貴方だけ。お前しか…。





翌朝、目覚めた土門は自分の失態を呪った。
せっかく二人でゆっくり過ごせる筈だったのに……。
だが時計に目をやると、土門は慌てて身仕度をはじめた。




京都府警に到着した土門は、まずその足を刑事部長室へ向けた。
三度のノックの後に、入れ、と促す声が聞こえた。
土門は『失礼します』と部屋に踏みいる。

藤倉はいつもの制服姿で、座って土門を出迎えた。

「土門、よく戻ってきたな。向こうでの活躍も聞いている。また京都府警のために尽力してくれ。取り調べの手腕も期待している」
「……はい。よろしくお願いします」

何も変わらない部屋。
相変わらずそっけない上司。
だが、土門はようやくこの場所へ復帰したことを実感できた気がした。



そして、古巣へ顔を出すと、まずは蒲原が駆け寄ってきた。

「土門さん!お帰りなさい!この日を待ってましたよ……」
蒲原は嬉しさを堪えきれない、といったような笑顔を向ける。

「久しぶりだな、蒲原。俺がいない間もなかなかの活躍だったそうだな?榊から聞いてるぞ」
「いえ、そんな……」
「はははっ。またよろしく頼む」
「もちろんです!また土門さんと働けることをずっと待ってましたから」

真摯な瞳で、蒲原はまっすぐに土門を射抜く。
たった1年半の間にこの若者がどれほど成長したのか、土門は今から楽しみだった。

そして、1課の面々がみな土門の周りに集まってくる。
軽口を叩きながらも決して驕らず、正義に熱い、土門という刑事の復帰を誰もが喜んでいた。


「土門刑事」

そう声を掛けられ振り返ると、見知らぬ男が立っていた。
すらりと長身で、整った顔立ちの若い男。
こいつが能代か……。
土門はじっと値踏みするように、相手と対峙した。

「はじめまして。能代巡査部長です。土門刑事と入れ違いに京都府警へやって来ました。今は蒲原さんと組ませてもらっています。土門刑事のことは、蒲原さんはじめ皆さんから聞いていました。どうかご指導お願いします」

能代は深く頭を下げる。

「もちろんだ。こちらこそよろしく頼む。俺が留守の間、榊が世話になったと聞いている。すまんな」
「いえ、そんな……。お世話どころか、いつもご迷惑をお掛けしていたと思います」
能代は苦笑しつつ、頭に手をやる。

「ふむ……」
土門は能代に対して、宇佐見から聞いていたイメージとは少し違う印象を受けた。
その時、土門のスマホが鳴った。


「土門だ」
『土門さん、おはよう。早速で悪いけど、今抱えている事件のことで伝えたいことがあるの。概要は聞いてる?』

「ああ、大丈夫だ」
『よかった!そうしたら、屋上でいいかしら?』

「分かった。10分後に」
『ええ』


「土門さん?お出掛けですか?」
「いや、榊から呼び出しだ」
蒲原は、ああ!と得心のいった様子を見せる。
いつもの日常が戻ってきたようだ、と周りの仲間たちもニヤリと笑う。

しかし、能代だけは眉根を寄せた。
そして、その様子を土門は視界の端に捉えていた。




土門が屋上に着くと、すでにマリコは待っていた。

「土門さん!」
「すまんな。待ったか?」
「ううん。私も今来たところよ」

「で、話ってなんだ?」
「ええ…。被害者の女性のことについてなんたけど……」

マリコの説明を聞き、互いに今後の動きを考える。
「それなら、俺はもう一度目撃者に話を聞いてみるか」
「私は現場を調べ直すわ」

方針が決まったところで、マリコがあの…とポケットから何かを取り出した。

「ん?」
「これ、昨日勝手に持ってきちゃったから……」
それは、土門の自宅の鍵だった。

「ああ。すまんな。昨日は潰れちまって……」
「ううん。忙しかったんでしょう?疲れてるはずだもの……」

はい、とマリコは鍵を差し出す。
しかし、土門は受け取ろうとはしない。

「土門さん?」
「それは…もともとお前に渡そうと思っていたものだ。こんなタイミングになっちまって悪いが、預かってくれないか?」
「…………」
マリコは驚き、瞳をくりっと開いた。

「……………いい、の?」

「当たり前だ。俺の方が頼んでる」

「……ありがとう」

うっすら顔を赤らめるマリコの手のひらに、改めて鍵を握らせる。

「これからは、いつでも好きなときにくればいい……」
「………今日も?」
「今日もだ」

「…………明日も?」
土門は頷く。

「毎日…………行っちゃうかもしれないわよ?」
「………それは」

言いよどむ土門に、マリコの表情が曇る。
土門はくいっと眉を上げ、マリコの鼻先をつついた。

「なんて、顔してる?最後まで聞け。お前が毎日うちへ帰ってくるつもりなら、お前の家の家賃がもったいない」
「?」
意味の通じていないマリコに『これぞマリコらしい…!』と、土門は破顔した。

そして。

「どうせなら、もう俺のうちに来ちまったらどうだ!?」
「!!!」

マリコは土門の首に抱きついた。

「お、おい!ここは……」
「わかってる。でも嬉しくて……」

小さく笑って、土門もマリコの背中に腕を回した。
暫く離れていたからなのか、以前に比べ、マリコは自分の気持ちを素直に表に出すようになった気がする。
もちろん、土門に対してだけだが。



大事そうに鍵をしまったマリコは、一足先に科捜研ヘと戻って行った。
そして数分遅れて土門が屋上の扉を開けると、そこに能代が立っていた。



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