『yes』
緑燃ゆ、5月。
日柄にも天気にも恵まれたこの善き日。
マリコと土門は後輩の結婚式に出席した。
彼らは新緑に囲まれた小さなチャペルで厳かに愛を誓い合い、来賓者からのライスシャワーをはち切れんばかりの笑顔で受け止めていた。
そのまま披露宴に出席し、二次会まで招待されていたのだが、残念ながら土門は仕事に戻らなければならなかった。
マリコも二次会までは……と丁重に遠慮した。
そして今、二人はチャペルの見えるベンチに腰掛け、土門の出勤まで時間を潰していた。
「いいお式だったわね。二人とも幸せそうな笑顔だったし……」
「ああ」
土門はどこか上の空で返事をする。
「本部長の挨拶も……」
マリコはそのシーンを思い出し、くすっと笑う。
「ああ」
「…………土門さん?」
「……ああ」
マリコは飽きれ顔で、聞いてるの!?と土門の腕をつつく。
「いや、すまん。なんだ?」
「……もぉ、いいわ。大したことじゃないし。それより、どうしたの?」
「……なあ、榊」
「なあに?」
マリコは首を傾げる。
「新郎の方は来月から異動が決まったらしい」
「……そう。同じ職場には居られないものね」
「ああ。ただ、異動先が愛知県警だそうだ」
「えっ……。そんな新婚早々……。所属部署が変わるくらいだと思っていたわ」
「通常はそうだが…。今回は特別だ。異動に伴って、あいつは刑事になる。もともと刑事希望だったからな。それは良かったんだが……嫁さんは心配だろう」
「そうね……離ればなれになるだけでも心細いでしょうに。刑事となれば……心配よね」
二人は若い夫婦の行く末を憂い、沈黙する。
だが暫くして、土門が口を開いた。
「その話を聞いて、俺も考えたことがある」
「?」
「異動の件だ。今回はたまたま俺が選ばれ、結局は残ることになったが……。逆の場合だってあり得る、それに気づいたんだ」
「逆?」
「そうだ。お前が俺の前から居なくなることだ。お前だって少しは名の知れた科学者だ。引き抜きの話だってあるかもしれん。俺の場合は国内だが、お前は……そうとは限らんだろう」
「土門さん……」
「そんな話が持ち込まれたら、お前はどうする?」
「…………」
「きっと、悩むだろう。俺と仕事の狭間で……。俺だってそれなりに悩んだ。お前の側で協力してやることも、守ることもできなくなる…それでも刑事を続ける意味があるのか、ってな。だが、俺が刑事を辞めて、お前の側にいると言っても、お前は喜ばんだろう?違うか?」
マリコは暫く考え込んでいたが、正直に答えた。
「違わない……と思うわ。土門さんには刑事でいてほしい。これからもずっと……。たとえ、離れることになったとしても……」
土門は、ふっと笑い、マリコの肩を引き寄せた。
「俺も同じだ。お前には常に前を向いていて欲しい。俺という足かせで、俯いたり、科学者としての目が曇るようなことにはなってもらいたくはない……」
「土門さん?」
マリコは段々と胸が苦しくなってきた。
なぜ土門は今そんなことを言うのだろう……。
これではまるで…………。
マリコは自分でも気づかぬうちに唇を強く噛みしめた。
同時に手のひらも握りしめる。
どうしてこんな話をしているのか?
土門は何を言いたいのか?
どうして?なぜ??
マリコは思考の奥深くへ沈んでいく。
『別れ』
その二文字がふいにマリコの頭を過る。
土門が触れる肩先の重みに、マリコはさらに唇と手のひらに力を込めるのだった……。
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