覚悟しろよ?





それから2日後。
体調の回復したマリコは、いつもの通り自転車で出勤した。

すると、府警の入り口に見慣れた女性がいた。

「……瑞希さん」
「榊さん、おはようございます。あの……少しお時間いいですか?」
「ええ」

一瞬驚いたマリコだったが、駐輪場の影に彼女を誘った。

「あの、アルバイト先への紹介をありがとうございました」
瑞希がペコリと頭を下げる。

そして。

「もう体調は大丈夫なんですか?」
「え?」
思わぬ一言にマリコは目を見開いた。

「土門さんが電話で話しているのを聞きました。高熱が出ているって」
「もう大丈夫です。ありがとう」
得心のいったマリコは、笑顔でお礼を述べた。

「実は…。榊さんがお休みをされた日は、アルバイトの面接だったんです。土門さんが捜査の前に付き添うと仰ってくれたのでお願いしていたのですが、榊さんのことを聞くや否や、そのまま飛び出して行ってしまって……」
「あ…。ごめんなさい」
「いいえ。面接には無事に合格しました。土門さんにお伝えください」
「でも、それは自分で伝えたほうが……」
「いいえ。榊さんに叶わないことは、……………もう十分にわかりました。あの…私。土門さんに榊さんのような方がいらっしゃる、って知らなくて。だから、私……。すみません」

そういうと、瑞希は苦笑する。

「私…。土門さんに父の面影を重ねていたのかもしれません。この気持ちをすぐに諦めることはできないかもしれませんが、今はまず、自分の将来を考えたいと思います。それが土門さんへの恩返しにもなると思いますから……」

マリコは何と言葉をかければいいか分からず、足元に視線を落とした。
それでも、『どうしてもこれだけは……』と意を決して瑞希にたずねた。

「あの、一つ聞いてもいいかしら?」
「はい、何でしょう?」
「瑞希さんの面接の前の晩、あなたと土門さんを見たの。あなた、泣いていたわよね?」
「…………」
「理由を聞いてもいいかしら?」

瑞希は、しばらく迷っていたようだった。
それでも、『実は…』と目を伏せながらも話してくれたのだ。

「実は、大学の中に私の父の事件に気づいた人がいて…。その人がSNSで大学内に私のことを拡散したんです。私は被害者遺族ですが、中には心ないことを言ってくる人もいます。好奇の視線には大分慣れたと思っていたんですけれど…。土門さんに話を聞いてもらっているうちに、悔しくて悲しくて……思わず泣いてしまったんです」
「そう、だったの……。ごめんなさい。嫌なことを思い出させてしまって」
「いいえ、もう大丈夫です!そんな人たちのことは気にすることない、って励ましてくれる友人も沢山いましたから」

瑞希は、先程までとはうって変わって清々しい表情をしていた。

マリコは、恥ずかしかった。
瑞希はこんなに辛い思いを抱えていたのに、自分は……。
土門を信じていると言いながら、何処かで疑い、嫉妬していたのだ。
そして、瑞希の“諦める”という言葉を聞いて、心底安心している。

マリコは一言。
『ごめんなさい』、そう瑞希に伝えた。

瑞希は首を振る。
そして『土門さんにどうぞよろしく…』とマリコへ告げると、初めて会ったときのように会釈した。
今日は下ろしたままの髪が、さらりとその横顔を隠した。




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