涙くんさよなら

十七





有馬の住む町までは、成田から飛行機でおよそ十五時間もかかる。僕は直通便がいいと言ったのに、由布院が安さを求めて乗り継ぎのあるツアーを予約してきたのだ。あっちゃんともあの件以来どうも会話がうまくできない。飛行機では由布院を間に挟んで僕達は最低限のことばしか交わさなかった(由布院は飛行機のなかでこれ幸いと寝てばかりいた)。
空港で待っていた有馬は、秋に会ったときより痩せたように見えた。ひらひらと手を振った姿は、すっかりこの町に馴染んでいる。僕たちのあの町にいるときよりも、もしかしたら、しっくりくるような気がした。
「観光プランはちゃんと考えてきたからね」
僕たちはそう言って笑った有馬にくっついて、初めての町を歩いた。レンガで出来た建物と、町中を縫うように走る運河が美しい町だった。僕たちはボートに乗って運河を渡り、町中で買い物をして、レストランで昼食を取る。
「いいとこじゃん」
メニューの英語を読んで、僕たちはあれこれ話し合いながら、地元の料理だというパンケーキを頼んだ。とはいえ、日本のものとはまるで違う料理だ。デザートではなく、食事に当たるのだから。
「いいとこじゃん」
「まあね、結構気候も穏やかだし。ご飯もおいしいよ」
由布院と有馬は親しげにそんなことを話している。由布院には連絡先を教えておいて僕たちには教えなかったことを問いただそうと思ったのに、改めて有馬を前にするとそれを口に出せなくなってしまう。
「錦ちゃん」
「うん」
「来てよかったね」
あっちゃんはそう言った。店の外を歩くひとたちは、僕たちのことなんて知らない。誰もが地元の名士の嫡男としての僕のことを知っているあの町とはまるで違う。男同士で腕を組んでいるカップルも見かけた。そうだ、ここでなら、もしかしたら、あっちゃんと手を繋いで歩くことだってできるのかもしれない。そんなことを考えて、僕は思わず顔を伏せてしまう。なにをはしたないことを考えているんだ。
「これ、ちょっと甘すぎじゃない?」
「俺はけっこー好き」
「煙ちゃんは甘党だから」
「辛いのも好きだぜ?」
「知ってる」
その間に料理について話し始めたあっちゃんと由布院の声を聞きながら、僕はもう一度窓の外を見る。見慣れない美しい町。有馬はここで暮らしているのだ。
「法科大学院って、三年制だっけ」
不意に有馬に声をかけられて、僕は視線をテーブルに戻した。有馬はにこやかに笑っている。高校生のころとまるで変わりない角度で唇を持ち上げているはずなのに、そこには確かに僕の知らない笑顔があった。
「すごいね、難しいんでしょ、試験」
「……大したことはない」
そう答えると、有馬が肩をすくめた。錦史郎はやっぱり変わらないね、と微笑まれる。変わらないことはいいことなのだろうか、悪いことなのだろうか。僕はあの日あっちゃんに自分たちが結婚できないことを改めて突きつけられてから、それをずっと考えている。
 



