boueibu
「なあ熱史、これからマツキヨ寄っていい?シャンプー切らしちまって」
日々放課後に厳選かけ流しの温泉、黒玉湯に通っている由布院は、スクールバッグのなかにシャンプーや石鹸を常備している。黒玉湯は高校生の財布にも優しい入湯料だが、かわりにシャンプーや石鹸は持ち込まなければならない銭湯スタイルの温泉なのだった。
「いいよ、俺も制汗剤買おっかなって思ってたし」
「じゃあ決まりな」
「有基たちはどう?マツキヨ行く?」
鬼怒川は後輩たちに声をかけた。しかし三人とも首を横に振る。
「今日は番台当番なんす」
「そろそろ確定申告の準備をしなくてはならないので」
「俺も今日はデートの約束あるんで!」
そういうわけで、由布院と鬼怒川は今日も今日とて、ふたりで帰ることになったのだった。
おなじみの全国チェーンのドラックストアに入ると、さっそく由布院は入口付近のシャンプーコーナーに向かった。とっくに鬼怒川はお目当ての制汗剤を手にしている。由布院もいつもの銘柄のシャンプーの小さなボトルを購入する。
「もっと大きいの買って、強羅さんに番台の下とかに置いておいてもらえたら楽なのにな」
「うーん、強羅さんに訊いてみたら?」
「訊いてみるわ」
小さなシャンプーやボディーソープのボトルをバッグに入れて持ち歩くなんて、大した労力でもない気がするのだけれど、由布院はそれすら面倒らしい。本当に由布院は面倒くさがりだ。鬼怒川はそう思いながらドラッグストアを歩く由布院の後を追う。化粧品の棚を抜け、食料品のエリアに向かおうとしていた由布院が、突然立ち止まった。
「煙ちゃん?」
見ればそこには、瓶や小箱が並ぶ棚の前だった。
「離乳食ってさあ」
なるほどそこは離乳食コーナーだ。鬼怒川は続く由布院の言葉に表情を強張らせた。
「噛まなくていいから食うの楽そうだよな」
「……煙ちゃん」
いくらなんでもそれはないんじゃないか、と鬼怒川は言おうとしたが、由布院はそのままひょこひょこと歩いていってしまった。鬼怒川はため息をつく。由布院の怠惰は今に始まったことではない。……それにしたって、離乳食を食べたいなんて言うとは思わなかったけれど。
「いや食いたいとは言ってねーよ」
由布院は目の前の小瓶に口許を引き攣らせた。
「え、言ってたよ」
「噛まなくていいから楽そうって言っただけだろ……」
由布院はがっくりと項垂れた。うらごしかぼちゃとりんご、五ヶ月頃から。そんな文字が書かれたラベルが目に入る。現在の由布院煙は、十八歳と数か月ほどである。どう考えてもそのボトルのなかに入った黄色いペーストの適齢期ではない。由布院は瓶を見るのをやめて、鬼怒川のほうを見た。
数日ぶりに鬼怒川の部屋に来て、麦茶と一緒に出されたのがこの瓶である。
「お前俺のことなんだと思ってんだよ……」
「煙ちゃんは煙ちゃんだろ」
言いながら鬼怒川はびんのフィルムをぺりぺりと剥がし始めて、由布院はいよいよぞっとする。なんと言って止めるべきか逡巡していると、ついにがこんと音を立ててその蓋があけられてしまった。
「今日のおやつはかぼちゃとりんごだよ、煙ちゃん」
「何なの?お前、俺の親気取りたいの?」
「こんなぐうたらな子ども持った覚えないよ」
「…………」
由布院は閉口した。鬼怒川はちいさなスプーンでそれを掬って、しばらく見つめたあと、こちらにそれを向けてくる。由布院は反射的に口を開いた。ときどき鬼怒川が手ずから弁当のおかずを分けてくれるせいだ。鬼怒川は穏やかに微笑んで、それを由布院の口許に運ぶ。しまった、と思ったときには口のなかにスプーンが入っていた。
「おいしい?」
「…………味うすい」
「そうなんだ」
鬼怒川はさらにもう一掬いして、由布院の口許にスプーンを運んだ。
「おいしくないんだけど」
言いながらまた、つい口を開いてしまう。スプーンが口の中にさしこまれる。
こいつ、何がしたいんだろうな、そして俺は何がしたいんだろう。由布院はため息をつこうとしたけれど、またスプーンが差し出されてしまった。
やっぱり全然おいしくない。
