質量変化の法則
二人が屋上で会話をした二日後。
あと少しで日付が変わろうかという時刻に、土門は府警の待ち合い席に人影を見つけた。
ぽつんと椅子に座っていたのはマリコだった。
「どうしたんだ?」
思わず声をかけてしまい、土門は後悔した。
「あ、土門さん」
ビクッと反応したマリコだったが、土門の顔を見て安堵の表情を浮かべる。
一瞬、土門の胸が痛んだ。
「帰ろうと思ったら雨でしょう?タクシー会社に電話してもなかなか来てもらえなくて…。もうこんな時間なのね。今日は……科捜研に泊まるわ」
マリコは顔を伏せたまま一気に喋ると、椅子から立ち上がる。
科捜研に戻ろうとしているのだ。
「待て。………送る」
「……でも」
「また徹夜かと、所長にどやされるぞ?」
「………うん」
綻ぶように微笑んで返事をするマリコが、土門には眩しかった。
そして同時に、土門は危惧していた。
もし犯人が署内の人間なら、科捜研に泊まることは危険だ。
今の会話も犯人に筒抜けだと思っていたほうがいいだろう。
一か八か、土門はマリコを送ることを選んだ。
とはいえ、道中の車内は重苦しい雰囲気に包まれていた。
始めのうちは扱っている事件について話したりもしたが、それ以降、車内は沈黙していた。
互いに口を開きかけては、言葉を飲みこむ。
「「……………」」
やがて、車はマリコのマンションに到着した。
「ありがとう。あの……よかったらコーヒーでも?」
これまでの土門なら絶対に断ったりしない誘いだ。
いや、むしろ自分からマリコの部屋に行っていただろう。
だが、今夜は…。
「……こんな時間だ。遠慮しておく」
「…………そう、ね」
ぎこちなく頷くと、マリコは土門に手を伸ばした。
「これ、返してなかったから……」
「あ、ああ……」
―――― ずしり。
数センチの薄い鍵が、土門には枷のように重く感じられた。
「ちゃんと戸締りしろよ。じゃあな」
「おやすみなさい」
「ああ」
土門の返事に、傷ついたような顔のマリコが後ろ髪を引く。
苦い想いを抱えたまま…、土門は断ち切るようにアクセルを踏んだ。