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夜起きるとロナルドくんがいなかった。部屋の寒さで一回死んでから、やっとの思いでエアコンを起動させる。まったく、このか弱いドラちゃんのためにあらかじめ部屋を暖めておく気遣いはできないのか、あのガキは。秋冬は夜が長くなるので必然的に吸血鬼の活動時間は長くなる。たっぷりゲームできるのでそれは望むところだが、この寒さだけはどうにかならないものかね。
部屋が暖まったところでソファに横になってqsqの電源を入れた。ロナルドくんがこの時間不在にしていることは珍しくない。なにしろ彼の職業は吸血鬼退治人だ。
一時間半ほどゲームして、時計を見る。それでも、まだまだ夜はこれからだ、という時間だった。ロナルドくんはまだ帰ってこない。仕事に出ているのだとしたら、夜食くらいは作っておいたほうがいいだろうか。いや、彼は退治のあとはギルドに寄って、他の退治人と一緒にマスターのご飯を食べてきてしまうことも多い。どうしたものか。あらかじめ連絡してくれればいいものを。
結局私はゲームを続けた。彼が腹ペコで帰ってきたとしても、冷凍ご飯をチンして冷蔵庫のなかの豚肉と玉ねぎをちょっと煮こめば豚丼くらいは作れるだろう、という算段が、頭の中でついたからだ。



玄関がバタついたのは、もうすぐ四時になろうという頃だった。私がqsqをスリープモードにして様子を伺いに行くと、そこには腕の人がいた。なんと、ロナルドくんをおんぶしている。
「ええと、ロナルドくんはお酒でも飲んで潰れちゃった、とか?」
「い、いや、そういうわけじゃなくてですね、」
腕の人――サテツくんが言うには、本日新横浜に現れたのは催眠術を得意とする同胞だったという。吸血鬼の催眠といえば、人間をいいように操るものが多い中、彼がもっとも得意としたのは、文字通り眠らせることだった。そして今回、先鋒を務めたロナルドくんは、彼にまんまと眠らされたのだと言う。
「VRCにも診てもらったんですが、本当に眠ってる、だけらしいんで……」
サテツくんが恐縮するようなことでもないような気がするけど、とりあえずロナルドくんの寝床まで運んでもらう。さっきまで私が寝転がっていたソファベッドだ。いい加減別にベッドを買えば、と何度か言っているが、ロナルドくんは部屋が狭くなるとかなんとか言って、今も寝るたびソファをベッドに変形させてから眠っている。サテツくんはロナルドくんをおんぶしながら片手で背もたれを倒してベッドにすると、そこに優しくロナルドくんを下ろした。類は友を呼ぶ。筋肉の友は筋肉である。
「その同胞は捕まったのかい」
やっとほっとしたような顔をしているサテツくんに訊いてみると、こくりと頷く。
「とっ捕まえて、今はVRCです」
で、とサテツくんは言う。「その吸血鬼いわく、自分の催眠術にかかるとなにが起きても三日三晩眠り続けることになるらしくて……」
言いながらサテツくんはクローゼットを開けてロナルドくんに布団をかけた。私は目を閉じているロナルドくんを見下ろす。なるほど、だからおぶられてここまで来て、そしてまだ熟睡しているというわけだ。
「まあ、寝てる、だけなら、心配ないだろうって、ここに返そうって話になったんですけど」
「……ああ、わざわざありがとう」
なぜ私がロナルドくんのために礼を言っているのかはよくわからないけれど、とりあえず。私はのんきに眠っているロナルドくんを見下ろす。本人は特に気に入っている様子のないなっがい銀色のまつげが、目を閉じるといつも以上によく目立っていた。
「じゃあ、なにかわかったらVRCからも連絡行くと思うんで」
「わかった、それじゃあね」
「はい」
サテツくんも疲れているのだろう、いかにもあくびを噛み殺しているような声だった。


サテツくんが出て行って、私は改めてロナルドくんを見下ろした。それにしても、まつ毛長いな。三日三晩眠り続けるっていうけど、本当にそれだけなのだろうか。まつ毛長いな。ご飯はどうするのか。まつ毛長いな。水分は補給しなくていいのか。まつ毛長いな。……トイレはどうするんだ。……まつ毛なっがいな。
