Weather

Snowy




まだ夕方前だというのに、空は厚い雲に覆われ、空気はキーンとした冷たさを含んでいる。
「なんや、今日はいちだんと寒いなぁ…」
アリスは鼻の上までマフラーをぐるぐるに巻き、ポケットに手を突っ込み、寒さに肩をすぼめてベンチに腰かけていた。

火村と会う約束をしているため、大学にやってきているのだ。
いつもなら火村の部屋で待たせてもらうのだが、昨夜、電話で多少言い合いをしてしまい、自分から電話をぶち切った身としてはそれもしづらい。
さっきまで図書館で時間を潰していたのだが、『すれ違ったらどないしよ』とか『なんて声かけたらええかな』とか『まだ怒ってるんかな』とか…ぐるぐる考えているうちに、いても立ってもいられず、この寒空の下、外で火村を待っている。

そのアリスの鼻の先に、白いものが舞い降りた。
――― 冷たい。
「雪か?どうりで寒いわけや…」
立ち上がったアリスは、空を見上げてじっとしている。

その様子を、講義を終えた火村が教室の窓から見つけた。
「あいつ、この寒いのに何やってんだ」

ゆっくりと空へ両手を伸ばして、雪を受けとめようとするアリスの姿は一枚の絵画のようで、静かで、尊くて、色がついているはずなのに、火村にはモノクロの世界に見えた。
ずっと見ていたい光景だったが、彼を色のある世界に、自分の元に取り戻すために、片付け途中の教科書や資料をざっと乱雑にまとめると、火村は教室をあとにした。

渡り廊下を抜けて、室内履きのままアリスのいるベンチに向かう。
「アリス!」
「火村?」
振り向いたアリスは寒さにずずーっと鼻をすすり上げる。
おまけに、はっくしょい!と男前なくしゃみまで追加された。

「あはははは!」
「何笑うとんのや!失礼なやつやな、君」
珍しく声をあげて笑う火村をいぶかしく思いながらも、アリスは憮然として答える。
そしてまた、ずずーっと鼻をすすり上げる。

「雪の中、こんなところにいるからだろ。なんで部屋で待ってないんだ?」
「え、ええやろ、別に。作家として感性を磨いとったんや!」
「ほほう。その結果が鼻水とくしゃみか?」
「君なぁ!」
くそ意地の悪い火村のペースに乗りそうになるが、いかん、いかんと耐える。
「いや。今日は君に会うたら、まずは謝ろうと思ってん。昨日の電話、ほんまにごめん」
自分勝手やったわ…と火村に頭を下げる。
「相変わらず、男前なセンセイだな……」

儚げなアリス、まぬけなアリス、そして男気溢れるアリス。
本当のアリスは空に舞う雪のように白くて、だから色んな色に染まったアリスが見られる。
それはとても幸せなことで、火村だけの特権だ。

「とにかく、このままだと風邪を引く。部屋に戻ろう」
火村は、アリスを促して校舎へ向かう。
そのジャケットの裾をアリスがつんと引っ張る。
何だ?と顔だけ振り向いた火村に、アリスは音に出さず、口の動きだけで告げた。

『あっためてや…』

これも、火村だけの特権。




fin.



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