雫
ある夜、土門は夢を見た。
ここ数日雨の中、緊張を強いられる張り込みが続き、体力はもう限界なのだが、興奮状態にある脳は浅い眠りしか与えてはくれない。
夢の中でも雨が降っていた。
土門が立っているのは、今ではあまり見かけなくなった狭い電話ボックスの中だった。公衆電話の受話器を取り、十円玉を数枚落とし入れる。
そして相手のナンバーを押しかけて、すぐに受話器を戻した。使わなかった硬貨の戻る音がやけに大きく響いた。
何をしているのか。
あの女とはもうずっと前に関係は終わったはずだ。
そう、あの日もこんな雨の夜だった。
離れていく自分に、女は付いてこようとはしなかった。
当たり前だ。
将来を誓いあったわけじゃない。
踊り子との割り切った関係。
そう思っていたはずなのに、あの女が死んだとき。
…涙がこぼれた。
『守れなかった。』
その後悔の念は、刑事と男。
どちらのものか。
もう今となってはわからない。
――――― 眠れない…。
土門は何度も寝返りを打ちながら、朝を迎えた。
「雨は嫌いだ」
屋上でポツリとこぼした愚痴。
「え?どうして?」
町並みを見ていた白衣の背中が振り返る。
「嫌な事を思い出して、眠れない」
「寝てないの?」
「何度も目が覚めて、寝た気がしない」
マリコは手すりから離れると、ベンチに腰を降ろした。
「土門さん!」
隣をポンポンと叩き、座るように促す。
「何だよ」
訝しげに座った土門の腕を、マリコはぐいっと引っ張る。
「おっと!」
勢い、土門の肩はマリコにぶつかる。
「すまん」
慌てて態勢を戻そうとすると、「動かないで」とマリコは言う。
「しかし…」
「いいから」
そういうと、マリコは黙って目を閉じた。
一分、二分…。
マリコのゆったりとした規則正しい息遣いが、まるでメトロノームのように土門を眠りへと誘う。
5分も立たないうちに、土門はマリコの肩に頭を預け、寝息を立て始めた。ほんの数分でも深い睡眠を取ることで、人は疲労を軽減できる。
土門が眠ったことを確認すると、マリコは目を開けた。
「雨が降らなければ、虹も出ないのよ?」
マリコの見つめる先には、雨に濡れて色濃く燃ゆる深緑の樹木と、七色の架け橋が雨雲の隙間から差す光に輝いていた。
土門が同じ夢を見ることは多分もう、ない。
これからは一人きりで雨に打たれることはないから。
good bye … loneliness
fin.
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