日々放課後に厳選かけ流しの温泉、黒玉湯に通っている由布院は、スクールバッグのなかにシャンプーや石鹸を常備している。黒玉湯は高校生の財布にも優しい入湯料だが、かわりにシャンプーや石鹸は持ち込まなければならない銭湯スタイルの温泉なのだった。
「いいよ、俺も制汗剤買おっかなって思ってたし」
「じゃあ決まりな」
「有基たちはどう?マツキヨ行く?」
鬼怒川は後輩たちに声をかけた。しかし三人とも首を横に振る。
「今日は番台当番なんす」
「そろそろ確定申告の準備をしなくてはならないので」
「俺も今日はデートの約束あるんで!」
そういうわけで、由布院と鬼怒川は今日も今日とて、ふたりで帰ることになったのだった。
おなじみの全国チェーンのドラックストアに入ると、さっそく由布院は入口付近のシャンプーコーナーに向かった。とっくに鬼怒川はお目当ての制汗剤を手にしている。由布院もいつもの銘柄のシャンプーの小さなボトルを購入する。
「もっと大きいの買って、強羅さんに番台の下とかに置いておいてもらえたら楽なのにな」
「うーん、強羅さんに訊いてみたら?」
「訊いてみるわ」
小さなシャンプーやボディーソープのボトルをバッグに入れて持ち歩くなんて、大した労力でもない気がするのだけれど、由布院はそれすら面倒らしい。本当に由布院は面倒くさがりだ。鬼怒川はそう思いながらドラッグストアを歩く由布院の後を追う。化粧品の棚を抜け、食料品のエリアに向かおうとしていた由布院が、突然立ち止まった。
「煙ちゃん?」
見ればそこには、瓶や小箱が並ぶ棚の前だった。
「離乳食ってさあ」
なるほどそこは離乳食コーナーだ。鬼怒川は続く由布院の言葉に表情を強張らせた。
「噛まなくていいから食うの楽そうだよな」
「……煙ちゃん」
いくらなんでもそれはないんじゃないか、と鬼怒川は言おうとしたが、由布院はそのままひょこひょこと歩いていってしまった。鬼怒川はため息をつく。由布院の怠惰は今に始まったことではない。……それにしたって、離乳食を食べたいなんて言うとは思わなかったけれど。
「いや食いたいとは言ってねーよ」
由布院は目の前の小瓶に口許を引き攣らせた。
「え、言ってたよ」
「噛まなくていいから楽そうって言っただけだろ……」
由布院はがっくりと項垂れた。うらごしかぼちゃとりんご、五ヶ月頃から。そんな文字が書かれたラベルが目に入る。現在の由布院煙は、十八歳と数か月ほどである。どう考えてもそのボトルのなかに入った黄色いペーストの適齢期ではない。由布院は瓶を見るのをやめて、鬼怒川のほうを見た。
数日ぶりに鬼怒川の部屋に来て、麦茶と一緒に出されたのがこの瓶である。
「お前俺のことなんだと思ってんだよ……」
「煙ちゃんは煙ちゃんだろ」
言いながら鬼怒川はびんのフィルムをぺりぺりと剥がし始めて、由布院はいよいよぞっとする。なんと言って止めるべきか逡巡していると、ついにがこんと音を立ててその蓋があけられてしまった。
「今日のおやつはかぼちゃとりんごだよ、煙ちゃん」
「何なの?お前、俺の親気取りたいの?」
「こんなぐうたらな子ども持った覚えないよ」
「…………」
由布院は閉口した。鬼怒川はちいさなスプーンでそれを掬って、しばらく見つめたあと、こちらにそれを向けてくる。由布院は反射的に口を開いた。ときどき鬼怒川が手ずから弁当のおかずを分けてくれるせいだ。鬼怒川は穏やかに微笑んで、それを由布院の口許に運ぶ。しまった、と思ったときには口のなかにスプーンが入っていた。
「おいしい?」
「…………味うすい」
「そうなんだ」
鬼怒川はさらにもう一掬いして、由布院の口許にスプーンを運んだ。
「おいしくないんだけど」
言いながらまた、つい口を開いてしまう。スプーンが口の中にさしこまれる。
こいつ、何がしたいんだろうな、そして俺は何がしたいんだろう。由布院はため息をつこうとしたけれど、またスプーンが差し出されてしまった。
やっぱり全然おいしくない。
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