《 at 9:30 PM 》

side 土門




夕食は途中で弁当を買い込み、土門のマンションに戻って、二人で食べた。

煮物が欲しいというマリコに若竹煮を分けてやり、かわりに土門は銀だらを半分せしめた。
「上手いな!」
「銀だらは楽しみに取っておいたのに……」

マリコの文句は聞き流し、今日あった出来事を二人で笑いながら話す。
何てことはないが、土門にはとても大切で愛おしい時間だ。


「お茶、いれるわね」
食べ終えると、マリコが立ち上がった。
キッチンに向かうその後ろ姿を土門は見送る。
今日は休日だから…と、珍しくマリコはワンピースを着ていた。
だからと言うわけでもないだろうが、土門は気づけば目がマリコを追っていた。

しばらくすると、マリコがあの揃いの湯呑みを持って戻ってきた。

土門は、湯気が静かに揺れる器を受け取る。
隣に座ったマリコはふーふーと冷ましてから口に含んでいる。
暫くの間、沈黙が続いた。
それは、この後のことを互いにあれこれと思い悩んでいるからだ。

先に吹っ切ったのは土門だった。
「遅くなる前に送る。それを飲んだら支度しろ」

「……ダメ?」
「ん?」
「帰らないと……ダメ?」

「…………」

ダメな理由など1%すら見当たらない。
何と答えようか逡巡している沈黙をどう捉えたのか、マリコは慌てたように話し出した。

「だって、ほら。このお湯のみだって、まだ一度しか使ってないし…。それに……」
「それに、何だ?」

少し意地悪かと思ったが、土門はたずねてみた。

「それに、それに。……理由なんてないわ。ここに居たい。それだけ。ダメ?」

いっそ開き直ったマリコに、土門はくくっと堪えきれずに笑いを漏らす。

「土門さん?」

『何がおかしいの?』と唇を尖らせるマリコは、今日一番にチャーミングだ。

――――― !?




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