boueibu
「有馬さん、ぼく今日ハーブティーが飲みたいです」
下呂は甘えるような声すら使って、有馬にそう言った。有馬が淹れるハーブティーは、校舎の裏側にある花壇で彼が手ずから育った新鮮なものをそのまま使う。みずみずしい味は確かに下呂の好みで、時折こうやっておねだりした。有馬は棚からティーカップを出そうとしていたところだったが、下呂の方を見てわずかに眉尻を下げる。
「ごめん阿古哉、今日はちょっと無理なんだ」
「え、なんでですか?」
すぐにけんのある声をだして、下呂はくちびるを尖らせた。有馬はティーカップを机の上に置くと、息を吐く。
「あの花壇、荒らされちゃって。とてもハーブティーには使えなくなっちゃったんだよね」
「ええっ」
「誰がそんなことを?」
ここでようやく書類に向かっていた草津が声をあげた。有馬は彼の方を振り向いて、肩をすくめる。
「それがわからないんだよね。まあ、ハーブは家の庭からとってくれば、今までとは同じとまではいかなくてもハーブティーは淹れられるし」
下呂はしばらく黙っていたが、「まさかバトルラヴァーズのしわざ?」とつぶやいた。その可能性は低そうだ。こちらが向こうの正体を知らないように、向こうだってこちらの招待を知らないはずだし、なにより彼らは怪人を倒すとき以外出てこない。
「飲みたかったな」
下呂はため息をついた。そこまで言われると有馬も少し申し訳ない気分になってくる。
「ごめんね」
「なんで有馬さんが謝るんですか?」
「ハーブティーが淹れられないから?」
「ハーブティーが淹れられないのは有馬さんのせいですか?」
「それは、……そうじゃないけど……」
下呂は髪をかきあげて、ため息をついた。「有馬さん、紅茶ください。ウェッジウッドのがいいです」
自分のために素直に怒ってくれる下呂に、有馬は思わず笑ってしまう。有馬は下呂のそういうところが気に入っていた。
「だいたい有馬さんも有馬さんですよ、大事な花壇を荒らされてヘラヘラ笑ってられるなんて」
「怒ったって花壇は元に戻らないだろ」
「そういう問題じゃないです。わからないかなあ」
有馬は下呂の言葉に苦笑した。苦笑するとまた、笑っていると文句を言われる。そんなことを言われても、有馬には下呂の言うような「普通の」「適切な」態度は取れやしない。草津がぽんと生徒会印を書類に押す音がして、有馬は下呂のリクエストに応えるべく茶葉の入った缶を手にとった。
草津はすべての仕事を片付け終えた。下呂は向こうの応接セットのソファのうえで、まだ来期の予算案に首を傾げている。有馬は読書をしていた。副会長には存外仕事が回ってこない。だから暇を持て余して、有馬は執事の真似事をしているのかもしれない。
「阿古哉、手伝おうか」
「いえ……」
電卓のイコールキーを押して、下呂は草津の進言を辞退した。草津もソファーに腰掛ける。
「阿古哉、おかわりいれとくね」
有馬は不意に立ち上がって、ティーカップに紅茶を注いだ。もちろん、下呂のリクエスト通りのウェッジウッドのやつだ。
「有馬」
「錦史郎ももういっぱい飲む?」
「いやいい」
辞退する。有馬はそう、とだけ言ってティーポットを机の上に置いた。
「やっぱりハーブティーが飲みたかったです」
ひといきつくことにしたらしい阿古哉は、まだそんなことをぼやいている。有馬は明日は家からミントを摘んでくるよ、とやんわりと言った。
「……あんなに大事にしてた花壇を荒らされても平然としてるなんて、有馬さんってなんにも執着してないんですね」
「はっきり言うね、阿古哉」
しかし有馬の声は乱れない。草津はだまっていた。心のどこかで、むしろ下呂に同調していた。親友の隣を奪った同級生にいまだ腹を立てている自分は、醜いとわかっていながら親友に執着している。有馬にはそれがない。いつもよりむしろ明るい声すら出しているようなのが恐ろしい。
