居場所
屋上には誰もいなかった。
マリコは無意識に、握っていた拳を弛める。
早月はそんなマリコの様子をそっと見守っていた。
並んで腰かけると、早月はマリコへ金平糖を渡した。
口に含んで転がすと、優しい甘さが広がる。
「甘くて、美味しい……」
「うん。懐かしい味ね」
そのまま、マリコは黙って足元を見つめている。
「ねぇ、マリコさん。聞いてもいいかしら?」
「はい?」
「清水教授のことだけど……」
「先生!?」
マリコは悲鳴のような声をあげた。
「やっぱり。マリコさんのことだったのね!外れてくれればよかったのに……」
「どうして?先生……」
マリコはなぜ早月がそのことを知っているのか、と不安そうな表情を浮かべている。
「清水教授の来日は、私たちの間でもちょっとしたニュースになってるの。おまけに理由がスカウトだものね。色々噂が独り歩きしてる……」
「そう、ですか……」
「どうするつもり?」
「……………」
「悩んでるんだ?」
「それは!……5年も日本を離れることになるんですもの」
「5年か……。確かに長いわね。でも科学者のマリコさんには願ってもないお誘いなんじゃない?」
「それは、そうなんですけど……」
「それなら、一体何を悩んでるの?」
「……………」
「もお!マリコさんらしくないなぁ!どうしてはっきり言わないの?土門さんのことだ、って」
痺れを切らした早月が、ズバリと確信をついた。
「……………」
「その沈黙は肯定と思っていいわよね?」
「……………」
尚もマリコは喋らない。
「土門さんには話したの?」
ようやくマリコは反応を返した。
首を横に振って……。
「そんなことだろうと思った!ねえ、マリコさん。今のままだと、どんな結論を出しても宙ぶらりんのままよ?そんなこと、マリコさんが一番よく分かってるわよね?」
でもね、と早月は続ける。
「マリコさんの気持ちも…同じ女として分かる。良い機会だから、この際科学者と刑事としてじゃなくて、一人の女と男として話し合ってみたらどう?ねぇ、土門さん?」
「えっ!?」
マリコが振り返ると、いつからいたのか土門は腕を組み、屋上の入り口に立っていた。
「ごめんね、マリコさん。余計なことだって分かってるけど…、私が土門さんを呼んだの」
「先生……」
マリコは不安そうに、すがるように早月を見た。
「そんな顔しないで。皆、マリコさんの様子がおかしいことを心配してるのよ。もちろん私も。そして、きっと土門さんも……」
早月はそこで言葉を区切ると、マリコの腕を少し強めに掴んだ。
「どんな結論を出しても、私はマリコさんの味方よ。だから、後悔だけはしないで。ちゃんと納得のいくまで話し合って欲しいの……」
「せん、せ……」
早月は白い金平糖を取り出すと、マリコの手に乗せた。
「マリコさん、まだ未来は白いままよ?何色にするかは貴女次第。でもきっとどんな色でも、この金平糖みたいに優しくて、甘いはずだから……」
そう言ってにっこり微笑むと、早月は二人を残し、帰って行った。
マリコは真っ白な金平糖を口に入れた。
広がる甘さが、早月の優しさと励ましのようで。
マリコは……少しだけ勇気の湧いた気がした。