マリコと舞子
P.M.4:20
「おーい!あんたたち!!」
背後からの声に二人が振り返る。
先ほどの記者が、急ぎ足で追いかけてきた。
「あら?土居さんでしたね。何か?」
「あんたたち、さっきの宝石強盗の目撃者だそうだな?犯人は分かったのか?」
「そんな質問に答えるわけないだろうが…。記者発表を待つんだな」
土門はにべもなく答えると、一刻も早くこの場を離れようとマリコを促す。
しかし、土居はそんな二人の行く手を塞ぐように回り込み、しげしげとマリコの顔をのぞきこむ。
「おい!」
たまらず、土門が二人の間に割ってはいるほどに。
「いや、失礼。本当によく似てるなあ…。まあ、沢村舞子に姉妹がいないことは分かってるが。それにしたって、これほど瓜二つだと…うーん」
「土居さんは、沢村さんとは親しいんですか?」
「刑事と記者の腐れ縁としては、だが。あいつも色々あったしな……」
「色々?」
土居は土門をちらりと見て話すべきか悩んでいたようだが、一応は信頼できると踏んだのか、肩のカバンをかけ直しながら口を開いた。
「沢村舞子は以前は捜一の刑事だったんだ。しかし、不祥事を起こしてなぁ……。随分と世間からバッシングを受けて機捜に飛ばされてきたのさ」
「ほう…沢村刑事が。で、あんたがそのバッシングを仕掛けた張本人、ってわけか?」
「さすが…。京都府警の敏腕刑事、土門薫警部補だな」
「俺のことを調べたのか?」
「ブン屋は情報が命なんでね」
「ふん!」
「まあ、それからの腐れ縁だ」
「腐れ縁ねえ……」
土門の探るような視線に、やっぱり言わなきゃよかった、と土居は顔をしかめる。
「俺から聞いたことは言わないでくれよ。ただでさえ心象悪いからな」
苦笑する土居に、土門は手をあげることで答えた。
「あんたたちはこれから京都か?」
「あ、ああ……」
やや歯切れ悪い土門の返答に重なるように、マリコがあっ!と声をあげた。
「どうした?」
「土門さん、あのバイク!」
マリコが指刺す先には地域のコミュニティセンターがあり、その駐車場に犯人のものとおぼしきバイクが停まっていた。
「あれは!…ナンバーも同じだ。間違いない。しかし、なぜこんな近くに……。乗り捨てたのか?」
すると、ちょうどその建物から数人の親子連れや、子どもたちが出てきた。
『ごちそうさまでしたー』
『おいしかったあ』
『またねー』
幸せそうな表情で子どもたちは手をふる。
その先には、エプロン姿の中年女性と、青年が同じように手を振っていた。
「グレーのパーカーに紫のスニーカー!」
「あいつ!」
「なんだ?彼らと知り合いか?」
のんびりとした土居の問いかけに、土門は相手への親しみを感じとった。
「あんた、あの青年と知り合いなのか?」
「ああ。二人とも知ってる。ボランティアで子ども食堂を運営してるんだ」
「子ども食堂?」
「そうだ。経済的な事情で満足に食事が摂れない母子や、ネグレクト被害の子どもたちに、週に一度バランスのとれた食事を無償でふるまっているんだ」
「それが、子ども食堂。素晴らしいことね」
「ああ。だが……。このまま見逃すわけにはいかないな」
「そうね。彼のためにも…」
土門はスマホを取り出すと、電話をかけはじめた。
しばらくすると、白いスカイラインが三人の前に停車した。
そして、舞子と金子刑事が下り立つ。
「ご連絡ありがとうございました」
「いえ」
「土居のさんもいたの?」
舞子が少しだけ目を開く。
「悪かったな!」
「別に…。ただ勝手に記事にはしないでくれる?」
「わかってるよ!」
五人はセンターに入ると、舞子は調理室で後片付けをしている青年に声をかけた。
「すみません、警察のものですが……」
明らかに青年はびくりと反応し、顔をあげた。
舞子と金子刑事が、青年を別室へと連れて行く。
その後に続こうとしたマリコを、土門が引き留めた。
「ここから先は、彼らの仕事だ。ここで待ってろ」
マリコはうなずいた。
「…あんたもだぞ!!」
こっそりのぞきに行こうとしていた土居へも釘をさす。
「ちっ!」
しばらくすると、金子刑事の大きな声が響いた。
そして、それに青年が答えているようだった。
――― 子ども食堂が………資金難
――― 閉鎖に…盗んだ宝石を……
――― 換金……
切れ切れに聞こえる会話から、犯行の動機を悟った三人は何とも切ない事件に心を痛め、沈黙した。
やがて二人の刑事に挟まれるようにして、容疑者の青年が現れた。
土門は青年の正面に立ち、しっかりと彼の瞳を見据え、言葉を紡いだ。
「君の気持ちは痛いほどわかる…だが、やはり間違っている。本当は自分でもわかっているんだろう?」
「悪いのは、こんな社会にしてしまった、私たち大人。あなたたちは被害者だわ…。でも、そんな境遇にも負けずに生活している子どもたちもいることを忘れないで」
マリコも青年の心情を思いやり、沈んだ表情を見せる。
「その代わり、手助けできるかもしれない人を紹介しておくわ…土居さん!」
舞子は一筋の希望になる方法を思いついていた。
「なんだ?」
「ここからは、貴方の武器の出番じゃない?」
土居は舞子にうなずき、にやりと笑う。
舞子はその顔を確認すると、青年と金子刑事を覆面へ向かわせた。
「貸し、だぞ?」
土居の台詞に、舞子は目を見開く。
「冗談でしょ?仕事を紹介してあげたのよ?紹介料払ってもらいたいくらいだわ」
「分かった、分かった!お礼に飯を奢ってやるよ!何がいい?」
「………フルコース」
「あんたな……」
「期待しないで待ってるから」
振り向きざまにそう言い放ち、舞子もスカイラインの車内へ消えた。
発車間際、舞子はマリコと土門へ会釈し、土居へは完全スルーを決めこんだ。
「なんて、女だ…。しかし、これから忙しくなるな。あんたらも気をつけて帰れよ!また機会があればな!」
そして、世話しなく土居も雑踏へと紛れていった。