最後に案内された美術館の前で、僕達は別れることになった。由布院は有馬の家に、僕達は別にとったホテルで寝ることになっている。
「それじゃあまた明日」
「ああ」
有馬の観光案内はそつがなく、この町に来るのははじめての僕たちも、十二分に楽しむことができた。明日も半日ここいらを有馬に案内してもらって、その後はお互い自由行動をしようという話になっている。
「あれ、もしかしてルーター、煙ちゃんが持ったままじゃない?」
ふたりで歩き始めてすぐ不意にあっちゃんがそう言った。僕たちは空港で、三人共用のルーターを借りたのだ。ただ、夜はこちらで預かるという話になっていた。ホテルは無料の無線LANが使えるようになっているからルーターは必要ないのだが、その充電器は僕が預かっている。
「ちょっと、取ってくるね」
あっちゃんが踵を返す。僕はひとり残るのも不本意で、「僕も行く」と言った。ふたりで足早に来た道を引き返す。有馬と由布院はすぐに見つかった。背の高いふたりは、この国でもよく目立つ。
だけどその瞬間、僕はふたりを見て、どきりとした。もちろんふたりは手を繋いでるわけでも腰に手を回しているわけではなかった。ただ、腕と腕が触れ合うくらい近くにいながらゆっくりと歩いている。僕にはそれが、不思議とからだを温めあっているように見えたのだった。
「煙ちゃん!」
僕はそのふたりに目を奪われていたけれど、あっちゃんはすぐにふたりに声をかけて駆け寄った。由布院が、続いて有馬が振り返る。そして、そこにあったふたりきりの空気が霧散する。
「なに、どーしたの」
「どうしたの、って……煙ちゃん、ルーター持ってるだろ」
「あ、あー、ああ、そうだったっけ」
由布院が小さなバッグの中からそれを探しているあいだに、僕もやっと三人に追いつくことができた。
「わりーわりー」
どうやらルーターを見つけたらしい由布院は、まるで悪く思ってなさそうな声でそう言いながら、あっちゃんの手の中にルーターを落とした。
「じゃ、充電よろしく」
「まったく……」
さっきのあれはなんだったのか、ふたりに問いただすこともできず、僕は白い息を吐き出した。
「もう少しきちんと謝ったらどうだ」
「はいはい、すいません」
「もー、錦ちゃんも煙ちゃんも……」
いっそのこと律儀なくらいにいつも通りの喧嘩腰のやりとりをする。そうでもしないと、さっきの空気への動揺が、有馬たちに悟られてしまいそうな気がしたからだった。とにかく用は済んだので、僕たちは二回目の「また明日」を言い合って別れた。振り返ってふたりの背中を見ると、もう彼らはさっきまでのように近くにはいなかった。
「あっちゃん、有馬と由布院は……」
「え、あのふたり、どうかした?」
「気が付かなかった?」
「なにが?」
驚いたことにあっちゃんは有馬と由布院のあいだにあるなにかに気が付かなかったらしい。それを僕が言及するには上手な言葉が見つからなくて、僕は首を振った。
彼らの間にあるものは僕らの間にあるものと同じなのだろうか。それとも、別のものなのだろうか。人の機微に疎い僕にはさっぱりわからない。わからないけれど、それは僕には、ひどくいびつな、けれど暖かなものに見えた。
 

十八





スイッチを入れると、蛍光灯が瞬いてから部屋が明るくなる。予想はしていたけれど、燻の部屋はなにもなかった。がらんとしていて、薄ら寒い。続いて暖房のスイッチを入れた有馬は先に部屋に入る。靴を脱がないで部屋に入るのがどうも落ち着かなくて、俺はこわごわと床に足をつく。
「ったく、なんで熱史と草津まで呼んだんだか」
「いや、そろそろあのふたりも先のことでいろいろ考えちゃう頃かなあと思って。こっちはそういうの、結構オープンでしょ」
三年も離れておいて、あいつらのことまるっとお見通しかよ、こえー。俺は肩をすくめて、それから燻の顔を見た。ばちんと目があう。燻は少しだけ首を傾げて、口端を持ち上げる。
「で、由布院は進路決めた?」
「あー、うーん、秘密?」
「秘密じゃないでしょ」
「燻はこれからどうすんのか決めてんのかよ」
「じゃあ僕も秘密」
そんな話をしながら、俺たちは部屋のなかに入る。洗面所に案内されて手を洗っていると、「こっちの人って外から帰ってきても全然手洗わないんだよね」と言われてしまう。だって日本人ですし、こっちは。
さっき熱史たちと夕飯まで食べてしまったので、実際のところ、俺たちがあとすべきなのは風呂に入って寝るだけだ。
「眠い?」
「正直、めちゃくちゃ眠い」
時差ボケもあるし、腹はいっぱいだし、そもそも俺は睡眠をこよなく愛する男だ。そりゃあ眠い。非常に眠い。熱史たちにルーターを渡すのを忘れる程度には眠い。燻はなにがおかしいのか笑って、「じゃあ寝る?」と尋ねてくる。俺は素直に頷いた。
「ベッドひとつしかないんだけど、大丈夫かな」
「一回一緒にベッド入っただろ」
「語弊がある言い方するなあ……」
有馬が苦笑する。俺は結構有馬のこの顔が好きだ。確かにまあ、あの時は一緒にベッドに入って、なんにもしなかったんだった。
「じゃあ次は風呂一緒に入る?」
「高校の頃散々一緒に入っただろ」
もうちょっと有馬の苦笑が見てみたかったけど、今度は一蹴されてしまった。そりゃそうだ。俺たちはさんざん裸の付き合いをした仲だったんだった。すっかり忘れていた。
「それに悪いんだけど、うち、湯船なくてさ」
「嘘だろ」
「本当」
「お前、それでも」
俺は一瞬「それでも苗字に日本三大名湯くっつけてんのかよ」と突っ込みたくなって、だけど有馬が有馬を捨てたことをなんとか眠い頭で思い出した。
「日本人かよ!」
「そもそもこっちは湯船がついてる物件が少ないんだよ」
なんとか言い繕うことに成功した。有馬は「お客さんは先にどうぞ」とにこにこしている。よかった、余計なことを考えちまったことは気付かれてないみたいだ。燻はめちゃくちゃ勘がいいから、ときどき肝が冷える。
 



