変わり行く時代に、変わらぬ愛を
「なあ、なあ、火村。30日って空いとる?」
「30日か?……特に、何もないな」
「なら、令和カウントダウン、せえへん?」
「はあ?お前は……、そういうの好きだったな」
火村はため息をついて、アリスにちらりと視線を向ける。
当のアリスはワクワクと瞳を輝かせて、火村の返事を待っている。
断る…という選択肢は100%ないらしい。
「わかった。GWで大学は休みだが、雑用で出勤はしないとまずい。その後からでもいいか?」
「ええよー。ほな、食いもんと飲みもんは買っとくわ」
そんな話をしてから数日。
今日はもう30日だ。
そして平成から令和へ、バトンが繋がるまであと数時間と迫っていた。
「おっそいなぁ!もう『さよなら平成』になってまう……」
アリスの視線は何度もスマホの上をさまよう。
先ほどから何度かコールを鳴らすのだが、いっこうに繋がる気配がない。
大学を出たことは、学生課に問い合わせたので分かっている。
もうすぐ深夜0時になろうとしているのだ。
これまでの数時間、火村は一体どこで何をしているのか。
アリスは『事故にでもあったんやないか……』などと色々と想像し出すと、いてもたってもいられない。
「火村……」
アリスの口が薄情な恋人の名前を紡ぐ。
と、同時に、ドアフォンが響いた。
アリスは駆け出し、
「おい、アリス!何度も言うが、誰彼構わずドアを開けるな……って聞いてるのか?」
「うるさいっ!なんでこないに遅うなったんや!他の女のとこでもいっとったん!?」
早口でまくしたてるアリスは止まらない。次々と火村に不平不満をぶつける。
「ええか!ひむ…………んんっ!」
火村はアリスを黙らせる。
強引に唇を奪われている間、アリスの鼻孔を独特なスパイスの香りが漂う。
「……火村、カレー作ってたんか?」
ようやく解放されると、アリスは火村をじっと見つめ、そうたずねた。
「まあな。少し早いが、たまにはいいだろう?7日は10連休明けで休めるか分からないしな」
「火村……どないしよ」
アリスは困ったような、戸惑った顔を火村に向けた。
「どうした?」
「俺も……カレー、作っててん…」
「ふっ…。考えることは二人とも一緒か?それなら、今日はお前の。明日は俺のを食べればいいだろう」
火村は、僅かにスパイスの香り漂う髪を一房すくう。
癖のない髪はさらりと指をすり抜ける。
あの階段教室で出逢い、カレーを挟んで向かいあい、笑いあい、語りあったあの日から……幾千日が過ぎただろう?
それでもこの想いは色褪せない。
それどころか、どんどん強く深くなっていく。
「火村……」
「アリス……」
「ふっ……ん……」
気づけば、時計の針が重なりあう。
二人のシルエットのように。
平成最後のキスは涙色。
令和最初は……恋人の腕の中で、甘く蕩けるキスを。
fin.
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