《 at 9:30 PM 》

side マリコ




土門のマンションで夕食を済ませ、せっかくだから……と、マリコは今日買った湯呑みを使ってみようと思った。

急須からゆっくり注ぐと、白い湯気と緑茶のよい香りが立ち上る。

二人、無言でお茶を啜る。
マリコはふーふーとお茶を冷ましながら、隣の土門をちらりと盗み見る。
土門はズッとお茶を飲み干すと、時計を見ていた。

「遅くなる前に送る。それを飲んだら支度しろ」

土門の言葉に、マリコは眉を寄せる。
そして、思わず零れ出た台詞がこれだ。

「帰らないと……ダメ?」
「…………」

何も答えてはくれない土門。
マリコは慌てて言い繕うように、理由を探した。

「だって、ほら。このお湯のみだって、まだ一度しか使ってないし…。それに……」

「それに、何だ?」

どうして?……マリコは泣きそうな気分になった。

『どうして私の気持ちを分かってくれないんだろう?』
『……土門さんのばか!』

そんな心の葛藤が、一周めぐってマリコは開き直った。

「理由なんてないわ。ここに居たい。それだけ。ダメ?」

目の前で笑いを堪える土門が憎らしい……でも憎めない。
マリコはむっ、と口を尖らせた。

「!?」


驚きに目を見開くマリコに降ってきたのは、尖った唇を啄むような口づけ。
それと。
『ダメなわけあるか!』という耳をくすぐる言葉だった。




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