Christmas Story



土門が蒲原から聞いていたホテルに着いたとき、マリコはラウンジにいた。しかしその隣には見知らぬ男の姿。

遅かったのだろうか。
あの男と、このまま…。

そんな昏い想像が過るが、どうも様子がおかしい。何か言い争いをしているように見える。

「いいじゃないですか、榊さん。上のバーで飲み直しましょうよ」

「ですから、結構です。私は人と待ち合わせをしているんです。何度言えばわかってもらえるんですか?」

「だって、こんな時間になっても相手は来ないじゃないですか。クリスマスイブに遅刻するような相手は、もう脈なしだと思ったほうがいい。そんな奴より僕のほうが…」

「失礼」

声とともに、二人の間にすっと腕が伸びてきた。

「自分の連れに何か?」

「土門さん!」

土門は何も言うな、と素早くマリコに目配せした。

「あんた、誰だ?」

「彼女と待ち合わせている者だが。あんたこそ、誰だ?」

「ちっ」

男は舌打ちすると、何も言わず立ち去った。

「大丈夫か?」

「え、ええ。パーティーの後もずっと付きまとわれていて困ってたの。ありがとう」

「いや」

「土門さん、本当に来たのね…」

「え?」

「仕事のほうは大丈夫なの?」

「いや。実はあまり大丈夫ではない。明日には戻る」

「そう」

「ところで、誰かと待ち合わせているのか?」

「ええ」

「じゃあ、俺は邪魔だな。帰る。お前も気をつけて帰れ…」

いや、今夜は帰らないのか…、と土門の心に苦味が広がる。

「ち、ちょっと待ってよ。土門さんが帰ったら意味がないわ」

「どういうことだ?」

「だって、私、亜美ちゃんに言われたのよ。ここに土門さんが来るから、待っていてあげてください、って」

「は?」

そのとき、土門は若者二人に図られたことに気づいた。ニンマリした亜美と、とぼけた顔の蒲原が脳裏に浮かぶ。

「なめたマネしやがる…」

癪に障る気もするが、それよりも今は感謝の気持ちのほうが強かった。

待ち人は現れたものの、これからどうするべきか、マリコも迷っているようだった。

「まだこのホテルに用はあるのか?」

「ないわ。もう帰るだけよ」

「そうか。…送る」

「あ、うん」

「いくぞ」

土門に促され、立ち上がったマリコは珍しくロングワンピースを身に着けていた。肩と袖がシースルーになったデザインで、背中の金のポタンがアクセントになっていた。

「珍しいな。お前がそんな服を着るなんて」

「ホテルのパーティーならTPOを考えたほうがいい、って風丘先生が貸してくれたの」

「なるほど」

「似合わない?」

「別に」

土門は背を向け歩き出す。マリコは慌てて後を追う。しかし履きなれないパンプスでは転ばないようにするのが精一杯だ。ちらりと後ろを振り返った土門は、歩調を緩め、マリコが追いつくのを待った。


クロークでマリコのコートを受け取ると、二人は外へ出た。

「寒いっ!」

筋金入りの寒がりは、首を縮め、手をこすり合わせながら、白い息を吐き出した。

「タクシーを拾ってくる」

「待って、土門さん」

「ん?」

「少しだけ歩かない?」

「大丈夫なのか?」

「うん」ではなく、「クシュン」と答えたマリコ。

「さっさと家に帰ったほうがいい」

「土門さんはどうするの?」

「俺も帰るさ」

「ねえ。土門さんは何のために京都へ戻ってきたの?私に用があったから、このホテルに来たんじゃないの?」

「それは…」

マリコはじっと土門を見つめる。

「お前に用なんてない」

「土門さん………」

多くを期待したわけじゃない。
でもその返事にマリコの表情が曇る。

「ただ。俺がお前に会いたくなった。だから戻ってきた。それだけだ」

そう言うと、土門は冴え渡る夜空を見上げた。そこには昨日と違い、星々がさんざめいていた。
この日、この時に、この星空を一人ではなく、二人で見ることができた。
それ以上何を望むというのか。