いやいや。私はかぶりを振った。ロナルドくんのまつ毛のことは一旦置いておこう。人間の生態のことはそれなりに知っているが、面倒なことばかりだ。私はため息をついた。ジョンがベッドの上にのぼって、ロナルドくんの顔を心配げに覗き込む。ここでロナルドくんの目が覚めたら大混乱のち大歓喜だろうに、という距離感だけど、ロナルドくんはやはり起きない。
まあ、三日間この精神年齢五歳児のお世話から開放されるなら、それはそれで悪くないだろう。自分は食べないのにロナルドくんのご飯を作る必要もないし、私ひとりなら洗濯機を回すのも少なくて済む。思いがけない休暇をもらえた気分になってきて、私はもう一度qsqを手に取った。日の出まであと一時間くらいゲームしてから寝よう。ベッド、というよりソファをロナルドくんに取られてしまったので、私は床にあぐらをかいた。
と、思った瞬間いきなり着信音が鳴って死にかけた。ロナルドくんのほうからだ。布団をめくって白いズボンのポケットに突っ込まれていたスマホを取り出すと、フクマさんの名前が表示されている。ほかなら無視したと思うんだけど、フクマさんからの着信となると話は別だ。
「も、もしもし……」
「お世話になっております、フクマです。ドラルクさんですか? ロナルドさんは不在ですか?」
恐る恐る電話に出ると、こんな深夜にハキハキとした喋り方で、フクマさんが答えた。
「ええと……」
さすがにロナルドくんの締切の管理まではしていないので、私は内心ドキドキしながら、フクマさんにロナルドくんの現状を伝えた。
「そうなんですか……」
フクマさんの声は確かにロナルドくんのことを心配しているように聞こえるのだけど、なのに恐ろしい。私は緊張しながらフクマさんの次の発言を待った。
「今回はまたロナルドウォー戦記一巻に重版がかかったことをお伝えしたかっただけなので。また目が覚めたら予定を伺いに参りますね」
「よ、よかった……」
「ええ、今はこんなに重版がかかる自叙伝も珍しいですからね」
いや、私がよかったと思ったのはロナルドくんが書けないこの三日間に締切がなかったことなんだけど。まあフクマさんにそれを話す気もなく、それから私自身の原稿について少し話をして、電話を切った。



昨日の朝方に確認したままの体勢で眠っているロナルドくんを見て、床ずれが心配になってくる。とはいえ、非力な私がロナルドくんを動かせるかというとちょっと微妙だ。思案していると、ロナルドくんが身じろいだ。どうやらそれなりに寝返りをしているらしい。たまたま昨日と同じ体勢になってしまったというところだろう。
さて、ロナルドくんが眠り続けて二晩だ。明日寝たら起きてくるのかと思うと、この休暇も存外短い。私はロナルドくんの布団をかけ直して、さっそくゲームをすることにした。本当はいつものようにソファで寝転びたいところだけど、こればかりはロナルドくんが寝ていて無理だ。どのみちロナルド吸血鬼退治事務所はおやすみせざるを得ないから、私は客間のソファに寝転がることにした。
ジョンも正面のソファに陣取って、ロナルドくんが買ってきたまんが雑誌を読んでいる。そういえば、あれって明日には次の号が出るんじゃないか。ロナルドくんが寝続けているなら、買ってくるのは私か……。
まあ、いまは深く考えなくてもいいか。私はqsqを立ち上げ、さっそくゲームに興じることにした。
「ロナルドォォォ!!!!」
「ヒッ!」
……しばらくして、ゲーム中に唐突に怒声が突入してきて、あえなく死んだ。ゲームの中のキャラも死んだ。
「ロナルドはいないのか!」
私が復活していないのにガンガン質問してくる半田くんは、相変わらずのはた迷惑ヴァンピールっぷりだ。てっきり半田くんなら自力でロナルドくん爆睡情報を手に入れていそうなのに、どうやら知らなかったらしい。まあ一応彼も公務員だからね。仕事もあるよね。私はかくかくしかじか、ロナルドくんの現状を話す。
「吸血鬼の催眠を受けるとは! ロナルドのアホめ!」
言いながら半田くんはドカドカとロナルドくんが寝ている部屋に入っていった。しまった。彼のことだ、眠っているロナルドくんの顔に落書きしたりセロリと同衾させたりする可能性がある。ロナルドくんが起きてイタズラに気がついたら、犯行を真っ先に疑われるのは私だ。慌てて半田くんのあとを追うと、半田くんは寝ているロナルドくんをじっと見つめていた。
