boueibu
「つけましょうか」
「いいよ、自分でつける」
有馬はそう答えると、ふう、と息を吐いて耳たぶに手をやった。慣れたてつきで右側のピアスを、それから左側のピアスを外してしまう。穴が空いたふたつの耳たぶはそこになにもついていないのに、いつもより随分と無防備に見えて、思わずわくわくしてしまう。
「阿古哉、鏡持ってる?」
「どうぞ」
僕愛用の手鏡を手渡すと、有馬さんは少し眉をひそめて「派手だね」と言った。ぼくの手鏡は職人によってデコレーションされていて、もちろんそれはガラス製のラインストーンなんかじゃなくて、小さいとはいえその全部が宝石だ。眉をひそめられる筋合いはない。
有馬は膝の上に置いた手鏡を大きなからだを丸めるようにして覗き込みながら、さっき僕が渡したピアスを手にとった。
フックピアスに、透かし素材の飾りとエメラルドを使ったそれはオリエンタルなデザインで、まあ、要するに女物だ。僕は有馬にそれを着けるようにお願いして、彼は結局頷いたのだった。
副会長という立場なのに、どちらかといえば草津会長の「執事」として生徒会にいる有馬は、だけど僕のお願いも聞いてくれる。両方の耳の穴に頼りない金具を通して、有馬はようやく顔を上げた。しゃん、と小さな音が鳴る。
「ありがとう」
手鏡を返しながら有馬はそう言った。顔はやっぱり不愉快そうだ。
「どうですか」
「重たいね」
「そうでしょうね」
彼がいつもつけている古そうな、シンプルなピアスからすればそれは当たり前の言い分だった。
「外していい?」
「つけたばかりでしょう」
「似合わないだろ、こんなの」
「それは僕が決めます」
有馬はため息をついた。何回ため息ついたら気が済むんだろうなあ、と思わないでもない。
実際のところ、有馬は僕が許容できる程度には美しく優しげな顔をしているけれど、消して女顔ではない。女物のピアスが似合っているかといえばそうでもないけれど、僕にとって重要なのは、上級生で背も高くて体格も家柄も良くて生徒副会長で草津会長の執事を名乗る彼が、僕の言うことをきいて女物のピアスをつけているという事実ひとつだ。
かわいそうな有馬さん。
「ねえ有馬さん」
「なに」
「このまましてくださいよ」
「言うと思ったよ」
有馬は胡乱気な目をしたけれど、ソファからはすぐに立ち上がった。僕の前までくると、そこに跪く。
僕は絶対に人の性器なんて舐めたくない。僕は僕のことを世界でいちばん美しいと思っているけれど、自分のものも舐めたいとは思わない。
だけど有馬はそうは思わないらしい。僕のそれを喉のおくまで入れて、舌で裏側を包むようにして、軽く吸い上げる。器用なものだと思う。慣れているらしい、こういうことを、するのを。
有馬はいつもより大げさな動きで頭を上下に動かした。そのたびにピアスは揺れて、だけどじゅぷじゅぷという下品な水音にその繊細な音は消されてしまう。残念だと思うけれど、僕はきもちよさに負けて、やめてほしいとは言えなかった。
有馬の舌が僕のさきっぽをつついて、もう、だめだ。
「有馬、さん」
名前を呼んでも彼は答えてくれなかった。急かすように指先で根本から上までしごき上げられる。早くだせと言いたいのだろう。なので僕もがまんはしない。
「だ、します、ッ、ッ……!」
有馬はそれを口の中で全部受け止めた。ごくりと喉が動くのを見届けて、僕は有馬の口から性器を抜いた。別にそんなことしてくれなくてもいいんだけど、前に一度「有馬さんは美しいぼくの精液が飲めないんですか」と言って以来、こうして飲精するのだった。
「はあ」
有馬が唇を離す。精液と先走りと唾液とが混ざったものが、有馬の唇と僕の性器を結んで、切れた。
「満足?それとももっとする?」
有馬がちょっと首を傾げて、今度こそ、しゃん、とピアスが音を立てた。もう一度してもらいたいのはやまやまだったけれど、それを認めるのがなんだかいやで、僕は首を横に振った。有馬は性器の根本を支えていた手も離す。
「ねえ、やっぱりピアス取っていい?重たくて」
「それつけたまま帰ってくださいよ」
「むりだよ」
有馬はそれをさっさと外そうとする。そうしてまたあの古い銀色をつけ直してしまえば、この時間はおしまいだ。そうはさせたくなくて、有馬の腕を掴む。
「阿古哉」
ごくごくやさしく咎める音に、僕はむしろむかむかしてくる。それで僕を手懐けられると思っているならお笑いぐさだ。
有馬がそれを着けっぱなしでこの部屋を出てこれからを過ごせば、僕は周りの人に彼を従わせることができたと教えるようなものだ。考えるほどぞくぞくするような優越感がある。だけど彼がこれをここで外してしまえば、こんな女物のピアスをつけて困った顔をしながらシャラシャラと高くて小さな音を立てる有馬を見て聞いたのは僕だけだということになる。
「……有馬さん」
「なに」
「それ、あなたにあげますよ」
「貰えないよ、こんなもの」
「安物です」
「下呂宝飾の安物ねえ。……そもそもそういう問題じゃないんだけど」
有馬が言いたいことはわかっている。女物のピアスなんてもらってもしょうがないって、そういうことなんだろう。
僕は有馬の手首を掴んでいた手を離して、彼の顎の線を指先でなぞる。
「あげますから、僕と二人のときは、絶対にそれを着けてきてください」
「は、は」
僕は有馬の唇に触れた。誰よりもやわらかい口振りで、ふわりと、真実をつくようなことを言う。そういう唇が、やっぱり困ったように笑う。
「それで阿古哉は満足するの?」
「……しま、」
す。せん。どっちを口にするべきか、僕はとっさに迷う。します。しません。どちらにせよ有馬はきっと、僕のこの命令を実行するだろう。やさしいから。いや、嘘だ。やさしいからなんかじゃない。どうでもいいからだ。
「満足すると、思いますか?」
「え、僕に訊くの?」
ほら、有馬は僕の返答がどっちかなんて全然、気になんかしていない。だから予想すらしてくれてやしない。有馬の耳元でピアスが揺れている。それはやはり美しくミスマッチで、僕のものにはならないものだった。
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