とある中国茶寮の出来事のその後
『土門さん?風丘です。実は…マリコさんが過労でうちの病院に運ばれて来て……』
「それで!榊の具合は!?」
『うん。点滴もしたし、もう大丈夫』
「すぐ向かいます!」
この電話のやり取りが行われたのが、今から三十分前。
「まったく!あいつには学習能力ってもんがないのか?」
そして文字通り駆けつけた土門は、教えられた病室の前で立ち止まると、扉をノックした。
「どうぞ」の答えに扉を引くと、青白い顔でベッドにもたれるマリコと、その脇には早月がいた。
「失礼します」
土門は早月に会釈すると、つかつかとマリコ近づく。
『怒られる…』そう感じたマリコは首を竦める。
しかし、土門は一つ嘆息しただけだった。
「榊、もう大丈夫なのか?」
マリコはコクリと頷く。
「マリコさん、今日はもう帰ってもらっていいわよ。でも、安静にしてなきゃダメよ?」
「……はい」
マリコは神妙に答えた。
「土門さんも!」
「……なぜ自分に?」
「何となく、よ!」
土門は解せない…そんな顔をしつつもしぶしぶ頷いた。
そして土門はマリコを車イスに乗せ、駐車場まで運ぶ。
マリコを助手席に乗せると、土門の車はゆっくりと滑り出した。
その車内では………。
「あの…。土門さん、ごめんなさい。心配かけてしまって」
マリコの声は尻窄みになっていく。
土門はそんなマリコの顔をちらりと盗み見る。
「お前、約束覚えているか?」
「や、約束?」
「とぼけても無駄だ。きっちり果たしてもらう。体調が戻ったら…な」
「……………」
青白かったマリコの頬に赤みが差した。
遡ること、数週間前。
土門とマリコは、薬物摘発の捜査に関わっていた。
背後で糸引く組織を暴くため、そして密売グループ内にいる国際手配犯を捕らえるため、何としてもこの取り引き現場を押さえる必要があった。
そこで取り引き場所に指定された、とある中国茶寮へ土門ら捜査員は協力を要請した。
下鴨の高級エリアに建つその店は、男性客を女性がもてなす、そういう類いの店だった。
ただし、決して場末のような如何わしさはなく、あくまで男女が会話や酒を楽しんでいる。
とはいえ、男女の間のことは当人たちにしか分からない。
どんな紳士でも、気に入った女性には手が伸びることもあるだろう。
そんな店を仕切るオーナーは、
王は狡猾な男で、捜査に協力する条件としてとんでもない要求を土門に突きつけた。
それは。
マリコを王の店で働かせること。
店の売上ナンバーワンになれば協力を約束するというのだ。
当然、土門は拒否したのだが……。
なにせ困ったことに、当の本人がやる気に満ちていた。
『他に方法があるの?』と言わんばかりのマリコビームに抗うことはできず、しぶしぶ土門も認めた。
そんなマリコの働きもあり、王の協力を取り付けた土門たちは、無事に取り引き現場を押さえることに成功した。
そして国際手配犯も、外務省へと送致された。
何もかも上手くいったように思えた事件だったが、誤算もあった。
それは王の出した条件に関してだ。
マリコが王の店で、客の接待をする際。
土門に言わせれば「直視できない」ほどにセクシーな衣装を着せられていたのだ。
それは葡萄酒色と金色の牡丹の刺繍が艶やかな漆黒のチャイナドレスだった。
マリコにはよく似合っていたのだが、いかんせん、足のスリットが深すぎた。
そんな格好で男の隣にマリコを侍らせることに、土門は静かな怒りの炎を立ち上らせた。
土門の殺気走った目に睨まれ、王は仕方なくマリコをフロアから退けた。
そんな経緯があったものの、マリコをいたく気に入った王は、後日マリコへ茶寮への招待券と問題のチャイナドレスを贈った。
ご丁寧に、招待券は土門と二人分。
“プライベートでなんて、恥ずかしくて着られない!”
屋上でそういうマリコの言葉を聞いた土門は、ある約束をマリコにさせた。
『もしまた無理な鑑定をして体調を崩すようなことがあれば、そのチャイナドレスを着た姿を見せてもらう』と。
そして、いよいよ。
その約束が果たされる日がやって来たのだ。
マリコの着替えを待つ間、土門はソファに腰かけていたが、どうにも落ち着かず、手近にあった雑誌をペラペラと捲る。
もちろん、内容などまったく頭には入ってこない。
やがて、カチャリという小さな音とともにリビングのドアが開いた。
そこに立ち尽くすマリコの姿に、土門は知らずゴクリと喉を鳴らした。
「入ってこないのか?」
「う、ん………」
「榊?」
「やっぱり、恥ずかしいわよ」
「約束を破って、無理をしたペナルティーだ。お前が倒れたと連絡を受けて、どれだけ心配したと思うんだ?」
「それは!……ごめんなさい」
観念したのか、マリコは土門に近づいてくる。
歩みを進める度に、スリットから白い足がチラチラとのぞく。
「約束通り見せたんだし…。も、もう着替えてもいいでしょう?」
土門の正面に立ち、マリコはそわそわと落ち着かない。
「今、着たばかりだろう?そうだな……一周回ってみてくれ」
「わ、わかったわ」
マリコは時計回りにくるりと回転する。
ジャストサイズのチャイナドレスは、背中の肩甲骨のラインがくっきりと浮かんでいた。
視線をおろせば、細い腰とまろやかなヒップのラインが艶かしい。
スリットからのぞく白いふくらはぎと、ひきしまった足首。
後ろ姿さえ見惚れるほどの美しさだった。
どうにも我慢できず、土門はマリコを背後から抱き寄せた。
「土門さん?」
マリコの形のよい膨らみの丘が、土門の目を刺激する。
ぐっ、と喉をならした土門はマリコをソファに押し倒した。
「え?きゃっ……」
土門は倒れたマリコの左足首を掴んで、膝を折り曲げる。
すると、チャイナドレスはするりと肌の上を滑り落ち、左足が全て露となった。
その太ももを土門は何度も撫で上げる。
「土門さん、くすぐったい!」
「榊。もう無理な鑑定はしないと約束するか?」
「する!するわ!!」
「本当だろうな?適当に答えているなら、この格好のまま王の店に連れていくぞ?」
「えっ…。それは………」
マリコの目が泳ぐのを、土門は見逃さなかった。
「おーまーえーはっ!」
土門はマリコを勢いよく肩に担ぎ上げた。
「きゃあ!」
「フリだけで勘弁してやろうと思ったが……。俺を騙そうとはいい度胸だ!」
「ど、土門さん?」
「覚悟はできているだろうな?榊、お仕置きの時間だ……」
低く告げると、土門は顔のすぐ横にあるマリコのヒップを一撫でする。
「!」
驚いて足をばたつかせるマリコを無視して、土門はさっさと寝室へ向かう。
「ね、ねぇ!待って、土門さん!!」
「せっかく着たのに悪いな、脱いでもら……いや。脱がせてやる」
「ちょっとぉ~!!!!!」
暴れるマリコをものともせず、土門の姿は扉の向こうに消えた。
おまけ。
「どもん、さん………………やん♡」
fin.
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