有馬に言われた通り先にシャワーを借り、有馬もシャワーを浴びてしまうと、俺たちは早速ふたりでベッドに入った。もしかしたらこのためだけにこの国に来たのかもしれない、と思ってしまう程度には嬉しくて、だけど有馬にそれがバレるのは少し嫌だった。
「てかお前、随分ピアスが減ったんだな」
それは空港でこいつの顔を見たとき、最初に思ったことだった。もう少し近くで耳たぶが見たくて顔を近づけると、燻はほんの少し頭を引いた。とはいえこの距離だ、ばっちり見えてしまう。塞がりかけたピアスホールを見ると、それに詳しくない俺だって、長いことそこにピアスを挿してないんじゃないかと思えてしまう。今燻がつけているのは右側にひとつだけ、つまり俺にくれたピアスの片割れだけだ。
「……ごめん」
なぜか有馬はそれだけ言って俯いた。そういえばこいつ、ピアスを渡すときも、なんか謝ってたよな。
「なんで謝ってんのかよくわかんねーんだけど」
「や、なんか、こういうの、重いかな、って思って」
「は、だったらそもそもピアスなんか渡すなって」
「それもそうなんだけどさ」
「じゃあ、重いついでに、燻、俺の耳に穴あけてよ」
俺があのときからずっと考えていたことを言うと、有馬はあっけにとられたような顔をした。そりゃあそうだろう、こんなの、有馬の比じゃなく重い。
「ほんとに、重いね……」
有馬はドン引きしているようで目が笑っている。ちょっと喜んでいるようにすら見える。それで俺は少しだけ首を傾げて有馬の目をじっと見る。
「知らなかった? 俺、こう見えて束縛されるの結構好きだし重いんだよ」
「知ってた、かも」
「『かも』かよ」
俺が突っ込むと、燻は俺がスキな苦笑を見せてくれた。
「それなら俺たち、お似合いだったのかもね」
「ほんとにな」
燻の重さも正直お墨付きだ。あの高校時代の草津への態度からして、そう。俺たちはこんどこそまたべったりとくっついて、からだを寄せ合った。
「あとさ、由布院、まだ燻呼び慣れてないなら、別に有馬って呼んでくれてもいいよ」
「……バレた?」
「まあね」
ああ、やっぱりこいつは勘がいい。これはろくに嘘もつけやしない。
「……有馬は大嫌いな名前でもあるけど、大好きな名前でもあるから」
「それはお前のじいさんの話?」
「そうだね」
有馬はそう言って、そのじいさんの話をしてくれた。会社の経営にはまるで向いていなかったけど、優しくて面白くてトランプの扱いが上手な老人の話を語る燻の声は穏やかで、聞けば聞くほどどんどん眠くなってくる。俺はその背中に回した腕に力をこめてなんとか眠気を覚まそうとしたものの、それはまるでうまくいかない。
「寝てもいいよ、由布院」
「ああ……」
多分それが俺たちのその日の最後の会話になってしまった。いやでもこれ、俺としては頑張ったほうだと思うんだよ、マジで。
 

