覚悟しろよ?
「おい、榊!」
昼休みをずらしたマリコが1時を過ぎて屋上で風に吹かれていると、後からやって来た土門が声をかけた。
「もう具合はいいのか?」
「ええ。大丈夫」
「そうか……」
土門はほっと安堵の息をついた。
「土門さん。今朝、瑞希さんに会ったわ。無事に面接に合格したそうよ」
「あ、ああ……」
「面接に付き添ってあげるつもりだったんでしょ?土門さん、……優しいのねぇ??」
マリコは少しだけ土門に意地悪をしてやろうと思った。
瑞希のことも、今回の自分の熱だって、土門が原因かもしれないのだ。
「なんだ?焼きもちか?」
ところが、土門は『ん?』といった表情でニヤリとマリコを見て笑う。
マリコはそのふてぶてしい笑い顔を見て、土門の頬をつねってやりたくなった。
誰のせいでこんな気持ちになったというのか。
「………おかしい?」
「榊?」
「私が焼きもち焼いたら、……おかしい?」
マリコはこれまで溜め込んでいた濁りが一気に溢れだすような感じがした。
もう言葉が止まらない。
「確かに、私は空気が読めないし、鈍いかもしれないけど………」
そして、その声は徐々に詰まっていった。
「大切な人を獲られたくないって…きもち、は……ふぅっ…」
「お、おい。榊!?」
土門は突然のそんなマリコの様子に、おろおろと狼狽えることしかできない。
「それ、な、のに……っ。どもん、さん…………ばかっ!!」
ぐすっと鼻を鳴らし、うっと嗚咽を堪えるマリコを、土門は恐る恐る引き寄せた。
拒まれるかもしれないと心配になったからだが、マリコはすんなりと土門の胸のうちに収まった。
「ばか、でも、アホ、でもこの際構わん。頼むから泣き止んでくれ……」
「……………ぐすっ」
「どうしたらいいのか、わからん……」
土門は心底弱り顔で、マリコの頬の涙の跡を優しく拭き取る。
「わからん…て、なによ!瑞希さんが泣いていた時は、ちゃんと慰めてあげていたじゃない……」
「見てたのか!?」
土門は少し驚き、……罰が悪そうに続けた。
「そりゃ、そうだろう。お前は彼女とは違う」
「?」
「彼女のことは遺族として心配もするし、励ましたいと思う。だから相談にものる。刑事の俺が出来ることは何でもしてやりたいと思うからだ……」
『でも』と土門は続ける。
「お前は別だ。刑事という立場なんて関係なく、いつも、その………」
「土門さん?」
「隣で笑っていて欲しいと思っている……」
『だから、泣かれると困るんだ!』そう言うと、土門はふい、と顔を逸らせた。
うっすらと赤みを帯びた耳を見て、マリコはくすっと一瞬笑ってしまった。
「……なんだ?怒ったり、泣いたり、笑ったり。器用な女だな、お前は」
呆れたような、ほっとしたような声がマリコの頭上から降ってきた。
「だって、土門さんたら……意外と可愛いところあるのね?」
「なっ!?おい!さか………」
マリコは腕を伸ばして、土門の口を塞いだ。
そして、『ねぇ?』と下から土門をのぞき込むように呼びかけた。
「ねぇ、土門さん。私は彼女とは違うのよね?」
マリコの問いに、土門は頷く。
「それって、私は特別ってこと?」
土門は口を塞がれたまま、じっとマリコを見つめる。
やがて土門はマリコの手を引き、口許から
「特別?それは正しくないな」
「違うの?」
「ああ。……誰かと比べることなんてできない存在だからな、お前は」
今度はマリコが赤くなる番だった。
「顔、赤いぞ?」
土門はマリコの髪をかきあげ、癖のないさらりとした一房を耳に掛ける。
何気ない仕草だけれど、ステディな関係を匂わせるようで、マリコは恥ずかしくてたまらない。
「あの……」
「なんだ?」
「そろそろ、戻らないと………」
「ん?そうか」
「だから、あの……。離してもらえない?」
土門は腕の囲いを解放した。
ほっとした様子で離れるマリコに、土門は確かめる。
「機嫌は直ったのか?」
「ごめんなさい。勝手に嫉妬したりして……」
「いや、いい。俺にも責任はあるしな。だが、榊………」
「なに?」
「俺だって、嫉妬することはあるんだぞ?」
そして、土門は目を細めてマリコに宣言する。
「その時は他の“誰も”、“何も”、目に入らないようにしてやる……」
土門はすっと手を伸ばしマリコの顎を捕らえると、親指で唇をなぞる。
ゆっくりと顔を近づけると、土門はマリコに口づけた。
甘い唇を存分に味わうと、土門は囁く。
「榊、覚悟しろよ?」
fin.
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