言わせる気?
土門が大ケガを負い、リハビリの為に入院していた頃…。
実は今でも土門には知らされていない、ある事件が起きていた。
それはマリコの身に危険が及ぶ類いのものであったため、恐らく土門が知れば「犯人のいる刑務所にまで乗り込みかねない」と判断した藤倉によって、これまで伏せられていた。
しかし、うっかり…口を滑らせた蒲原によって、とうとうそれは白日のもとに晒されてしまった。
そして、まさに今、マリコはそのことで土門に問い詰められているのだった……。
「ど、土門さん。ごめんなさい。黙っていて……。でもね、もう無事に解決した事件だし……ねっ?」
「『ねっ?』じゃない!いいから、最初から全部話せ!」
「で、でも……」
「心配するな。時間はたっぷりある!」
土門の部屋のソファに強制的に座らされたマリコは首を竦める。
その声音には苛立ちが含まれていた。
土門は腕を組み、仁王立ちになってマリコを見下ろしている。
「榊!」
「わ、分かったわよ……」
*****
事の発端となった事件は、実に単純なものだった。
サラ金の事務所に一人の男による立て籠りが発生したのだ。
時間が経過するうちに、犯人の男は食べ物が欲しいと言い出した。
『持ってくるのは刑事以外の女にしろ!』そう男は続けざまに要求してきた。
当初は女性捜査員が扮装して乗り込む予定だったのだが、「犯人を刺激しないため」と、「内部の様子を知るための仕掛けを施す」という理由から、急遽マリコに白羽の矢が立ったのだ。
土門が居れば、一も二もなく止めていただろう。
しかし何分……、当の本人が乗り気であった。
犯人がどんな凶器を所持しているか分からないため、マリコは防弾チョッキを着用し犯人のもとへ向かった。
*****
「おーまーえーはっ!何でそんな危険を顧みず………」
土門は一瞬目をつり上げたが、すぐに額に手を当て、頭を振る。
「で、続きは?」
「ええと、それでね……」
マリコは話を続けた。
*****
室内に足を踏み入れたマリコは、犯人に食料を渡すタイミングで仕込んでいた小型カメラに男の顔を収めた。
さらに男が食べ終わるのを待って「ゴミは持ち帰りますね」と袋に食べカスや包み紙を集め、それを手に立ち去ろうとした。
と、その時。
ビリッと一瞬背中に熱を感じたマリコは、そのまま意識を失ったのだった…。
*****
「………」
土門の額には怒りの青筋が立っていた。
ピクピクと眉が痙攣する。
「ど、土門さん?」
「続き!」
「は、はい!」
流石のマリコも大人しく従った。
*****
目が覚めたとき、マリコの体はガムテープで椅子にくくりつけられていた。
「土門って誰だ?」
不意に掛かった声に、マリコは顔を上げる。
「………」
「倒れる直前に呼んでたぞ?お前のいい男か?」
「………」
無言のままのマリコに、男は下卑た笑いを向ける。
ヤニで汚れた黄ばんだ歯に虫酸が走る。
マリコは顔を背けた。
「まぁ、いい。お前が眠ってる間に、そいつを連れてくるように警察のやつらに頼んでおいてやったぞ!」
「な!?そんなこと……!来るわけないでしょう!」
思わぬ一言にマリコは動揺する。
「さあな。俺なら、あんたみたいな別嬪さんからのご指名には駆けつけるがなぁ」
男は薄ら笑いを浮かべ、ニヤニヤしている。
「無理よ…。来れやしないわ……」
ぽつり…、呟いた声は男には届かなかった。
*****
「くそっ!俺が入院なんてしてたばかりに!!すまん、榊」
「土門さんが謝ることじゃないわ!」
「それで、その時のスタンガンの怪我はもう大丈夫なのか?」
土門は確かめようと、マリコの背中に手を伸ばす。
慌ててマリコは土門の手を押し返した。
「も、もう大丈夫よ!それよりまだ話は続いてるの……」
*****
その後密かに出動していた特殊犯捜査係の突入により、男は確保された。
解放されたマリコは、そのまま現場検証を開始する。
拘束された男はそんなマリコを眺めながら、尚もマリコに突っかかる。
「結局、土門って奴はお前を助けに来なかった。お前は見捨てられたんだ……哀れな女だな」
男は昏い瞳で卑屈に笑う。
しかし振り向いたマリコは、そんな男の鼻先を指差してキッパリと言い切った。
「バカなこと言わないで!土門さんが来るはずないって、はじめから言ってるじゃない」
「強がりだな」
「強がり?」
「女は何時だって男を待っている」
「バカにするのもいい加減にして!待っていても来ないなら、こっちから行けばいいだけの話よ!!」
マリコは蔑むような目で男を見下すと、話は終わりだと背中を向ける。
それでも尚、男はマリコを罵るような言葉を吐き出す。
振り返り、キッと睨みつけたマリコは……。
*****
「……………」
「ん?で、どうしたんだ?続きは?」
「……あ、後はね。犯人が連行されただけだから………」
すっと視線を逸らすマリコに、土門は何かがピン!ときた。
「ちゃんと話せ。話さないと……」
土門はマリコの腰に手を伸ばし、こちょこちょと擽る。
「きゃー、やめて!離して!」
逃げようとするマリコを土門はがっちりと捕まえる。
「離して欲しかったら隠さずに言え!」
「……………」
「榊?」
「……それなら、………言わない」
「!?」
『まったくお前は……』と、時おり投下される爆弾に土門は振り回される。
「それなら、このままでいる。だから聞かせてくれないか?」
土門は攻め方を変え、腕の中のマリコに頼み込む。
マリコはチラリと土門の顔を見てから、渋々話を続けた。
*****
睨みつけたマリコは………男に向かって言い放った。
「言いたいことはそれだけ?だったら、もういいかしら?……私は。今から好きな男に会いに行くの!」
静かな声だったけれど、マリコの瞳は怒りに燃え、一層鮮やかに煌めく。
「女は男の所有物じゃないのよ!塀の中でゆっくりと考えるのね……時間だけはたっぷりあるでしょうから!」
男はがっくりと項垂れた。
*****
「……それで?お前はその後どうしたんだ?」
「……………に」
「なんだ?」
「土門さんのお見舞いに……行ったわ!」
「ほう。そうか?ということは、お前の好きな男は……………!?」
からかおうとした土門だったが、マリコからその先を言えぬよう先手を打たれた。
けれど『こんな先手なら大歓迎だ』と土門はマリコを抱く腕に力をこめる。
マリコの好きな男は、………どうやら、すでにマリコにメロメロらしい。
『しかし、これだけは言っておく!』と土門は急に表情を固くする。
「次はないと思え。今度やったら……お仕置きは免れないぞ!わかったな?」
そう言いつつ…土門の手はすでに怪し気に動き出す。
もちろん、今度のことだってマリコには必要なのだ。
甘く、柔らかく、そして、蕩けるようなお仕置きが……。
fin.
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