十九





日本に帰る日は、あっという間にやってきた。飛行機の時間が早いから、今日は煙ちゃんはいぶちゃんの家から、俺たちはホテルから直接空港で待ち合わせることになっていた。
ホテルからのバスが遅れてしまって、俺たちは待ち合わせにほんの少し遅れてしまった。おみやげですっかり重くなってしまったトランクを引きずって、俺と錦ちゃんはは早足で待ち合わせ場所にしているゲートに向かっていた。遅れることはいぶちゃんの携帯に連絡してあるし、そもそも待ち合わせ時間はだいぶ余裕を持っているから、フライトには間に合うはずなんだけど。
この旅行の間、錦ちゃんともたくさん話をした。今までのこと、これからのこと、俺たちの家のこと。本当にここに来られてよかったと思っている。煙ちゃんやいぶちゃんには、最後にお礼を言わなくちゃ。俺はそう思いながら清々しい気分で空港の自動ドアをくぐる。
朝早い時間帯なのに、空港はやっぱり混み合っていた。だけど、ふたりの背中を先に見つけたのは錦ちゃんだった。錦ちゃんが指差す方向を見ると、確かにあのふたりがいる。行き交う人たちの平均身長は日本よりあからさまに高いのに、煙ちゃんといぶちゃんはそれでも見劣りしない。スタイルがいいんだよなあ、悔しいけど。
「えんちゃ、」
俺が声をあげようとすると、錦ちゃんの手がそれを遮った。なんで、って思って錦ちゃんを見て、錦ちゃんがまっすぐに煙ちゃんたちの背中を見ているので、俺もそっちを見る。煙ちゃんといぶちゃんが立っている。そのそばに、煙ちゃんの大きなトランクがひとつ。すると、いぶちゃんがえんちゃんの耳に触ったように見えた。そういえば、なんだかふたり、妙に距離が近い、ような。
胸のうちにざわざわと音を立てて広がるこれはなんだろう。煙ちゃんが笑う。笑って、その顔をいぶちゃんに近づける。
「えっ……え?」
目のやりどころがなくなりそうだ。俺はごくんとつばを飲み込む。横目で錦ちゃんを見ると、錦ちゃんと目があった。
「あっちゃん、やっぱり気がついてなかった?」
「え、えええ?」
きょろきょろ辺りを見回す俺を、錦ちゃんが笑っている。からかうみたいな顔だ。俺はもう一度煙ちゃんといぶちゃんのほうを見る。ふたりはもうさっきまでみたいに近くにはいなくて、だけど穏やかになにか話をしている。
「錦ちゃん、あれ、どうしよう……」
「どうしようって、それは普通に声をかければいいだろう」
錦ちゃんがトランクをごろごろひきずって、また歩き出す。俺は慌ててその背中を追う。錦ちゃんがふたりの名前を呼ぶと、こちらを振り返った煙ちゃんといぶちゃんが手を振ってくれる。いぶちゃんの右耳のピアスが朝日を反射してぴかりと光る。俺は思わず目を細めた。煙ちゃんの耳にも同じものがついているように見えたのは気のせいだろうか。それを確かめるために、俺は足を速めた。
 









(蛇足)