「……あの、半田くん?」
「なんだ」
動かない半田くんなんて怖すぎる。声をかけると、半田くんはロナルドくんから目を離さずに返事をした。
「なんかこう……トラップとか仕掛けないの?」
「仕掛けてほしいのか?」
「いや、やめてほしいけど……」
半田くんは腕を組んで、ようやく私を見た。
「ドラルクめ、俺が見境なくロナルドにちょっかいを出していると思っているのか!」
「まあうん、そうでしょ」
「今ここでトラップを仕掛けたとして、俺がロナルドの阿呆ヅラを見ることはかなわんからな!無意味だ!」
一通り高笑いをした半田くんは最終的にロナルドくんの寝顔の写真を撮り、持参していたらしいセロリをうちの冷蔵庫に放り込んで帰っていった。随分とまあ、嵐みたいな男だな、半田くんは。
フクマさんや半田くんなんかを通じて、オータム書店や吸対にロナルドくんが長いお昼寝に陥ったことが広まったらしい。サンズさんがお見舞いと称してこれまたロナルドくんの寝顔の写真を撮りにきたり、珍しくヒナイチくんがヒヨシ隊長同伴でドアから入ってきたり、へんながロナルドくんの好きそうなAVを枕元に置いて行ったり、なかなかの頻度で来客がある。これは私の家事からの休暇だったはずなのに、あの若造、寝ていてもなお私の手を煩わせる。
最後にやってきた女帝・希美とアダムが帰って、ふたりに出していたお茶を下げると、私はため息をついた。まったく、すっかり疲れてしまった。
日の出まであと一時間か。ゲームをやる気力もでず、牛乳を飲み、ジョンにカップケーキをあげると、私はもう一度ロナルドくんの寝顔を見に行った。なんにも知らない顔をして眠っているロナルドくんは静かで、ちょっと不安になって口元に手をかざして呼吸をしているか確認してしまう。もちろん生きていた。
もう一度リビングに戻る。ジョンはうとうとしている。キンデメもそんな感じ。さっきまでは騒がしかった事務所が、すっかり静まり返っていた。なんだか一気に興ざめしたような気分になって、私はいっそのこのもう寝てしまおうかと思った。棺で横になって、ソシャゲをしながら眠りにつこう。
それもこれも眠り続けるゴリラ白雪姫のせいだ。私はスマホを片手に棺に潜り込む。なんだかムシャクシャしてるから、今日は思い切りガチャを回そうかな。



ガチャで爆死して物理的に死んで、どうやらそのまま眠っていたらしい。気がついたらまた夜になっていた。
棺の蓋をあけて起き上がる。今日こそ、今日こそ来客はないだろう。思い当たる人は昨日ほとんど来ていたと思う。ロナルドくんに、私の知らない人脈がないのなら。まあ、あるわけないと思うがね。一応ね。
とりあえずロナルドくんの様子を見るため、彼の寝床を覗き込んだ。相も変わらずよく眠っている。そういえば、人間というものは数日動かないと筋肉が落ちてろくに歩けなくなるって聞いたことがあるような。筋肉ゴリラのロナルドくんとはいえ、一応人間だ。ゴリラではない。起きたら歩けなくなっていました、なんてちょっと笑えない。私はロナルドくんのからだを確かめるために、ちょっとだけ布団をめくってみた。肩から下、たくましい二の腕は健在のようだ。触れてみても違和感がない。張りがあって、若々しいロナルドくんのからだは、私から見てそう変化があるようには思えなかった。胸筋のほうも相変わらずふかふか、してる、みたいだし……。
いやいやいや。なにをしているんだ私は、ロナルドくんの胸に触って弾力を確かめるなんて傍から見たらドン引きものじゃないか。慌ててあたりを見回してしまうが、どうやらジョンもいなかったので少し安心する。キンデメは……あの角度からなら私が何をしていたかは見えなかっただろう。うん。たぶん。
ロナルドくんは私のセクハラ(いや、セクハラなんて認めたくない! これは単なる確認だ!)が不快だったのか、少し身じろいだ。ことんと頭が動いて、白い首筋が顕になる。
「…………」
