覚悟しろよ?





「マリコさん、来てるわよ。タクシー」
早月は窓枠に肘をもたせ、下をのぞき込んでいる。

「え?私、頼んでませんよ?」
「でも横付けしてるわよ。土門タクシーが!」

マリコに顔を向けると、人差し指でほらほらと下を指差す。
マリコがのぞくと、確かに土門が腕を組み覆面に寄りかかっている。

「土門さん?洛北医大に何か用事があったのかしら?」
「……………」

いや、それは何かしら用事はあったのだろう。
でもそれはきっと、わざわざ土門が来る必要はないことか、さもなくば無理やり捻り出した用事に違いないのだ。
……マリコを迎えに来る為に。

それに全く気づかないマリコ。

『……土門さん、大変ねぇ』

早月は声には出さず土門に痛く同情し、深ーいため息をついた。


だがそんなマリコが後にあんな風になるとは…、さすがの早月もこの時は想像すらできなかったのである。




「あ、土門さんからだわ」

振動したスマホを開くと、土門から『洛北医大にいる』とメッセージが届いていた。
マリコは返信を短く打つと、帰り支度を始める。

「早月先生、私、帰りますね。ご遺体のかぶれの原因、調べておいてください!」
言うだけ言うと、早月の返事を聞くことなく、マリコはパタパタと廊下を走り去った。

「…はい、愛想なし。……って久々に言ったかも!」



マリコが構内を出ると、土門は誰かと立ち話をしていた。
少しずつ近づくと、声が聞き取れるようになった。

「久しぶりだね。元気そうでなによりだ。もう…五年になるか。中学生だった君が、今は洛北医大の学生とは……」
「あの時は刑事さんにも酷いことを言ってしまいました。ずっと後悔していたんです。本当にごめんなさい」

土門に向かって頭を下げる髪の長い女性は、この大学の学生であり、過去の事件の関係者らしいことはマリコにも推察できた。

「あの、土門さん?」
マリコは遠慮がちに声をかけた。

「ん?榊か。もう帰れるのか?」
「ええ…。あの……」
「ああ。こちらは、小原瑞希おばらみずきさん。五年前に俺が担当した事件の関係者だ」

マリコがちらちらと女性を気にしている様子を見て、土門はようやく気づき紹介してくれた。

「初めまして。科捜研の榊マリコです」

マリコが名乗ると、瑞希は恥ずかしそうに小さく会釈を返してくれた。

『可愛らしいお嬢さんね…』と、このときのマリコは瑞希に好意さえ感じていた。


後に土門に聞いたところでは、彼女は5年前に父親を通り魔に殺害された被害者遺族なのだと言う。
すでに母親は他界しており、父子家庭だった瑞希は、高校生で天涯孤独となった。
当時、応援要員として事件に携わっていた土門は、何度か彼女への聞き取りを行ったのだという。
その頃の彼女は自分以外の全てを憎み、恨んでいる様子だったらしい。
しかし、それも無理のないことだろう。
土門は睨み付けられ、罵声を浴びせられたこともあったという。
そんな彼女が大学へ進学し、夢に向かって努力していることを知り、土門は心底喜んでいるようだった。


しかし、風向きが変わってきたのはそれからしばらく経った頃だった。




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