「有馬さんとお付き合いする人はかわいそうですよ」
下呂は非難する声を出す。草津は一瞬有馬と自分の関係が知られたのかと思ったからだ。しかし下呂はこちらをちらりとも見ない。
そもそも自分たちは「お付き合い」しているわけではない、はずだ。
折角ズンダーニードルを消費して生み出した怪人を、今日もバトルラヴァーズにあっさりと倒されてしまい、草津はやはり苛立っていた。
有馬が自分の前で跪いて、スラックスのファスナーを下ろし、性器を取り出すのを見ながら、それでも草津は気が晴れない。有馬は草津の皮のかぶった性器に目を細め、両手を使っていじりはじめる。いつもと同じ穏やかさだった。
「なかなかうまくいかないよね」
していることとは裏腹に、有馬のせりふは世間話のようなのんきさである。
「もっと強い怪人が作れたらいいのかな」
右手で亀頭をこすりながら、左手で根本を刺激される。草津はあっさりと自分の性器が硬くなっているのを感じていた。
「あいつらの弱点ってなんなんだろう」
草津は答えないのに、有馬はひとりで疑問を吐き出している。大事にしていた花壇を踏みにじられて、自分の男としてのプライドを投げ出して、この男のなかにあるものはいったいなんなんだ。そもそもこうして有馬が奉仕をしようとするのは草津の苛立ちを和らげるためであったが、今日の草津はそうされてさらに腹を立てるばかりだった。しかしからだは刺激に従順で、草津の性器は粘膜を顕にしっかりと勃起していた。
「一回出す?」
有馬が顔を性器に近づけそう尋ねてくる。ここで草津が頷けば、有馬はいつものようにそれを口の中に含み、顔を上下させ、先走りも恥垢すら舐め取り、射精すれば精液を飲み込むだろう。そして有馬もそうするつもりで顔を寄せている。しかし草津は有馬が予想しているようにするのも癪で、首を横に振った。有馬は驚いて、目を見開く。
「じゃあ、もう……いれる?」
草津は返事をしなかったが、有馬はそれをイエスと取ったらしい。胸のポケットからコンドームを取り出すと、袋を破き、でてきたそれを草津の性器の先端にあてがい、するすると被せていく。
正直に言えばさっさと射精してしまいたいところだったけれど、草津は性器だけを露わにしたかっこうのまま立ち上がり、じゅうたんに膝を付いている有馬のからだを押し倒した。草津がそうしたいと願っているなら、有馬は抵抗なんかしない。
怒り、悲しみ、抵抗して非難して懇願して泣きながら叫ぶような機微など、有馬にはない。
「錦史郎?」
名前をつぶやかれる。しかし草津は答えなかった。ベルトのバックルを外そうとすると、有馬は自分からそれに手を伸ばし、腰を浮かせてさっさと下半身をあらわにした。有馬の性器はまるで興奮しておらず、平然と垂れ下がっていた。そのくせ、尻の穴はしっかりと、草津のものを受け入れられるよう、なかにローションが仕込まれ、やわらかく解されている。
有馬はテーブルに置かれた料理のようにただ、草津に食されるのを待っている。無感動に、ただそれだけのために。
「有馬」
「うん」
「いれるぞ」
「どうぞ」
有馬はそう言って、両手を尻のほうに回し、穴を広げるように引っ張った。草津はそこに自分の性器をあてがう。
「ッ……!」
有馬の促すまま押し込むと、彼は歯を食いしばり拳を握り、挿入の衝撃に耐えた。すでに達する寸前だった草津だが、なんとかそれを抑えると、奥に性器を入れ込んだ。
「あ、ッ」
思わず声がでてしまう。草津は有馬の腰をつかみ、そのままつたなく腰を動かした。うまいやりかたなんか知らない、ただ自分が射精するためだけに。
「は、あっ、ん、んん、」
「錦史郎の、すごい、中でますます、大きく、なってるよ、」
「く、」
有馬の言葉にうまく返す余裕なんかない。草津は有馬の中をしっかりと堪能する。思うがままに腰を打ち付け、息を荒げる。
