相“愛”傘列車




午後から降り始めた小糠雨こぬかあめは、夕方になっても止む気配をみせず、その呼び名の通りしとしとと霧雨がつづいていた。
『今日は傘をお持ちください』という気象予報士の助言に従い、あちらこちらで傘の花が開花していた。

マリコの傘もその一つだ。

ところが、彼女の少し前を歩く男性は、一人だけ傘もささず、雨に濡れていた。

思わずマリコは駆け寄る。


「土門さん、傘は?」

マリコは自分の傘の半分を、土門に差し掛けた。

「なんだ、お前か」

「今日は雨予報だったのよ。知らなかったの?」

「いや。知っていた。傘も持っていたんたが、帰り際、傘を忘れて困っているやつがいてな。そいつに貸してやったんだ」

妙に得意げな土門に、マリコは何かピンときたのか、疑わしい眼差しを向ける。

「ふぅん…。大方、若い女性にでも貸したんでしょう?変なところで張り切って、風邪でも引いたらどうするつもり?もう若くないんだから…」

「最後の一言は余計だ」

土門はムッとする。

「だが、確かに俺が倒れたら、看病するやつが大変だな」

「え?土門さん、そんな人いるの?」

マリコは『まさか…』と、目を見開く。

「さあな。うちに来ればわかるぞ?」

ニヤリと意地の悪い笑い顔に、マリコもムキになった。

「それは、是非とも真相究明しなくちゃ!」

「よし。それなら、途中で何か食いもん買って帰るか?」

ひょいと、土門はマリコの手から傘を奪う。

「賛成!」

マリコは土門と肩を並べた。


何を買って帰ろうか…。
ああでもない、こうでもないと、二人はここでも議論を勃発させる。

けれど、気づいているだろうか?

二人は笑顔だ。



マリコとの会話を楽しみながら、土門は少し前のことを思い返した。

「傘を持ってないのか?良かったら使うといい」

府警の玄関で空を見上げ、困っていたのは、顔なじみの若い女性署員だった。

「いいえ!それでは土門さんが濡れてしまいます」

「俺なら少しぐらい濡れても大丈夫だ。気にするな」

「でも…。あの、もし良かったら一緒に……」

ためらいがちに、彼女は『一緒に帰らないか?』と土門に誘いかけた。

「こんなオヤジと一緒のところを見られたら、彼氏に誤解されるぞ」

しかし、土門は笑って取り合わない。

「いいえ。私は、あの、土門さんが……」

「いいから、この傘を使え」

土門は半ば強引に傘を手渡した。

「俺も誤解されたくない相手がいるんでな」

女性職員は傘を受け取ると、黙って去っていった。




相変わらず惣菜バトルを続ける二人。
だが背後から見れば、傘は大きくマリコの方へ傾いている。
冷たい雫から、その小柄な身を守るように。


傘はまっすぐに進んでいく。
まるでレールのように伸びていく一本道を。

相“愛”傘列車は、これからいくつか途中駅を通過しながら、やがて終点、【愛の巣】駅に到着することだろう。

『ご乗車いただきまして、誠にありがとうございます。次は終点…』




「榊。これからお前の帰る場所はここだ」

マリコは頷き、目を閉じる。

この腕の中ここは、今日からマリコ専用の駅となったのだ。



fin.


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