居場所
土門は、突然目の前に現れたマリコに無言で腕を伸ばした。
「土門さん?えっ……!?」
そして、土門はマリコを物凄い力で引き寄せた。
「行くな……。もう、行くな…………」
「……………」
「行くなっ!榊!!!」
――――― 息ができない……。
求められる想いの強さに、マリコは目眩がしそうだった。
「どもん…さん……」
マリコはそっと土門の背中に腕を回す。
「息が…くるし、い……から」
はっと、土門は慌ててマリコから離れようとした。
だが、マリコがそれを引き留めた。
「……榊?」
「行くな、って……」
マリコの瞳が強い光を放つ。
「行くなって、土門さんが言ったのよ?それなのに、土門さんが私から離れるの?」
ブレない視線が土門を射抜く。
これこそが、榊マリコだ。
そして、自分はそんな彼女の隣に立ち続けたいと願っていたのではないか?
土門もまた、そのマリコの視線を吸い込むように見つめ返す。
二人の視線が絡み合い……もう互いに逃れることは出来なくなっていた。
「居ても……いい?」
ふっ、と何かが途切れたようにマリコは睫毛を伏せ、ぽつりと呟いた。
「榊?」
「行くな、って。そう思ってくれるなら、私は居ても、いい?ここに……。土門さんの隣に………」
そういって、泣きそうな表情を見せるマリコを安心させてやりたかった。
その瞳に頷いて見せよう、土門はそう思った。
でも……。
もうそんなことはできなかった。
見つめ合うより先に、土門の腕がもう一度マリコを抱き締めてしまったからだ。
「そんなこと、聞くな。
もうどこにも、行くな。
榊。ここに……」
土門は『ここ』を示すために、腕に少しだけ力を込めた。
「居てくれ……」
「どもん、さん………」
マリコの瞳からポタリと落ちた雫が、土門の腕に丸い染みを作った。
それに気づいた土門は腕をほどき、マリコの頬に手を添え、自分の方を向かせた。
土門の指が目尻に溜まった水滴を優しく拭き取る。
土門はマリコの額に唇を押し当てた。
次は瞼に。鼻に。頬に。耳に。顎に。
まるでマリコの存在を確かめるかのように、唇が辿っていく。
そして、待ちわびて震えるその場所に、そっと土門は触れた。
柔らかくて、温かい感触……。
あのまま手放していたら、二度と手に入れることは叶わなかったかもしれない。
「榊。もう一度………」
土門は何度もマリコの唇を求め、啄む。
やがて遠慮がちに忍び込んだ舌に、マリコもおずおずと応えた。
「ん……。どもん、さん………」
永遠とも思えた誓いの後で、二人は寄り添い帰途についた。
これから何処へ向かおうとしているのか、マリコは何も聞かない。
土門も何も言わない。
それでも、きっと……。
二人は明日の朝、共に目覚め、挨拶を交わす。
これからはずっと、同じ景色を眺めていくのだ。
二人、並んで。
『隣にいる』とは………そういうことだ。
fin.