「俺の望みは叶った。だから俺は帰る」

土門は一人満足したように、頷く。

「そんなの不公平よ。私の望みは叶えてくれないの?」

慌ててマリコは土門を引き止めた。

「お前の望み?俺に叶えられることなのか?」

「土門さんにしか叶えられないことよ」

「何だ。言ってみろ」

「…………………………」

「榊?」

この期に及んで、まだわからないのだろうか。「土門さんだって、恋愛偏差値は幼稚園児並みじゃない!」とマリコの米上がピクリと動いた。

「帰らないで!ここに居てよ!」

「榊?」

マリコの目は座っていた。

「ここに。私のそばにいて。今夜は…ずっと!」

勇気を振り絞ると、マリコは緊張に乱れた息を整える。

「本気か?」

「怒るわよ」

「もう十分怒ってるだろ」のセリフはさすがに飲み込む。土門もまだ命は惜しい。

「叶えてくれるの?どうなの?」

もはや喧嘩腰だ。
土門は喜んで白旗を上げることにした。

「わかった。わかった。今夜はサンタクロースになってやるよ。お前専用の」

つまり、サンタクロースが、プレゼントにサンタクロース自身を届けてくれるというのだ。意味を理解したマリコは、怒りを忘れ、吹き出した。

土門も声を上げて笑うと、そっとマリコを抱きしめた。

『幸せはここにある。』

「なあ、榊」

腕の中のマリコを土門は見つめる。

手放しなくない、そう感じた。
来年も、再来年も。
できるなら、その先もずっと。
彼女と、そして彼女としか共有できないこの幸せを。

「来年も、またこの星空を見れるといいな。二人で」

それが精一杯の告白だ。
肝心な時に弱気になる、正義の味方。

「ん。……そうね」

マリコは必死に上を向く。
そうしていないと、色んな感情がこみあげて、零れてしまいそうな気がしたのだ。

漆黒の夜空に輝く星の美しさ。
立ち上る二人分の息の白さ。
そして、すっぽりとくるまれた温かさ。

マリコの瞳から星空が消え、代わりに照れたような瞳と出会った。

「来年だけじゃなくて、その先も」

こんな顔の土門さんを見ていたい。
大きな体に包まれて。

「ああ」

マリコの言葉を読み取って、土門は頷く。

「約束だ」

二人は冷え切った唇を一瞬だけ重ねた。

「寒いな。帰ろう」

「ええ」

「ところで、もう機嫌は治ったのか?」

「あ!そういえば、私たち喧嘩してたのよね?」

「忘れてたのか?」

「うん。でも、喧嘩のことなんてもうどうだっていいわ。土門さんに会えたんだし」

深い意味はないのだろうが、それがかえって嬉しい。マリコは純粋に土門に会いたいと思ってくれていたのだろう。
この聖夜に。
それは、マリコにとって土門が特別な存在だということだ。
そう気づくと、土門は笑った。色々と躊躇っていたことがバカバカしくなってきたのだ。

「なあに?何かいい事でもあったの?」

急にニヤける土門を怪訝そうにマリコは見ている。

「ああ。あった。すごくいいことが」

「どんなこと?」

「クリスマスイブに、好きな女に会えた」

「……………」

「言っておくが、お前のことだぞ」

「わ、わかってるわよ!」

こんなときに、そんな大事なことをサラリと言わないで欲しい。
マリコは一瞬、言葉が止まってしまった。

「榊、顔が真っ赤だぞ?」

「誰のせいよ!」

スカートの裾を跳ね上げて歩くマリコの手は、赤いネクタイを締めたスーツのポケットの中にそっと仕舞われた。
繋いだ手のひらは、温かな気持ちまで運んできてくれる。

もしかしたら。
マリコの恋人は本当にサンタクロースかもしれない。

マリコは隣を見上げる。

背が高くて。

「ん?何だ?」

笑顔がとびきり優しいサンタクロース。



fin.


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