質量変化の法則
土門さんと、私。
仕事上はいいパートナーだと思う。
時々意見の食い違いはあるけれど、それでも、互いの背中を預けられるのは互いしかいない、そう思っている。
プライベートでも長い長い時間がかかったけれど、ようやく自分たちの想いに気づけた。
お互いに素直になれなくて、今でも口げんかはしょっちゅうだけれど。
それでも、土門さんは私を大切にしてくれる。
この関係は終わったりしない。
ずっとずっと続いていく。
そう、思っていた。
…………はずなのに。
「別れよう」
「え?」
「今まで通り、ただの刑事と科学者に戻ろう」
「理由は?」
「理由、か?そうだな…。強いて言うなら、刑事の仕事に没頭したい、だな」
「……私は邪魔ってことかしら?」
「そうは言わん。だが、お前の存在が時々ブレーキになっていることは確かだ。俺は、どんな状況でも迷うことなく命を投げ出すことのできる刑事で一生を終えたい」
「……そう」
「すまんな」
マリコはふるふると頭をふる。
「分かった」
「そうだ、これも返しておく」
マリコの右手に金属の冷たい感触が広がる。
マリコはぼんやりと手のひらを見つめた。
いつも使っている自宅の鍵なのに。
『……こんなに重かったかしら?』
いつの間にか、マリコの前から土門の姿は消えていた。
一人残されたマリコは、まるで足の裏に根が生えたように一歩も動けずにいた。
きっともう二人で食事に行くこともない。
土門の家に行くことも、土門が家に来ることもない。
「土門さんの鍵も……返さなきゃ……」
もうあの温かい腕は自分を包んではくれないのだ。
マリコは自分で自分を抱き締める。
「しっかりしなくちゃ!」
そう言い聞かせるそばから、じわりと瞳が熱くなる。
「土門さん。……………どうして?」
どんなに耐えようとしても、声の震えは止まらなかった。
タン、タン、タン…。
階段を降りる土門の顔は険しかった。
自分がマリコに向けて放った言葉は、恐らくもう取り返しがつかない。
マリコに気づかれないようにしたつもりだが、『別れよう』その一言を口にするときは、体が震えた。
もう後戻りはできない。
進むしかない。
自分のためではなく、マリコのために……。
土門は胸ポケットから白封筒を取り出した。
握る手に力をこめる。
――――― くしゃり。
封筒がひしゃげた。
「くそっ!」
静まり返った廊下に響いたのは、土門の短い悲鳴のような一言だった。
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