オパールと暗号





♪カラン
軽い音色を響かせて、重厚な扉が開く。

「こんばんは」

ひょっこり顔をのぞかせたのは、マリコだった。

「榊さま。こんばんは。いらっしゃいませ」

bar『microscope』のマスターは如才ない笑顔でマリコを迎え入れた。

マリコはいつもと同じカウンター席に腰をおろす。

「いらっしゃいませ。お待ち合わせですか?」

土門とも顔馴染みのマスターは、マリコを待ち人ありと予想したようだ。

「いいえ。今日は一人です」
「…さようですか。では、何をお持ちしましょうか?」

マスターは決して深入りはしない。



マリコは、目の前に運ばれたギムレットをしばらく眺め、一口含んだ。
ほっと息を吐くと、グラスの縁を指でくるくるとなぞる。
そして、一つため息をつき、頬杖をつき、またカクテルグラスを眺める。

マスターは洗い上げたグラスを磨きながら、そんなマリコの様子に、もちろん気づいていた。
そもそもここへ一人でやってくること自体、おそらく数えるほどしかないはずだ。
それでもマスターはこちらから声をかけることなく、時間が過ぎ行くのに任せていた。

小一時間近く経っただろうか。
空になったマリコのグラスにおかわりを作るべきか思案していたマスターは、ふいに店内を横切った物体に目をしばたかせた。
それは、マリコの隣、いつもは土門が座る椅子にトン、と着地した。

「あら?お前は……」

ニャア!と一声鳴くと、それはマリコに身を擦り寄せ、その手をペロリと舐めた。

「すみません、榊さま。お使いください」

マスターは申し訳なさそうに、おしぼりを差し出す。

「いいえ。大丈夫です。マスター、この子…オパールですよね?」
「はい。そうです」
「やっぱり!その不思議な瞳の色は忘れられないわ……。お久しぶりね、オパール」

『ニャァァァ』

マリコに挨拶されて、オパールもまんざらではなさそうだ。

「オパール、ここしばらく店には寄り付かなかったのに、一体どういう風の吹き回しですか?」
『ニヤッ!』

マスターの問いかけに、「自分の勝手だ!」とでも返事をしているのか、尻尾をピンと立て、何度か揺らして見せる。
マリコはそんなオパールの様子に自然と微笑んでいた。

「あの、マスター?」
「はい、なんでしょう?」
「今夜、オパールをお借りできませんか?」
「オパールを、ですか?それは、構いませんが……」
「私、明日は非番なんです。オパールと遊んで過ごすのも楽しそう!」

マリコが存外本気らしいと悟ったマスターは、オパールの簡易お泊まりセットを用意してくれた。

「本当によろしいのですか?あまり手のかかる猫ではありませんが、それでも……」
「大丈夫です。大丈夫じゃないのは……………」

「榊さま?」
「何でもありません。それじゃあ、オパール。行きましょうか?」

『ニャァ』

こうして一人と一匹はmicroscopeを後にした。




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