覚悟しろよ?
翌朝、マリコは目覚めると、酷い頭痛と倦怠感に襲われた。
重い体を引きずり、なんとか体温計を手に取る。
電子音に、液晶パネルを確認すると38℃と表示されていた。
ちょうど昨日で事件は一段落ついている。
あとは確認の鑑定か、残務整理くらいだろう。
「……休もうかしら」
マリコは所長の携帯へ連絡を入れると、そのまま泥沼に沈むように眠りに落ちた。
けれども体調不良な時に限って、人の脳は嫌な夢ばかりを繰り返し流すのだ。
眠るマリコの脳裏に、昨夜の二人の姿が何度も現れ、マリコを苦しめる。
あのあと、土門から連絡はなかった。
二人はどうしたのだろう?
あの場で別れたのだろうか、それとも何処かへ向かったのだろうか……。
涙を流す彼女を、放っておける土門ではないだろう。
夢の中の土門は、しゃくりあげる瑞希を助手席に乗せ、彼女の家まで送ろうと車を発進させる。
軽いブレーキ音を立てて、車は瑞希の自宅前に停車した。
その車内では二人が何事か話しをしている。
しばらくして瑞希は車を降りた。
そしてそれに続いて、土門も降車する。
二人は玄関に向かい、彼女の開けた扉の中へと……。
「待って!」
マリコは思わず声をあげた。
「はい?」
「……え?……さつき、せんせい?」
一瞬、マリコは夢か現実か区別がつかなかった。
「マリコさん、具合はどう?」
マリコの顔をのぞきこむ早月の眉間には皺が寄っている。
「先生、どうして……?」
マリコはようやく、目の前の早月が現実だと認識した。
「日野所長から連絡貰ったのよ。様子を見てきて欲しいって」
「そう、ですか。でも、鍵……」
「ああ!土門さんに同行してもらって、大屋さんに借りたの」
「え?土門さんも一緒なんですか?」
「ううん。土門さんはもう仕事に戻ったわよ。昨日の事件、大変みたいね……」
「昨日?私には連絡無かったはず……」
マリコは慌てて枕元のスマホを確認する。
「違う、違う。私も聞いただけなんだけど……。昨夜、急に密売のタレコミがあったとかで、手の空いてる刑事さんたちは応援に駆り出されたそうよ。今日も引き続き応援に行ってるみたい」
「そうなんですか……」
だから、夕べは連絡が無かったのだとマリコは納得した。
ということは、あの後、瑞希ともすぐに別れたということだろう。
「土門さん、すごく心配していたわよ!何度も呼び出しの電話が鳴ってるのに、マリコさんの顔を一目見るまでは戻らない!って言ってね」
「……………」
マリコは熱のせいだけでなく、顔が熱くなるのを感じた。
―――― どうしよう……。
土門が心配してくれたことが嬉しい。
そして、何より……昨夜、彼女と何も無かったことが。
こんなことを考えてしまうなんて、心が醜いんじゃないかと、マリコは胸が苦しくなった。
「そんなこと、ないんじゃない?」
早月はまるで『まいど~』と同じように事も無げに言う。
「え?」
「さあ、マリコさん。薬を持ってきたから飲んで!」
言葉の意味を確かめる間もなく、早月に薬を口に放り込まれ……その苦さにマリコは閉口した。
「じゃあ、お粥置いておくから食べてね。それと、遠慮はいらないから、何かあったら必ず連絡すること!いい?」
「……はい」
「よろしい!マリコさんは少しゆっくり休んだほうがいいわ。お肌もお疲れみたいだし……」
マリコは思わず手のひらで顔を覆う。
「それじゃぁ、お大事にね」
ふふふっと笑うと、早月は手を振って帰って行った。
マリコの具合を心配していた早月だったが、恐らく過労とストレスだろうと診断した。
もちろん後者は土門が原因に違いないと、早月は気づいていた。
「それにしても、あんな可愛いマリコさんが見られるなんて…来てみて良かったわ」
土門の話を聞いて顔を真っ赤に染めたり、肌荒れを気にして頬を手で隠したり……。
なかなかレアなマリコにお目にかかれたと、早月は頬の緩みが止まらない。
「さて。ストレスの方の治療は、土門さん次第ね……」