質量変化の法則





一方、府警へ戻った土門のもとへは一通のメールが届いていた。

文面は一言。

『相変わらず仲がいいな?』

そして、先程の現場で会話をしている土門とマリコの画像が張り付いていた。

土門がそのメッセージを確認するのを見計らったように着信音が鳴った。

「もしもし?」

『メールは見たか?』

ボイスチェンジャー越しの、雑音混じりの声が聞こえた。

「……………」

『いつまで榊マリコと一緒にいるつもりだ?』

「仕事中は二人で会話することだってある。仕方ないだろう?別に変な会話はしていない」

『分かっている。ちゃんと聞かせてもらったからな』

「!」

土門は思わず周囲を見回し、そして確かめるようにポケットを探る。

『別にあんたに盗聴機は仕込んじゃいないさ。盗聴するなら……』

へへへ、と下卑た笑いが聞こえた。

途端に土門の顔が険しくなる。
こいつは、マリコに盗聴機を仕掛けているのだ。
マリコのすべてが監視されている…そう考えるだけで、うすら寒いようなおぞましさが土門の背筋を走る。

だが、今の自分には何もできない。
そう、今はただ……機会を待つしかない。




時間を遡ること四日前。
土門の自宅に一通の白封筒が届いた。
消印はなく、ポストに直接投函されたもののようだった。
開封してみると、中には一枚の写真が入っていた。
それは、土門とマリコが身を寄せあって、マリコのマンションへ入るところだった。

「一体、誰が…。なんのつもりだ……」

険しい表情の土門が写真を裏返すと、びっしりと文字が並んでいた。
そこにはミミズがのたくったような字で、マリコについての情報が綴られていた。

誕生日や血液型、好きな食べ物、さらにはスリーサイズや使っている化粧品のメーカー。
そして出社時刻、帰宅時刻が日毎に几帳面に記されていた。

「榊のストーカーか!」

そして、中央には土門へのメッセージが添えられていた。

『土門薫
榊マリコとの接触を禁ず
侵せば、榊マリコの安全は保証しない』

始めはいたずらかと考えた。
しかし翌朝、マリコと屋上会議を終えた後、土門のスマホが鳴った。

『手紙、見ていないのか?』

ひび割れた変声期からの声。

『榊マリコ、怪我に注意しておけよ』

そう言って電話は切れた。



その三時間後、土門はマリコが署内の階段で転んだことを聞かされた。
ほんの数段踏み外しただけだったため、怪我などはなかった。
マリコによれば、慌てて駆け降りてきた制服職員とぶつかったのだという。
しかし、さすがのマリコといえど、まさか署内でこのような目に遭うとは思わず、相手の顔は分からなかったらしい。

『まさか、ストーカーは警察職員なのか…?』

この一件だけでは何とも言えないが、不吉な予感を覚えた土門は思案した。

何か大事が起きてからではまずい。
ここは犯人の要求を聞き入れるのが得策だ。

土門はそう判断した。
それでも、その判断を実行するまでにはさらに一日を要した。

――――― 嘘とはいえ、マリコと別れる。

それは土門にとって想像以上に深刻だった。
それにマリコを騙すことにもなる。
事件が解決しても、もう元に戻ることはできないかもしれない。

それでも……………。
自分がどれほどの辛酸を舐めようとも。

『あいつの命にはかえられない』

辛い選択に土門は唇を噛み締めた。




しかし、各々の思惑をよそに……歯車はすでに動き始めていたのだ。




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