なぜかごくんと喉がなった。牛乳ばかりで暮らしていて、最後に人間から直接吸血したのはいったいいつだったか。いまの、ロナルドくんなら、いけるんじゃないか。そうしてロナルドくんに、私が真祖たるゆえんを示せるのではないか。
そっとロナルドくんの首筋に唇を近づける。どういうわけか私は自分が興奮していることを自覚せざるを得なかった。自分で自分の呼吸が煩わしく感じるなんて。口を開ける。私には牙がある。いくら頑強なロナルドくんとはいえ、これで皮膚いちまいを貫くことなんて簡単だ。若い男の血なんて濃くてとても飲めたもんじゃないと思っていたけど、今のロナルドくんは私の料理をたっぷり食べさせた健康体だ。きっと、きっと彼の血はとても美味しい。
……私はたぶん、このときジョンがやってこなければ、ロナルドくんに噛み付いていたと思う。ジョンはいぶかしげに私を見ていたけれど、「ロナルドくんの脈をはかっていたんだ」という無理のある言い訳にとりあえずは納得してくれたようだった。よかった。
さっきの衝動を抑えるために、ひとまずジョンの分の食事を作る。寝起きで腹が減っていたとはいえ、まったくらしくないことをしてしまった。ため息をつくと、おやつのクッキーを食べていたジョンが心配そうな顔をする。いや、なんでもないよ、と応じて、とりあえずチャーハンを作った。
結局あまり休暇って感じでもなくなっちゃったな。ジョンと同じに食卓についてコップに注いだ牛乳を飲みながら、私はテレビをつけた。ジョンがチャーハンを食べ終わるのを待って皿を洗う。テレビではあまり面白くなさそうなバラエティ番組が流れていた。お笑い芸人の笑い声がなんだか妙に耳につく。やっぱりテレビを消すと、ジョンががっかりしたような顔をするのでもう一回電源を入れた。qsqでゲームでもしようかな。私は棺桶からqsqを取ってくると、さっそく電源を入れた。クッションを床に敷くとその上に座り、ソファベッドを背もたれにして、ソフトの読み込みを待つ。
結局この三日間、ろくにゲームに集中できた試しがなかった。この天才ゲーマーのドラちゃんが! 私は今度こそたっぷりゲームを堪能すると決めていた。すぐ背後で眠っているロナルドくんに噛みつきたくなったなんて、絶対にさっさと忘れたい。強い信念を持って画面を見つめる。オープニングをスキップして、スタートボタンを押す。ここ二日思ったより進まなかった冒険を進めなくてはならない。



私のゲームに対する集中力ときたら! かなり長い時間ゲームに没頭していたらしい。ジョンがテレビを消してあくびをして、私も我に返る。
「ジョン、寝るのかい?」
訊くとジョンはうなずいた。私はもう少しだけゲームを進めたかったけれど、いったんqsqをスリープモードにして、ベッドに上がるジョンを見守る。布団がからだにちゃんとかかるように直してやって、それからまたゲームに戻ることにした。
qsqのディスク読み込み音を聞きながら、ふとため息をつく。ロナルドくんとジョンが寝てしまうと、なんだかとてつもなく静かな気がする。
そもそもここは事務所兼住居なので、本来一人暮らしには広すぎる部屋なのだ。ロナルドくんはずっとここで一人で生きていたんだなとふと思う。最初からちゃんとしたキッチンと、チェアが二脚ついてる小さなダイニングテーブルがあったから、私は棺桶を持ち込むだけでここにすんなり居着くことができたけど。……いや、らしくないことを考えてしまった。
私はなんだかゲームをやる気をなくして、結局またロナルドくんのほうに近づいてみる。
というか、そろそろ起きないのかな、ロナルドくんは。もう三日三晩たった気がする。それとも初日は一晩にカウントされてなくて、実は目が覚めるのは次の晩なのかも。そんなことを言いながらロナルドくんを見下ろす。ロナルドくんは相変わらずすうすうと眠っている。ずっと見ていると、さっきうっかりロナルドくんに噛み付こうとしたことを思い出してしまう。
銀色の髪、長いまつげの影が落ちる頬、健康的な肌の色、透けている血管、鍛えられた筋肉、ロナルドくんのすべてが妙に魅力的に見えて、私は喉を鳴らした。
「いやいや、いやいやいやいや」
