Weather

Windy




『大型の台風11号は強い勢力を保ったまま、日本列島を北上するコースを通ることになりそうです。今夜半から明日の明け方にかけて、近畿、東海では風速20メートル以上の強風と雨に注意が必要です』
テレビでは気象予報士が天気図をバックに、台風情報を繰返し伝えている。

「風速20メートルか…。ベランダのもん、寄せとった方がええかな?」
「そうだな。吹き飛ばされて、他人のうちの窓ガラスなんて割ったら大変だからな」
「せやな」

アリスはガタガタと鳴り始めた窓を開け、外に出ると、ベランダを片付け始める。
とはいっても、物干し竿を下におろし、空の植木鉢を端に寄せて、飛ばないように柱にくくりつけるだけで完了だ。
しかしその間にも、アリスは時折吹く突風に何度かあおられ、そのたびに火村が体を支える。
「大丈夫か?終わったなら早く入れ」
アリスが部屋に入ると、火村は素早く窓を閉め、カーテンを閉じた。

その夜のアリスは、火村のせいで体は疲労しているはずなのに、風の音に苛まれてなかなか寝付けなかった。
それに気づいた火村が、アリスの頭を抱き込むようにかかえて、耳から風の音を遮断してくれた。
それからは記憶がない。

目を覚ますと、台風一過の青空がカーテン越しにも見てとれた。
すでに部屋に火村の気配はなく、テーブルにメモが置いてあった。
暴風警報が解除になってしまったため、1限の授業に行くと書かれ、冷蔵庫に朝食が用意されていることも付け足されていた。
「宮仕えは大変やな」

アリスはベランダへ出ると、被害状況を確認する。
特に飛ばされたものも、飛んできたものもないようだ。

ふと手すりをみると、雨粒の残るその上を一匹のカタツムリがのっそり這っていた。
そういえば昨日、植木鉢を動かしたとき、底にカタツムリがいたことを思い出す。
ということは、昨夜の雨にも負けず、風にも負けず、ここに居座ったということだ。

「なかなかのもんや…。その不屈の精神力、君を今日から“ひでおくん”と名付けよう」
火村が聞いたら、眉を潜めて嫌がるだろう。
アリスはニヤリとほくそ笑みながら、スマホに“ひでおくん”をおさめる。
そのままLINEを開き、
『うちの“ひでおくん”や。なかなかイケメンやし、見に来てもええよ?』
写真と一緒にそう送る。

そして少し考えてから、“まっとるけん”というスタンプを送信した。




fin.



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