雫
「まだ調べる気か?」
しとしとと降り続く雨が、地面に濃い染みを広げていく。
「あと少し……」
二人は、数日前に発生した事件を捜査していた。
すでに現場検証は終えていたが、マリコが鑑定を進めるうちに一つの不審点に気づいた。
『なに?不審点?』
「ええ。そう。もしかしたらこの事件の突破口になるかもしれない。どうしてももう一度調べたいの」
『わかった。車を回すから支度しろ』
「ありがとう、土門さん」
という電話でのやりとりがあり、雨が降りしきる現場でマリコは黙々と土を採取し、土門は一本しかない傘をマリコの頭上に広げた。
採取を始めてから小一時間になるだろうか。土門のスーツは肩から背中にかけて、すでに色が変わっていた。雨は、ワイシャツまで染み込んでいるかもしれない。それでも土門は微動だにせず、ただ傘を翳している。
「よしっ。済んだわ」
マリコは採取したシャーレを大事そうにジュラルミンケースへしまう。
「付き合ってくれてありがとう……あっ!」
立ち上がったマリコは、土門の肩に目を留めた。
「土門さん、肩が……」
「ん?ああ。大したことない」
「ごめんなさい。気がつかなくて」
水滴を払おうと伸ばしたマリコの手を、土門が止めた。
「気にしなくていい。お前が濡れる」
「でも」
「悪いと思うなら、もっと近くに来い」
マリコはわずかに土門へと体を寄せた。
「もっとだ」
傘からはみ出さないように、土門はマリコの肩を引き寄せた。
「これなら、濡れないか?」
「大丈夫。土門さんは?」
「俺も大丈夫だ。雨がひどくなる前に車へ戻ろう」
「ええ」
付かず離れず。
肩が触れ合う近さで、二人は歩く。
雨はしとしと降り続く。
車まであと数歩……。
マリコは傘の柄を持つ土門の手に、自分の手を添えた。
「榊?」
土門が足を止める。
「本当は私、折りたたみ傘を持っていたの」
「……………」
土門は何も言わない。
「怒った?」
「いや。知ってた」
「え?」
「お前、いつもカバンのサイドポケットに傘入れてるだろ」
「なんだ……知ってたのね」
「知らないこともあるぞ」
「?」
「どうして折りたたみ傘を使わなかったんだ?傘は一本しかないのに」
マリコは少し背伸びをして、土門に耳打ちした。
「それはね、こうしたかったから」
雨はしとしと、しとしと降り続く。
その後の二人の姿は、傾いた傘に隠されてしまった。
fin.
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