貴方だけ。お前しか…。
土門はふと壁の時計を見て、眉を寄せた。
マリコが電話してきたコンビニから、このマンションまでは5分とかからないはずだ。
――――― ……遅すぎるな。
土門はスマホを手に取ると、マリコを呼び出す。
しかし、呼び出し音が途切れる気配はない。
土門は手近な上着を羽織ると、何かに急かされるように自宅をあとにした。
コンビニまで数メートルのところで、土門はマリコを見つけた。
マリコは腕を捕まれ、無理やり引っ張られているようだった。
その相手は。
「能代……。あいつっ!!!」
「榊!」
叫んで、土門は走り出す。
気づいたマリコが逃げ出そうと体を
必死に能代を押し返すマリコだったが、もみ合ううちに足がもつれ、体が
ちょうどその時、駐車場を出ようと一台の車がバッグを始めた。
おそらく、車からは死角になってマリコの姿は見えない。
スローモーションのようにマリコの体が車に向かって倒れていく…。
「さかきっ!!!」
土門の叫びと同時に、間一髪、能代がマリコを引き上げた。
そしてそのまま、抱きしめる。
「お前!離せっ!!!」
ようやく辿り着いた土門はマリコを引き剥がすと、問答無用で能代を殴り付けた。
能代は反動で倒れ、尻もちをつく。
「榊を助けるだけの正義感は残っていたようだな。腐ってもデカか?だが……」
土門は腕を伸ばし、倒れた能代の胸ぐらを掴む。
「警告したはずだ!榊に余計なことはするな、と!!」
胸ぐらをギリギリと締め上げられ、能代が苦しそうな声をあげる。
「土門さん!落ち着いて!私は大丈夫よ、ね?」
マリコが土門の袖を掴んで引っ張る。
それでも土門は容赦しない。
「土門さんっ!!」
マリコの泣きそうな声に、土門は はっと我にかえった。
手を離すと、能代が咳混む。
「能代さん、大丈夫ですか?」
「榊!そんなやつに構うな!」
「でも、能代さんが助けてくれなかったら、私、轢かれていたわ……。だから、能代さん。ありがとうございます」
マリコは能代と視線を合わせて、頭を下げた。
能代は目を見開く。
まさか尾行した上、無体を働こうとしていた相手から感謝の言葉を受けるとは思ってもみなかった。
「榊さん……」
能代は思わずマリコへ手を伸ばす。
しかしマリコはその手を押し返した。
「能代さん。私はこれから土門さんの家に行くところでした。だから、あなたと一緒に行くことはできません」
マリコは静かだけれど、一言一言をはっきりと伝えた。
「能代さん…。土門さんがいない間、私を支えてくれたことは感謝しています。話を聞いてくれたり、励ましてくれたり……。能代さんがいなかったら、きっと寂しすぎて私は壊れていたかもしれない……」
「榊……」
土門の声に苦渋が滲む。
「でも、やっぱり私に必要なのは土門さんなんです。土門さんだけ……。土門さんしかいないんです。ごめんなさい……」
瞳を潤ませて、そっと微笑むマリコはあまりにも儚い。
そのまま消えてしまいそうで、思わず土門はマリコの肩に触れた。
マリコはその手の上に自分の手を重ねた。
――――― もう何処にも行かないで……。
手のひらから伝わる想いに答えるために、土門はぐっとマリコの肩を掴む手に力をこめた。
「行こう、榊」
土門はマリコを促し、歩き出す。
しかし、ふいに立ち止まると能代を振り返る。
「お前のことは許せん。だが、刑事としては期待しておく……」
一気にそれだけ捲し立てると、ずんずんと歩き出す。
「土門さん、待って!」
慌てて追いかけるマリコに歩調を緩めるものの、土門は振り向かない。
その代わり、すっと後ろに手が伸ばされた。
マリコは飛び付くように、その腕を捕まえる。
前後に歩く二人の間には一人分のスペースが空いている。
でも。
その隙間さえ埋めるように。
『これからは、ずっと一緒ね?』
『ああ…』
そんな想いを携えた二人の手は……絡み合ったまま、熱を伝え合うのだった。
fin.