boueibu


その日デートすることになっていた女の子達はちょっと変わっていた。というのも、なんでもふたりは親友同士なのに、ふたりとも俺とデートしたいと考えたらしい。だから今日はダブルブッキングをしたわけでもないのに、ふたりの女の子と待ち合わせをすることになっていた。
最初はスタバに行った。女子はスタバの新作、がやたら好きだ。まあ、俺も好きなんだけど。三人で甘ったるくて冷たい飲み物を啜って、適当に話をする。めんどくさいので、今デートしている子はA子とB子ってことにしておこう。
「おいしいね」
「私にはちょっと量が多いかも」
「なら俺が飲んであげよーか?」
「えー、リューくん食いしん坊だね」
A子の俺の名前の呼び方はなんだか少し間延びしている。そもそも俺はそこまで食いしん坊じゃない。男子高校生としては普通だ。とんでもない大食いの後輩がそばにいるので、これに関しては反論しておきたい。
結局A子は自分の分を飲みきった。だったら最初から量が多いなんて言わなきゃいいのに、と思いながらA子のプラスチックのコップを眺めていると、B子がちょんちょんと俺の肩をつついていた。B子はまだ四分の一くらい、飲み物を残してある。
「リュウくん、睫毛長いねえ」
「えー、まあ、それほどでも?」
言われ慣れていることだ。初対面で「お前睫毛なっげーな」と言ってきた部活の先輩の声が頭でちらつくけれど、それを追い出して、B子のほうを見る。B子はしばらくじっと俺の目を見て、それから口を開いた。
「リュウくん、メイクしてみない?」
「メイク?」
「いいな、リューくんちょー似合いそう」
「そうかな」
正直、正直にいうと、まあ、俺なら化粧だって似合うだろうと思う。だけどやりたいかって言われたら話は別だ。だけど既にA子もB子もすっかりノリノリだ。親友同士だもんな、気は合ってるわな、そりゃ。
「じゃ、カラオケかなんか行こうよ」
「行こう行こう」
「おう」
無理やり嫌がるのもさすがに空気が読めない。まあ、こういうデートもありかもしれない。俺たちはそれぞれのコップを手に立ち上がった。結局、B子は残してたドリンクを捨ててしまった。





この辺でいちばん室料が安いカラオケに行って、タバコくさい部屋に通される。女子二人は頼んだ飲み物が届くよりもはやく、それぞれのスクバからでっかいポーチを取り出した。
「リューくん肌きれいだよね」
「よく温泉行ってんだ」
これに関しては、部活の先輩たちのじじくさい趣味に付き合った結果で、結構感謝してる。おかげで女子によくほめられるのだ。
「へえ、この辺温泉めっちゃあるけど、私あんま行ったことない」
「どこの温泉に行ってるの?」
別に黒玉湯のことを教えてもいいんだけど、なんとなく俺はそれを言い淀んだ。なんとなく、防衛部五人でだらだらできるあの場所に、女の子の黄色い声は不似合いな気がしたのだ。
「まー、いろいろ?」
もしかしてこれ、黒玉湯のリエキソンシツに繋がってんのかな。すんません、強羅さん。悪いな、有基。
「いろいろって」
そうこうしているうちに、B子はスポンジにファンデ?を絞り出していた。
「CCクリームね。リュウくん肌きれいだし、これで十分だよ」
鼻にスポンジが押し付けられる。おとなしくしていると、それがほっぺたとか口の周りに滑らされた。なんだかくすぐったい。
「目、閉じて」
言われて従うと、まぶたの上にもスポンジが滑らされた。
「粉はたく?いらないかな」
「いいんじゃない?チークはA子の使お、ピンクだし」
なんだか、顔になにかを塗られんのって、あんまり気持ちのいいもんじゃないな。女の子はやっぱりよくやってるな、と思う。



途中でドリンクを持ってきた店員は俺たちを見てほんの少し動作を止めたけれど、表情は変えずに烏龍茶を三つテーブルの上に置いていった。
A子とB子は最後にどっちのグロスを塗るのか揉めて、最終的にじゃんけんで勝ったB子が俺の唇にグロスを塗った。間接チューしたかったのかな。まあいいや。
「完成!」
カチューシャを外されて、A子がさしだした鏡を覗くと、そこには俺がうつっていた。はっきりいうと、とても、可愛かった。もしかしたら、いや確実に、そこにいるA子やB子よりずっと。
「やばいね、超似合う」
「ナチュラルメイクでじゅーぶんだよね」
チークもアイシャドウも、しっかり色がつくほど塗られてるわけじゃない。マスカラのおかげで睫毛がしっかり持ち上がっているのと、ほんのり赤くてつやつやの唇が、まじで、俺、可愛いんじゃないかって気分になってくる。
「どう、リューくん」
「さ、……、っすが俺?」
「うん、さすがリュウくんだよね」
なんだろう、ちょっとぞくぞくするくらいに気分がよくて、俺はカラオケのテーブルの上に散らばったメイク道具のほうを見た。
「こーゆーのって高いの?」
「うちらが使ってるのはそんなでもないよ。ちふれとか、キャンメイクとか」
「セザンヌとか、たまにマジョマジョとか?でも百均のとかも使うよね」
俺はあんまり聞き慣れないそのカタカナの羅列をできるだけ脳の中に叩き込んだ。



