覚悟しろよ?
「あら?彼女は……」
府警の受付へ郵便物を受け取りに寄ったマリコは、隅のベンチに腰掛け、何事か親密な様子で顔を近づけ話し込んでいる二人を見つけた。
一人は土門だ。
真剣な表情で相手の話を聞き、時おり頷いている。
もう一人は、 瑞希だった。
先日は髪を下ろしていたので大人しい雰囲気だったが、今日は緩くアップにまとめ、細く白いうなじが露になっていた。
みずみずしいそのうなじは、マリコの目にも眩しく映る。
そっと様子を見守っていると、しばらくは互いに難しい顔をしていたが、用件が済んだのか今度は楽しげに談笑を始めた。
土門の笑い声がマリコの耳にも届いた。
瑞希は口元を手で覆いながら、くすくすと土門とともに笑っている。
「楽しそうね……」
マリコは小首を傾げる。
「榊さん?郵便はこれだけです」
「あ、ありがとうございます」
はっと現実に引き戻されたマリコは、慌てて婦警から郵便物を受け取った。
『さて、自分は科捜研へ戻ろう』と顔を上げると、二人もちょうど立ち上がったところだった。
瑞希は、夏らしい白いワンピースがよく似合っていた。
二人は会釈を交わすと、席を離れようとした土門の腕を彼女が掴んだ。
……トクン。
マリコの心臓が一瞬大きく反応した。
瑞希は、土門のネクタイに触れた。
糸屑に気づき、取りのぞいてあげていたようだ。
土門は照れたように後頭部に手を当て、苦笑している。
「…………」
マリコは固い表情のまま、くるりと踵を返すと科捜研へ戻って行った。
「失礼します」
土門が科捜研へ顔を出すと、それぞれが鑑定中なのかパブリックスペースには誰の姿もなかった。
亜美のブースをのぞくと、お休み中と書かれた旗を手にした『ポリスみやこ』のマスコットが置かれていた。
土門はマリコの部屋をのぞき、在室を確認すると、いつも通りドアを開けた。
「だれ!?」
集中していたため、突然の物音にマリコの肩が跳ね上がった。
「俺だ」
「ああ、土門さん。驚かさないで……」
ほっと胸を撫で下ろし振り返ったマリコだったが、土門のネクタイを目にした途端、顔が強ばる。
「榊?」
「あ、いえ。何か用?」
何となく、つっけんどんな声になってしまった。
「実は相談があってな。この間会った小原さん、覚えてるだろう?」
マリコはますます表情を固くするが、土門は気づかず話を進める。
「彼女が○○研究所でのアルバイトを希望しているそうでな。……お前、あそこの研究員と知り合いだったよな?」
「……ええ」
「紹介してもらえないか?」
「……………。分かったわ。連絡しておく」
「すまんな、助かる」
土門はスマホを取り出した。
「彼女に連絡?」
「ああ。待っているだろうからな」
「そう。……………優しいのね」
最後は小声でマリコは呟いた。
「ん?何だ?」
「いいえ。……何でもないわ」
話は終わり、とマリコは鑑定作業に戻る。
気づくと土門の姿はすでに消えていた。
マリコは鑑定に没頭することで雑念を追い出そうと、再び手元に意識を集中した。