「ッ、う、……あ、出るッ……」
「ん、錦史郎、だして」
「あ、あ、は、……ッッ♡♡♡」
ついに草津はコンドームのなかに性器を吐き出した。それを理解した有馬がこちらを見上げてやんわりと笑う。
有馬の性器はしかし、これっぽっちも反応していなかった。彼のからだは、彼のこころと同じでまるで無感動なのだ。
草津は息を落ち着かせながらずるりと性器を引っ張り出す。確かにたかぶっていたはずなのに、胸のうちがどうにも冷たくなっていく。
怒り、悲しみ、抵抗して非難して懇願して泣きながら叫ぶような機微など、有馬にはない。
それを引き出したいと、草津は唐突に思った。有馬は上半身を起こし、脱いだスラックスを引き寄せ、ポケットからポケットティッシュの袋を取り出すと、その紙でじぶんの下半身を拭っている。
その表情は、やはりいつもとまるで変わらない。
「……君も快感を得るべきではないのか」
草津が言うと、有馬は驚いたように顔を上げた。
「僕が?」
「ああ」
「うーん。強壮剤……バイアグラ、って、どうやったら買えるんだったかな……」
返ってきたセリフに、草津はもはや目眩すらしそうな気分になった。そういう問題ではない、のだが。
翌日有馬は、昨日のことなんてなにもなかったようにハーブティーを淹れて下呂の前に出した。
「あれ、花壇が荒らされたから、ハーブティーは無理だって話でしたよね?」
「ああ、言わなかったっけ、今日は家のハーブを摘んできたんだ」
有馬は事も無げにそう言った。下呂はカップに口をつけると、「やっぱり有馬さんのハーブティー、好きです」と呟いた。有馬は「ありがとう」と笑って、ソファに腰掛ける。草津は会長用の机に座ったままふたりのやりとりを見ていた。
「錦史郎も飲む?」
視線に気付いた有馬がこちらにも声をかけてくる。草津は「もらおう」とだけ言って、書類に目を向けた。有馬はポットからハーブティーを淹れると、カップを持ってこちらにやってくる。
「どうぞ、錦史郎」
「ああ」
そんなやりとりをしていると、草津の制服の胸ポケットから、するりと緑色のハリネズミ――ズンダーが現れた。小さな手足に、かたつむりの殻を抱えている。
「どうかされましたか、ズンダー様」
草津が声をかけると、ズンダーは草津の机の前に下り立った。
「校内に我々の眷属にふさわしい人間をみつけた」
言いながら、抱えた殻から中身を食べようとする。草津は地球のハリネズミがふだんなにを食べているのかは知らないが、宇宙からはるばるやってきたズンダーであれば、エスカルゴのような庶民には得難いものを食すこともあるのだろう、と納得し、「どのような人間ですか」と尋ねた。有馬や下呂にも話を聞かせようと、顔を上げる。
「あ……」
見れば、有馬は顔を真っ青にしていた。ふだん、見たこともないような表情だ。そう、それこそどんな扱いを受けても、有馬はいつも穏やかだった。彼の視線はズンダー、そしてズンダーが抱えている殻に向かっている。
「どうしたんですか、有馬さん」
「や、えっと、なんでもない、すすめて、錦史郎」
ごまかそうとする言葉すらあからさまで、下呂は首をかしげた。草津はかたつむりひとつで顔を歪める有馬の表情をじっと見つめる。しかしそれから目をそらす。
怒り、悲しみ、抵抗して非難して懇願して泣きながら叫ぶような機微など、有馬にはない。しかし決してそうできないわけではないのだ。それはそうさせたい草津にとっては喜ぶべき事実であったが、自分が彼の中でかたつむりにすら劣る存在でもあるかのようにも思わされた。
「有馬」
「なに?」
「もうすぐ梅雨だが、そろそろ庭にはかたつむりが出る頃か」
「やめてよ錦史郎」
有馬はあからさまに顔をしかめた。草津はおそらく次のセックスでは強壮剤を飲んで望むであろう男を、つとめて無表情で見上げていた。