わざわざ口に出して否定したのは、そうしなければまたロナルドくんに噛み付いていたからだ。ため息をついて、ロナルドくんから一歩離れる。弱ってしまう。はやく目を覚まして、いつもどおりのアホな言動と馬鹿力で私を呆れさせてほしい。そしたら、この妙な気持ちも無くなるに違いないのに。
そのときだった。私の願いが通じたのだろうか、身動きこそすれ頑なに開かれなかったロナルドくんのまぶたが、微かに動いた。思わずまた一歩近づいてロナルドくんの顔を見下ろすと、ゆっくりとまつげが持ち上がり、三日ぶりの青い瞳が露わになる。
「ロナルドくん」
名前を呼ぶ。ロナルドくんはぱちぱちと瞬きをした。まだ自分の身になにが起こったのか認識できていないロナルドくんは、ぼんやりとこちらを見つめている。なんだか妙にあどけない表情だ。そういえば、私が起きたときには大概ロナルドくんはとっくに起きているので、寝起きのロナルドくんを見たことなんてほとんどなかった。こんな感じなんだ……。
「おはよう……?」
言ってみるとロナルドくんのまつ毛がまた数回上下する。
「ドラルク……」
ロナルドくんの声はすっかりかすれていた。三日も声を出していなかったんだから当たり前か。目をこする仕草は妙に子どもじみている。
「ええと」
ロナルドくんの身に起こったことを言おうと思ったけれど、その前にロナルドくんがのそりと上半身を持ち上げる。
「なに慌てた顔してんだよ」
「慌ててはいないけど」
「じゃあ焦ってんのか? なんでもいいけどよ」
こんなときだけ勘がいい。私が三日ぶりに起きたロナルドくんをどうすべきか何を話すべきか、正直よくわかっていないのは事実だからだ。
「あー……、吸血鬼退治に行ったところまでは覚えてんだよ、それで催眠術、かけられたような気がする……」
「そ、そうそう」
そこまで覚えてるなら話ははやい。基本的に私生活はポンコツ五歳児のロナルドくんだが、この吸血鬼退治の仕事だけは本当によくできるのだ。私は頷いて、「それで三日三晩寝てたんだよ、君は」と答えた。ロナルドくんは私の顔を見て、「三日?」と尋ねる。「うん、三日」返事をすると、ロナルドくんは「どうりで腹が減ってるわけだ」と腹を抑えた。
「じゃあ、なにか用意するよ」
「トンカツ食いてえ」
「いや三日断食のあとにそれはきついでしょいくらなんでも、お粥ね」
粥なんかで腹が膨れるか、風邪ひいてるわけじゃねーんだぞ、ロナルドくんはそんなことを言っているけど私は無視して立ち上がった。立ち上がろうとした。服が引かれていることに気がついて見下ろすと、こちらを見上げているロナルドくんとばっちり目があった。
「どうしたの」
「お前のこと殺そうと思ったのに、全然力入んねえ」
何やら物騒なことを所在なさげな声と顔で言われて、一瞬言われたことと態度のどちらに寄せた反応をすべきか迷う。
「三日も寝てたんだからあたりまえだろう、まずはお茶でも飲んだほうがいいんじゃないか」
言うとロナルドくんはすんなり立ちあがった。そうして、キッチンに向かう私によろめきながらついてくる。悪くない気分なのが不思議だった。電気ケトルに水を入れてスイッチを入れる。緑茶のティーバッグをマグカップに入れて、冷凍ご飯を取り出してお粥を作る準備をする。
「なあドラ公」
ダイニングテーブルに頬杖をついたロナルドくんが声をかけてくる。
「俺が寝てるあいだ、なにかあったか」
「なんにも。静かで良かったから、あと一年くらいそのままでもよかったのに」
言うと舌打ちが返ってくる。けれどこれは全部大嘘だ。たぶんロナルドくんは一生気が付かないけど。



その後もう三日も経ったころにはロナルドくんはいつもどおりに動けるようになっていて、早速ギルドに出掛けて行った。事務所にはすっかりいつもの騒々しさが返ってきて、ついこの前の静けさが懐かしい。一方で、ホッとしている自分もいる。余計な心配など、かけさせないでほしい。
だけどもしも次にロナルドくんがああして無防備に眠ってしまったら、私は今度こそ彼の白い首筋に牙を突き立ててしまうだろう。
――もっとも、私はそれでもよしとどこかで思っているんだけどね。
私はトンカツのために豚肉に下味をつけながら、ふと笑ってしまった。


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