上から無理矢理塞ぐ。ただ唇と唇を押し付けるだけのそれを一旦離すと、「うう、すみませ、くさくないですか」などと言うのでもう一度キスをする。
「ロナルドさん、自分を悪く言うのはやめてください。また言ったら、またこうしてキスしますよ」
「えあ、は、はい……」
ロナルドさんがとろんとした表情になる。驚くほどに流されやすい。よくもまあ今まで無事で、と思わなくもない。ぼくはもう一度ロナルドさんの頭を撫でた。
さっき、「まるでAVみたい」なんて思ったけれど、実際こんなことになるなんて、あのときは考えてもみなかった。たった十分前のことなのに。
ロナルドさんとベッドに並んで横になって、からだをくっつけあいながら、僕は展開の速さに目眩すらしそうだった。ロナルドさんも僕も上半身だけ服を脱いでしまって、なのに妙に暑い。汗でしっとりしたロナルドさんの胸に触ると、弾力がすごい。鍛え抜かれた筋肉だった。なのに、乳首は可愛いピンク色で、今はつんと尖っている。
「ロナルドさん、すごい、よくここまで鍛えましたね」
「ん、……いや、おれたぶん筋肉つきやすいほうで、ぜんぜんたいしたこと、ン……ッ」
また謙遜し始めたので、唇と唇をくっつける。いたずらに下唇を舐めてみると、汗の味がした。全然悪い気分じゃない。ロナルドさんのからだがひくん、と緊張するのがわかった。まあ、さっきからどこをどう触っても、ロナルドさんはちょっとびくびくしてるけど。
「そういうことを言わないでくださいって、さっきも言いましたよね」
「だって……」
しゅんとした表情も可愛くて、僕はまた興奮してしまう。脚と脚を擦り付けると、たぶん僕のそこ……がどうなっているのか悟ったのだろう、少しロナルドさんの腰が引けてしまう。それを逃さないよう、腰に手を回す。
僕の顔についてロナルドさんがどう思っているかはわからないけれど、こんなにそばで見るロナルドさんの顔は、それでもなにひとつ非難するところのない美しさだった。ひそめられた眉も少しとろんとした瞳も耳まで真っ赤なのも言い訳がましく少し尖らせた唇も、ぜんぶ僕がそうさせたのだと思うと、思った以上に征服欲が満たされる。
「ロナルドさん、恥ずかしいですか」
「恥ずかしい、です」
「でも僕はロナルドさんとこうしていられてとても嬉しいです」
「あ、う、おれ、も嬉しい、です……?」
語尾が疑問系だけど、それはまあ、仕方がない。僕はロナルドさんの背中をゆっくりと撫でた。なにも今日はセックスなんてする気はない。こんなに、なにもかも知らないみたいな顔をされて、さすがにそんなことはできない。
ロナルドさんに教えるべきなのは、たぶん自信だ。そうすれば、写真のこわばった表情だって消えるはず。
「撮影が終わるまでの間でいいんです、僕のことを好きになってください」
「はい」
「絶対に、いい写真が撮れますから」
ロナルドさんが口を開こうとするけれど、きっとまた自虐だろうという予感がした。ぼくはロナルドさんの耳にそっと唇を近づける。
「大丈夫です、ぜったいに大丈夫ですから」
「あ……」
子どもに言い含めるように、ゆっくりと発音する。ロナルドさんがあまい息を吐く。僕の背中に手が回ってくる。ああ、ロナルドさん、やっと。
「○○さん……」
「なんですか」
「撮影のとき、見てて、くれますか」
ロナルドさんの手が背中に回ってくる。僕は返事をする代わりに、ロナルドさんの背中をできるだけ強く抱きしめた。するとロナルドさんの手にも力が入る。
「見ていますよ、ずっとロナルドさんについていますから」
だって僕はロナルドさんのこいびとでしょう。言うと、ロナルドさんは「はい」と返事をしてくれる。ああ、こんなことがあっていいのかな。僕はロナルドさん
*
母親が何度も雑誌のページを指でなぞってはうっとりしたため息をつくのを目撃した半田は、愕然とした。ロナルドのグラビアが女性誌に掲載されることはもちろん知っていたが、お母さんがあんな顔をするほどのものなのか。まさか。
半田はロナルドの写真うつりが悪いことをよくよく知っている。お母さんが、「そういうところも好き」と言っているのも。
自分もこっそり複数買いしていた雑誌を書店の紙袋から出す。発売前から公開されていた表紙くらいはまあ、たまたまうつりがよいものを選んだのだろうと高をくくっていたけれど。
「嘘だろ……」
ああ、本当に嘘ならよかった。この辺りで写真ばえナンバーワンのビジュアル持ちのくせに、いつも変にかっこつけたり照れたりするせいで中途半端な出来栄えの写真ばかりになってしまう退治人ロナルド。高校時代から長いこと撮ってきた相手のはずなのに。
笑ってやろうと思ったのだ、女性誌のグラビアなんて随分と軟派な仕事を受けて、きっと恥ずかしいことになっているに違いない、と確信していたから。そしていつか、自分がロナルドの最高の一枚を撮ろうと思いを新たにしようと思っていた。こんなはずではなかったのだ。カメ谷は編集室のデスクの前で頭を抱える。
「お前、こんな顔できたのかよ……」
見た瞬間、なぜかぞっとした。彼のアイデンティティの八割は童貞、それくらいに思っていたのに、こんな顔ができるだなんて聞いていない。最近なにか変わった様子もなかったはずだけど……。
寝ているロナルドを見下ろしたドラルクは、雑誌のページをめくった。いつの間に経験したんだね、なんて問い詰めて、彼は答えるだろうか。
こちらに背中を向けてシャワーを浴びている写真は、だいぶ際どいところまで入っている。鍛えられた背筋と腕に張り付いた水滴と、どこか向こうの方に向けられた視線。いつもの写真のように、口もとに力が入ることなく、自然だ。これだけなら、とんでもなくクールな男に見える。
別のページには、バスローブをはおり、白いシーツのなかに埋もれるロナルドもいた。惜しみなく胸筋と腹筋を晒し、こちらに微笑みかけている。そこそこ長らく彼と暮らしているが、こんな笑い方は見たことがなかった。
この雑誌の発行部数はどれくらいなのだろう。何千、とかではないだろう、さすがに。それだけの数、これが印刷されているのかと思うと、なぜか妙にイライラする。ドラルクはまたページをめくる。今度はまるで隣に寝ているかのような距離感で、ロナルドの顔のアップだ。細められた目は、甘えるような色を孕んでいる。長いまつげの一本一本まで、しっかり映っていた。
「……いや!」
思わず無意識のうちに声を出してしまう。
「いやいやいやいや、こんなのアレでしょ、フォトショ整形的な、修正入ってるんでしょどうせ」
だからこれはロナルドの本当の姿ではないのだ! ドラルクはそう結論づけた。
もう一度眠っているロナルドの寝顔を見下ろす。ぽかんと口が開いていて、とてもじゃないがこの雑誌の中の色気ムンムン男と同一人物には見えない。ようやく溜飲が下がって、雑誌を机の上に置いた。献本されたのか、机の上にはロナルドのスマートフォンの隣に、数冊同じ雑誌が乗っている。そのとき不意に、ロナルドのスマートフォンの通知ランプがちかちかと光った。セキュリティ意識ガバガバだな、と前々から思っているロナルドのスマートフォンは、開けっぴろげにメッセージアプリの通知を表示させる。
そこに自分の知らない名前を見て、ドラルクは思い切り眉をしかめて舌打ちをした。