下呂は甘えるような声すら使って、有馬にそう言った。有馬が淹れるハーブティーは、校舎の裏側にある花壇で彼が手ずから育った新鮮なものをそのまま使う。みずみずしい味は確かに下呂の好みで、時折こうやっておねだりした。有馬は棚からティーカップを出そうとしていたところだったが、下呂の方を見てわずかに眉尻を下げる。
「ごめん阿古哉、今日はちょっと無理なんだ」
「え、なんでですか?」
すぐにけんのある声をだして、下呂はくちびるを尖らせた。有馬はティーカップを机の上に置くと、息を吐く。
「あの花壇、荒らされちゃって。とてもハーブティーには使えなくなっちゃったんだよね」
「ええっ」
「誰がそんなことを?」
ここでようやく書類に向かっていた草津が声をあげた。有馬は彼の方を振り向いて、肩をすくめる。
「それがわからないんだよね。まあ、ハーブは家の庭からとってくれば、今までとは同じとまではいかなくてもハーブティーは淹れられるし」
下呂はしばらく黙っていたが、「まさかバトルラヴァーズのしわざ?」とつぶやいた。その可能性は低そうだ。こちらが向こうの正体を知らないように、向こうだってこちらの招待を知らないはずだし、なにより彼らは怪人を倒すとき以外出てこない。
「飲みたかったな」
下呂はため息をついた。そこまで言われると有馬も少し申し訳ない気分になってくる。
「ごめんね」
「なんで有馬さんが謝るんですか?」
「ハーブティーが淹れられないから?」
「ハーブティーが淹れられないのは有馬さんのせいですか?」
「それは、……そうじゃないけど……」
下呂は髪をかきあげて、ため息をついた。「有馬さん、紅茶ください。ウェッジウッドのがいいです」
自分のために素直に怒ってくれる下呂に、有馬は思わず笑ってしまう。有馬は下呂のそういうところが気に入っていた。
「だいたい有馬さんも有馬さんですよ、大事な花壇を荒らされてヘラヘラ笑ってられるなんて」
「怒ったって花壇は元に戻らないだろ」
「そういう問題じゃないです。わからないかなあ」
有馬は下呂の言葉に苦笑した。苦笑するとまた、笑っていると文句を言われる。そんなことを言われても、有馬には下呂の言うような「普通の」「適切な」態度は取れやしない。草津がぽんと生徒会印を書類に押す音がして、有馬は下呂のリクエストに応えるべく茶葉の入った缶を手にとった。
草津はすべての仕事を片付け終えた。下呂は向こうの応接セットのソファのうえで、まだ来期の予算案に首を傾げている。有馬は読書をしていた。副会長には存外仕事が回ってこない。だから暇を持て余して、有馬は執事の真似事をしているのかもしれない。
「阿古哉、手伝おうか」
「いえ……」
電卓のイコールキーを押して、下呂は草津の進言を辞退した。草津もソファーに腰掛ける。
「阿古哉、おかわりいれとくね」
有馬は不意に立ち上がって、ティーカップに紅茶を注いだ。もちろん、下呂のリクエスト通りのウェッジウッドのやつだ。
「有馬」
「錦史郎ももういっぱい飲む?」
「いやいい」
辞退する。有馬はそう、とだけ言ってティーポットを机の上に置いた。
「やっぱりハーブティーが飲みたかったです」
ひといきつくことにしたらしい阿古哉は、まだそんなことをぼやいている。有馬は明日は家からミントを摘んでくるよ、とやんわりと言った。
「……あんなに大事にしてた花壇を荒らされても平然としてるなんて、有馬さんってなんにも執着してないんですね」
「はっきり言うね、阿古哉」
しかし有馬の声は乱れない。草津はだまっていた。心のどこかで、むしろ下呂に同調していた。親友の隣を奪った同級生にいまだ腹を立てている自分は、醜いとわかっていながら親友に執着している。有馬にはそれがない。いつもよりむしろ明るい声すら出しているようなのが恐ろしい。
「有馬さんとお付き合いする人はかわいそうですよ」