錦史郎からの遅刻を知らせるメッセージを確認して、スマートフォンをコートのポケットに突っ込む。空港は暖房が効きすぎて少し熱いくらいだ。タートルネックなんか着てこなきゃよかった。俺は襟元を指で伸ばして空気を入れながら、由布院に声をかける。
「錦史郎たち、バスが遅れてるからちょっと遅刻するってさ」
「あー……、うん」
なんだか由布院の声に覇気がない。いや、覇気がないのはいつものことか。それで由布院のほうを見ると、彼はまだ耳を気にしているようだった。しつこいくらいに指で耳たぶを撫でている。それで俺も、その狭い耳たぶを覗き込む。
「痛い?」
「……二度と空けねえ。こんなとこにいくつも穴開けてるやつの気が知れねえ」
「はは」
こちらをじろりと見た由布院に、肩をすくめる。俺だって、これ以上穴をあけるつもりはない。いや、あれ以来わざわざいくつもあけたピアスホールは、ひとつを残して塞いでしまうことに決めた。由布院に祖父の話をして、ついに踏ん切りがついてしまったから。
そう、俺はついに由布院の耳たぶに穴を開けた。由布院はわざわざトランクにピアッサーを入れてこちらにやってきていたのだった。そしてこの旅の最後の夜、俺はその、いっそ不安になるくらい簡単なしくみの機械を使った。消毒して、その針で彼の耳を貫通させたのだった。
「つうか、穴開けたらすぐピアス着けられるわけじゃねーんだな」
「そりゃそうだよ、からだに穴あけるんだからさ。ちゃんと安定させなきゃ」
今のところ、由布院の耳の開けたての穴にささっているのはピアッサーについていた樹脂製のファーストピアスだ。俺があげて以来由布院が財布に入れて持ち歩いていたという、あのピアスではない。俺が由布院の耳に触れると、由布院は不満気に眉を寄せた。
「日本に帰ったら面倒がらないで、ちゃんと消毒しろよ」
「はいはい。どんくらいで外せるんだっけ」
「三ヶ月くらいかな」
「三ヶ月? 結構かかるな……」
あからさまに面倒がっている。こいつ、ちゃんと俺の言うこときくのかな。なんだか信用ならないけれど、俺はそれ以上追求するのはやめておくことにした。すると今度は、由布院がこちらの顔を覗き込んでくる。
「熱史たちまだ来ないの」
「そろそろ来るんじゃない?」
「じゃあ最後にちゅーしていい?」
「『じゃあ』ってなんだよ、鬼怒川たちに見られるよ」
「見られたら困るのか?」
由布院は少し意地の悪い笑い方をして、俺はそれを見てため息をつく。そもそも、お揃いの場所に穴をあけてお揃いのピアスをしようとしている時点で、さすがの錦史郎や鬼怒川だって、俺たちがどういうことになっているのかってことくらいわかってしまうだろう。困るか困らないかで言ったら、そうだな。
「まあ、別に困らないけど」
そう言った途端由布院の顔が近づいてきて、唇に触るだけのキスをされる。細められた由布院の目がいつものように優しくて、その瞳が青くて、きれいで、俺は昨日の夜の、穴を開けた感触とばちんという音と由布院の体温を思い出して、なぜか泣きたくなってしまった。
「……ねえ、次いつ会えるかな」
「さあ」
自分も大概女々しいなあと思いながら尋ねてみたけれど、由布院の答えはちょっと連れない。
「……ピアスつけたら、写真送って」
「送る送る」
「由布院の自撮りかあ」
「加工アプリでめちゃくちゃ可愛くしちゃうから待ってろよ」
「なんだそれ」
変なことを言い出す由布院に、思わず笑ってしまう。短い会話をしながら、俺は由布院のそばから一歩離れる。名残惜しいけれど、これが本来の俺たちの距離だ。そばにいすぎない、そばにいすぎてはいけない。
「また会おうね」
「当たり前だろ、いぶし」
「だから無理して燻呼びしなくていいって」
「別に無理してねーし、呼びたいから呼んでるんだし」
由布院がちょっとだけひねたような声を出す。後ろで錦史郎が僕たちを呼ぶ声がする。目を合わせて笑い合って、俺たちはふたりのほうを振り返った。
 

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