風邪絶ちぬ





GW初日、土門とマリコは同じしとねで目覚めた。

「ん……。どもん、さん?」
「悪いな。起こしたか?お前は非番だろ?ゆっくり寝ておけ」
「ん……」

マリコはとろとろと微睡む。

「起きたらちゃんと飯食えよ?」
「ん……」

土門は苦笑し、マリコの肩口に唇を寄せる。

「ん?」

何かが気になった土門だったが、時計の針に急かされるようにベットを這い出した。



土門が慌ただしく出勤して暫くした後、マリコはうっすら目を開けた。

なんだろう……。
体が熱くて…重い……。

何とか起き上がると、言うことを聞かない体を引きずるようにキッチンへ向かう。
時間をかけてペットボトルの蓋を開け、水を一口含んだ。

「つぅ!」

途端に喉が焼けつくように痛む、沁みる。
視界がぼやける。
体を支えきれず、ふらつく……。

マリコはソファに身を投げ出すように、倒れこんだ。
そして、ちょうどソファ脇で充電していたスマホへ手を伸ばすと、なんとか科捜研のナンバーをコールした。




パタ、パタ、パタ!
お団子頭が土門の目の前を走り抜けた。

「おい、涌田!」
『ととと…』とブレーキをかけた亜美が振り返る。

「あ、土門さん!」
「何かあったのか?」

「それが……。今マリコさんから連絡があったんですけど、どうも具合が悪いみたいなんです」

「なに?」

「すぐに電話が切れてしまって、かけ直したけど繋がらないんです。声も掠れていて…。心配なのでおうちに行ってみようかと思って……」

「……そうか。だが、科捜研も今朝の轢き逃げ案件の鑑定で忙しいんじゃないのか?」
「そうなんですけど。でも……」

土門は頭をフル回転させる。

「だったら、お前は鑑定に集中しろ。榊の家なら俺が見てきてやる」
「でも……」
「心配するな。榊の様子を確認したら、ちゃんと連絡を入れる」

「土門さんはお仕事大丈夫なんですか?」
「今は当番じゃないからな。どちらかといえば、デスクワークから逃げたいところだ」

亜美はくすりと笑う。

「じゃぁ、お願いします」
「おう!」

科捜研へと戻る亜美を見送り、土門はほっと胸を撫で下ろした。
マリコが家にいないとわかったら大騒ぎだろう。
今、マリコは自分のうちにいるはずだ……。



亜美の言う通り、マリコの携帯は繋がらない。
土門が急いで自宅へ向かうと、マリコはソファの上で眠っていた。
息使いが荒いのは熱のためだろう。
テーブルにペットボトルが置いてあるのを見て、水分は摂れていることに一先ず安心した。

「榊?」
軽く肩を揺すると、すぐに瞼が開いた。

「大丈夫か?」
「ん……」

瞳は潤んでいるが、受け答えもできるようだ。
土門はマリコの頭を撫でると、ひとまず科捜研へ電話を入れた。

マリコは熱があるが、重症ではないこと。
暫く土門が付き添うから、心配はいらないこと。
あとで本人から連絡させること、を告げると、みんな安堵しているようだった。


「榊、ちゃんとベッドで寝たほうがいい。起きられるか?」
「ん……」

一つ一つの動作が辛そうなマリコを見て、土門が手を差しのべる。
時間をかけて、マリコは何とか上半身を起こした。

「榊、捕まってろ」
そう言うと、土門は支えていた手を動かし、マリコを抱き上げた。

「!」
「おい、捕まってろ!」

驚いて体を浮かしかけたマリコを土門が叱る。
すると、慌てて首にしがみつくマリコに、土門は苦笑した。

「大切な女を落としたなんて、洒落にもならん。もっとしがみついておけ」

もともと赤かった頬がさらに赤みを増していく。
寝室へとマリコを運び、土門はそっとベッドへ下ろした。

布団をかけてやり、暫くその場を離れる。
氷枕を手に戻ってくると、マリコの首下へ差し入れてやった。

「………」
ひんやりとした感触が気持ちいいのだろう、マリコはふぅ…と息を吐く。

土門はそんなマリコを見ながら、口を開く。

「今朝、お前の肩に触れたとき、少し体が熱かったように感じたんだが……。てっきり昨夜の名残か?と思っちまってな」

ニヤリと軽口を叩く土門を、マリコは軽く睨んだのだが。

「……気づいてやれなくて、すまんな」

そう続けた土門に、マリコは力なく首を振った。


「……榊。早くよくなれ」

土門はすっと左手を伸ばし、マリコの口を塞いだ。

「どもんさん?」

くぐもった声をあげるマリコへ徐々に顔を近づける。
そして、土門は自分の手の甲越しに口づけを贈った。

「お前。俺に風邪がうつると、怒るからなぁ………」

マリコは少しだけ目を見開く。

「いつまでもこんな我慢はしたくないぞ?」

苦笑いの顔を見て、マリコは土門の手をどけた。

「私も……」

掠れて小さかったけれど、聞き逃したりはしない。

一瞬、天井を見上げた土門は……。

「到底、無理な話だ」
――――― 我慢なんてな……。


そして、深く合わされた唇を。

……マリコには、押し返すだけの力はなかった。




fin.


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