下呂は非難する声を出す。草津は一瞬有馬と自分の関係が知られたのかと思ったからだ。しかし下呂はこちらをちらりとも見ない。
そもそも自分たちは「お付き合い」しているわけではない、はずだ。
折角ズンダーニードルを消費して生み出した怪人を、今日もバトルラヴァーズにあっさりと倒されてしまい、草津はやはり苛立っていた。
有馬が自分の前で跪いて、スラックスのファスナーを下ろし、性器を取り出すのを見ながら、それでも草津は気が晴れない。有馬は草津の皮のかぶった性器に目を細め、両手を使っていじりはじめる。いつもと同じ穏やかさだった。
「なかなかうまくいかないよね」
していることとは裏腹に、有馬のせりふは世間話のようなのんきさである。
「もっと強い怪人が作れたらいいのかな」
右手で亀頭をこすりながら、左手で根本を刺激される。草津はあっさりと自分の性器が硬くなっているのを感じていた。
「あいつらの弱点ってなんなんだろう」
草津は答えないのに、有馬はひとりで疑問を吐き出している。大事にしていた花壇を踏みにじられて、自分の男としてのプライドを投げ出して、この男のなかにあるものはいったいなんなんだ。そもそもこうして有馬が奉仕をしようとするのは草津の苛立ちを和らげるためであったが、今日の草津はそうされてさらに腹を立てるばかりだった。しかしからだは刺激に従順で、草津の性器は粘膜を顕にしっかりと勃起していた。
「一回出す?」
有馬が顔を性器に近づけそう尋ねてくる。ここで草津が頷けば、有馬はいつものようにそれを口の中に含み、顔を上下させ、先走りも恥垢すら舐め取り、射精すれば精液を飲み込むだろう。そして有馬もそうするつもりで顔を寄せている。しかし草津は有馬が予想しているようにするのも癪で、首を横に振った。有馬は驚いて、目を見開く。
「じゃあ、もう……いれる?」
草津は返事をしなかったが、有馬はそれをイエスと取ったらしい。胸のポケットからコンドームを取り出すと、袋を破き、でてきたそれを草津の性器の先端にあてがい、するすると被せていく。
正直に言えばさっさと射精してしまいたいところだったけれど、草津は性器だけを露わにしたかっこうのまま立ち上がり、じゅうたんに膝を付いている有馬のからだを押し倒した。草津がそうしたいと願っているなら、有馬は抵抗なんかしない。
怒り、悲しみ、抵抗して非難して懇願して泣きながら叫ぶような機微など、有馬にはない。
「錦史郎?」
名前をつぶやかれる。しかし草津は答えなかった。ベルトのバックルを外そうとすると、有馬は自分からそれに手を伸ばし、腰を浮かせてさっさと下半身をあらわにした。有馬の性器はまるで興奮しておらず、平然と垂れ下がっていた。そのくせ、尻の穴はしっかりと、草津のものを受け入れられるよう、なかにローションが仕込まれ、やわらかく解されている。
有馬はテーブルに置かれた料理のようにただ、草津に食されるのを待っている。無感動に、ただそれだけのために。
「有馬」
「うん」
「いれるぞ」
「どうぞ」
有馬はそう言って、両手を尻のほうに回し、穴を広げるように引っ張った。草津はそこに自分の性器をあてがう。
「ッ……!」
有馬の促すまま押し込むと、彼は歯を食いしばり拳を握り、挿入の衝撃に耐えた。すでに達する寸前だった草津だが、なんとかそれを抑えると、奥に性器を入れ込んだ。
「あ、ッ」
思わず声がでてしまう。草津は有馬の腰をつかみ、そのままつたなく腰を動かした。うまいやりかたなんか知らない、ただ自分が射精するためだけに。
「は、あっ、ん、んん、」
「錦史郎の、すごい、中でますます、大きく、なってるよ、」
「く、」
有馬の言葉にうまく返す余裕なんかない。草津は有馬の中をしっかりと堪能する。思うがままに腰を打ち付け、息を荒げる。
「ッ、う、……あ、出るッ……」
「ん、錦史郎、だして」
「あ、あ、は、……ッッ♡♡♡」
