突然の豪雨、偶然の二人、必然の結末




「ん?」
ポツリと頬に冷たさを感じた土門は、空を見上げた。

『雨か?』と呟く数秒間のうちに、声も掻き消されるほどの豪雨となってしまった。

驚いているのは土門だけではない。
隣に立ち尽くしたマリコも一瞬空を見上げて目を見開き、そして鞄を頭上に掲げた。
頭だけでも雨から死守しようとしたのだ。

しかし、土門はもはや何をしても無駄だと悟り、マリコの腕を引き、シャッターの閉まった店の軒先へと走った。

「うわぁ!びっしょりね。土門さんは大丈夫?」

見れば、土門は雨を含んで重くなったジャケットを脱ぎ、水気を払っていた。
ジャケットのお陰で、土門の上半身はそれほど濡れてはいなかった。

しかしマリコの方はシャツ一枚だったために、ぐっしょりと濡れそぼっていた。
当然、湿った布地は体に貼り付き、ぼんやりと透ける。
土門はそこには視線を向けないように、顔を逸らせた。

「榊……」
「なに?」
「………。いや、やはり言っておくべきだな」
「?」
「雨に濡れて、その……。透けているぞ」

「あら?ほんとね」
「『あら?』ってお前……。男の前でそういう隙は見せるな!お前だって一応女だろう……」
「最後の台詞は気になるけど。私だっていつもはちゃんと気を付けてるわよ。今は土門さんだから、安心してたのね」

それはそれで、どうなのだ?と喜ぶべきか、悲しむべきか、土門は複雑な表情を浮かべる。

「分からないの?」

それを見たマリコはくすっと笑う。
ますます、土門の眉間に皺が寄る。

「鈍いわね……」
「………!?」

まさか天下の鈍感女にそんなことを言われるとは……土門は開いた口がふさがらない。


一方でマリコは深く息を吸い、吐き出す。
本当は心臓の鼓動が煩いくらい緊張している。

「土門さんなら。土門さんになら……、見られても構わないと思ってるからよ」

そういうと、マリコはぶるっと体を震わせた。
雨に体温が奪われているのだ。

「土門さん?」
「……………」

返事がないことにマリコは俯き、唇を噛む。
体の冷えに心の寒さが加わり、マリコの瞳はぼやける。

そのとき、背中がふんわりとした温もりに包まれた。

「……そうか。それなら、返事はこれでいいか?」

自分の両肩を包む、がっしりとした逞しい腕の重みが心地いい。

「土門さんが濡れちゃうわ……」
「お前が風邪をひくより、ましだ」

その言葉を証明するように、土門は腕に力を込めた。
土門の目には雨に濡れた産毛が光るうなじや、両肩を通る薄いピンクのラインが透けて映る。

「……榊、いつも俺が一緒にいるとは限らん。折りたたみ傘を持ち歩くようにしろ」
「えぇー!資料もあるし、おも…い……………」

振り返り、文句を言おうと尖らせた唇は土門に塞がれる。
そして離れるときに聞こえた“ちゅっ”という音にマリコは真っ赤になる。

「……………分かったわ」

土門は、そんなマリコの様子にくくっと笑う。
新たに手に入れた必殺技は、思った以上に効果絶大らしい。

土門は『もう一度……』と、それを試す。
マリコも、『もっと……』と甘えるように求める。



いつの間にか雨足は弱まり、雲の切れ間から太陽が顔を覗かせる。

でもどうか……あと少し。
不器用な二人に、雨宿りを。




fin.




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