味変



署内の廊下を歩いていた土門は、ちょうど目の前を横切った部下を呼び止めた。

「蒲原!」

その声に蒲原はやや体勢を崩しながらも立ち止まる。

「はい?」

「探したぞ。所轄に出かけるから、車を回してくれ」

「ああ、はい。少しだけ待ってください。科捜研に行ってきます」

「鑑定か?」

「いえ。ホワイデーを渡しに」

そういえば今日はホワイトデーだったな、と土門は思い出す。

「涌田か」

「と、マリコさんです」

「???」

土門は一瞬固まる。

「今、榊の名前を言ったか?」

「はい。あ、土門さんも渡すなら一緒に行きませんか?」

「あ、いや…俺はいい」

「そうですか?じゃぁ、これを渡したらすぐに行きます!」

「すみません!」と軽く頭を下げると、蒲原は駆け出していった。

「どういうことだ…」

腕を組み、眉間に皺を寄せて歩く土門。
すると、今度は土門が呼び止められた。

「はい、何でしょうか。部長」

生活安全課から顔をのぞかせたのは藤倉だ。

「この後、時間はあるか?」 

「すみません。所轄に顔を出す約束をしています」

「そうか。では戻ったら、俺のところへ寄ってくれ」

「わかりました。ところで部長、それは?」

藤倉はやけにオシャレな紙袋を提げていた。

「これか?ホワイトデーだ」

「総務課ですか?」

生活安全課には配り終えたのだろうと土門は推測した。

「ああ。それと科捜研だ」

「科捜研?」

「榊と涌田の分だ」

「……………………」

再び表情を険しくする土門。

「どうかしたか?」

「いえ。では後ほど伺います。失礼します」

藤倉と別れ、足早にエントランスへと向かう土門の表情は厳しい。

蒲原も藤倉部長もマリコへホワイトデーを渡すのだと言う。
それはつまり、二人はバレンタインデーにマリコからチョコレートを貰ったということだ。

『なぜだ?』

土門は自問する。
土門はバレンタインにマリコからチョコレートを貰っていなかった。
しかし、マリコの性格をよく知る土門は、仕事にかまけて忘れたのだろうと思っていたのだ。
ところが、そうではなかった。

『なぜマリコは自分へチョコレートをくれなかったのか?』

少なくとも、蒲原や藤倉部長と同程度にはマリコに信頼を得ているはずだ。もしかしたらそれ以上だろうとさえ、思っていた。
でもそれは土門自身の勝手な思い込みだったのだろうか?
実はマリコにとって土門はチョコレートを渡す必要もないくらいの存在なのか?

チョコレートの有無だけで判断するような話でもないはずなのだが…。

「違う」、そう否定したくてもできない土門の心は乱れた。



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