ついに草津はコンドームのなかに性器を吐き出した。それを理解した有馬がこちらを見上げてやんわりと笑う。
有馬の性器はしかし、これっぽっちも反応していなかった。彼のからだは、彼のこころと同じでまるで無感動なのだ。
草津は息を落ち着かせながらずるりと性器を引っ張り出す。確かにたかぶっていたはずなのに、胸のうちがどうにも冷たくなっていく。
怒り、悲しみ、抵抗して非難して懇願して泣きながら叫ぶような機微など、有馬にはない。
それを引き出したいと、草津は唐突に思った。有馬は上半身を起こし、脱いだスラックスを引き寄せ、ポケットからポケットティッシュの袋を取り出すと、その紙でじぶんの下半身を拭っている。
その表情は、やはりいつもとまるで変わらない。
「……君も快感を得るべきではないのか」
草津が言うと、有馬は驚いたように顔を上げた。
「僕が?」
「ああ」
「うーん。強壮剤……バイアグラ、って、どうやったら買えるんだったかな……」
返ってきたセリフに、草津はもはや目眩すらしそうな気分になった。そういう問題ではない、のだが。
翌日有馬は、昨日のことなんてなにもなかったようにハーブティーを淹れて下呂の前に出した。
「あれ、花壇が荒らされたから、ハーブティーは無理だって話でしたよね?」
「ああ、言わなかったっけ、今日は家のハーブを摘んできたんだ」
有馬は事も無げにそう言った。下呂はカップに口をつけると、「やっぱり有馬さんのハーブティー、好きです」と呟いた。有馬は「ありがとう」と笑って、ソファに腰掛ける。草津は会長用の机に座ったままふたりのやりとりを見ていた。
「錦史郎も飲む?」
視線に気付いた有馬がこちらにも声をかけてくる。草津は「もらおう」とだけ言って、書類に目を向けた。有馬はポットからハーブティーを淹れると、カップを持ってこちらにやってくる。
「どうぞ、錦史郎」
「ああ」
そんなやりとりをしていると、草津の制服の胸ポケットから、するりと緑色のハリネズミ――ズンダーが現れた。小さな手足に、かたつむりの殻を抱えている。
「どうかされましたか、ズンダー様」
草津が声をかけると、ズンダーは草津の机の前に下り立った。
「校内に我々の眷属にふさわしい人間をみつけた」
言いながら、抱えた殻から中身を食べようとする。草津は地球のハリネズミがふだんなにを食べているのかは知らないが、宇宙からはるばるやってきたズンダーであれば、エスカルゴのような庶民には得難いものを食すこともあるのだろう、と納得し、「どのような人間ですか」と尋ねた。有馬や下呂にも話を聞かせようと、顔を上げる。
「あ……」
見れば、有馬は顔を真っ青にしていた。ふだん、見たこともないような表情だ。そう、それこそどんな扱いを受けても、有馬はいつも穏やかだった。彼の視線はズンダー、そしてズンダーが抱えている殻に向かっている。
「どうしたんですか、有馬さん」
「や、えっと、なんでもない、すすめて、錦史郎」
ごまかそうとする言葉すらあからさまで、下呂は首をかしげた。草津はかたつむりひとつで顔を歪める有馬の表情をじっと見つめる。しかしそれから目をそらす。
怒り、悲しみ、抵抗して非難して懇願して泣きながら叫ぶような機微など、有馬にはない。しかし決してそうできないわけではないのだ。それはそうさせたい草津にとっては喜ぶべき事実であったが、自分が彼の中でかたつむりにすら劣る存在でもあるかのようにも思わされた。
「有馬」
「なに?」
「もうすぐ梅雨だが、そろそろ庭にはかたつむりが出る頃か」
「やめてよ錦史郎」
有馬はあからさまに顔をしかめた。草津はおそらく次のセックスでは強壮剤を飲んで望むであろう男を、つとめて無表情で見上げていた。
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