「ちょっと今手が話せないので、牛丼を買ってきてくれませんか」
A子とB子と別れたあとは、いつものようにイオの家に行くことになっている。イオのマンションの最寄り駅に着いてから受け取ったメールに、「おっけー」とだけ返して、俺はまず最初にドラッグストアに向かった。
さっき女の子たちに教えて貰ったカタカナの羅列を思い出しながら、化粧品売り場をうろついて、いくつか適当にカゴに放り込む。店員さんはかごの中身と俺の顔を見比べてから、特に何も言わずにレジを通してくれた。まあ、俺ほどのイケメンだったら化粧品買うのにそんなに違和感はないだろう。多分。
そんでもってイオのお望み通り牛丼屋に寄って、並盛りをふたつとサラダを買った。イオは放っておくと野菜を食べない(俺はそういうところ結構きっちりしてるんだぜ、ばーちゃんに結構うるさく言われてっからな)。
イオのマンションは駅からすぐだ。さっさと歩いて、エレベーターに乗り込んで、辿り着いた部屋のインターフォンで呼び出すと、イオはすぐに出てきてくれた。
「すいません、わざわざ」
「おう」
靴をぬいでイオの家に上がり込む。
「まだ作業中?」
「ええ、ですから先に食べていてください」
「えー、あったかいうちに食おうぜ」
「……そうですね」
そういうわけで俺たちは狭いダイニングテーブルにふたりで並んで牛丼を食った。
「今日スタバのあたらしいの飲んできたんだけど」
「あそこはコスパ悪いでしょう」
「うまかったぜ」
イオはあんまりスタバが好きじゃない。そりゃあ、今日飲んだやつで牛丼並だいたい二つ買えるもんな。なにより金が好きなイオとしては、ひとこと言いたくもなるってやつだろう。まあ俺にはそれは関係ないんだけど。
サラダと牛丼もさっさと食べ終えて、俺たちはお互いの作業に戻る。イオはいつものようにパソコンに向かって、俺はいつものように女の子とLINEで会話……じゃなくて、今日は買ってきたおもちゃがある。化粧品だ。
思った以上に安く手に入ったそれらを、イオの部屋の床に並べて、スクバから鏡を出す。
さっきA子とB子にやってもらったように、顔になんとかクリームを塗って、チークは薄めにつける。
マスカラを塗っていると、ようやく一段落ついたのか、イオがからだをひねってこちらを見ていた。
「……あなた何してるんですか」
「メイクだけど」
「……ですね」
イオはときどき見ればわかることを訊いてくる。それで勝手に納得する。
「どうしてまたそんなことを」
「可愛いだろ」
仕上げにグロスを塗ってイオに向かって笑ってみると、イオが眉を寄せた。なんだよ、よくできたと思ったんだけどな。俺はもう一度鏡を見る。うん、さっきとおんなじ程度には可愛い。俺こっちの才能もあるのか。困っちゃうな。イオはため息をつくと、パソコンの電源を落としてしまう。
「今日のデート相手になにか吹き込まれたんですか」
「まーそんなとこ」
俺はしばらくイオの顔を眺めていた。自然に、イオにも化粧してやろう、という気持ちになった。イオもたぶん俺が考えていることを察した。少し後ずさる。
「イオ」
「……なんですか」
「俺お前にも化粧してみたい」
「……断ります」
「いーじゃん、な?」
だってイオも絶対似合う。イオが首を横に振る。俺は立ち上がって、イオに顔を近づけた。イオが目をそらす。
「さっきの牛丼おごるしさ」
「………………」
これで眉間にしわを寄せつつ真剣に悩んじゃうところが、まさにイオって感じ。最高。



今日B子がつけてくれたグロスは変わっていて、塗る前は透明なのに、唇につけると色が赤く変わるっていうやつだった。なんでも、唇の水分に反応して色がかわるから、人によって色が変わってくるらしい。
最後にイオの唇にそれを塗ると、しばらくしてつやつやのピンク色になる。
悔しいけどイオって俺以上に肌キレーだから、やっぱり化粧も似合うんだよな。
「どういう仕組なんですかね」
鏡を覗きこんだイオが、首をかしげる。イオもまあ、俺に負けず劣らず睫毛が長いんだけど、案の定というかなんというか、すっげー可愛い。A子とB子より可愛い。俺と同じくらい可愛い。
「俺とお前の唇の色、違うかな」
「さあ……、あなたのほうが色が薄いでしょうかね」
鏡と俺の顔を見合わせて、イオが言う。俺も鏡とイオの顔を見比べて確かにイオの言うとおりだと頷く。確かにイオのほうが赤っぽいかもしれない。
「ふたりで色合わせたらどーなるのかな」
「……知りませんよ」
言いながら少し顔が近くなっているのはなぜなのか、俺たちはとっくにわかっている。
「色、変わった?」
唇と唇をくっつけて離す。べたりとグロスがくっついて、こればっかりはいつもと違ってちょっと気持ち悪かった。
「わかりません」
イオはじっくりと俺の顔を見て、自分の顔を見て、小さく首を傾げる。可愛い。さっきから可愛いばっかりだけど、俺もイオも可愛いから仕方ない。
「まったく、リュウはくだらないことを思い付きますね」
「いいじゃん、イオも俺とちゅーできて嬉しかったっしょ」
「嬉しくないですよ、だいたいリュウは誰とでも」
「誰ともしてねーし、イオとしかしてねーし」
イオは疑わしいって顔をして俺を見る。でも残念ながらこれは本当だ。

……間接キスを除いてだけど。うん。



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