魔法の手





「榊!」
バタン!と土門が屋上の扉を手荒く開けると、やはりマリコはそこにいた。

土門が近づこうとすると、マリコは『来ないで…』と言う。
その声は湿り気を含んでいた。
そんな声を聞いて、黙って手をこまねいていることなど土門にはできない。
マリコの言葉を無視して、土門はマリコと向かい合った。

「来ないで、って言ったのに……」
「断る」
「私のことは放っておいて……」
「無理だな」
「どうして?」
「どうして?、そんなの決まってる」
土門はマリコへ手を伸ばす。

「触らないで!」
「……榊?」
予想外に強い声に、土門は戸惑う。

「その手で触らないで……お願い…」
「それこそ、絶対に無理だ!」
土門は嫌がるように体を捩るマリコを捕らえ、離すものかと力を込める。

「今日も俺からの連絡を無視しただろう?この間から一体どうしたんだ?俺の何が気に入らない?」
「ちがっ!……土門さんが悪いんじゃないわ……」
マリコは俯く。
大きな瞳からは盛り上がった雫がもう溢れ落ちそうだった。

「榊……。ちゃんと話してみろ」
それから暫くマリコは無言のままだった。
しかし、土門はマリコからの言葉を、辛抱強く待ち続けた。

「心美ちゃんが……」
「?」
「土門さんにとって、心美ちゃんは少し……特別?」
「古内がか」?
土門は寝耳に水といった顔で、その先の説明を待つ。

「他の人たちに対するのとは違うように見えたの。いつも楽しそうだし、頭を撫でてあげたりしているし……」
「そんなの。あいつが勝手にじゃれついてきているだけだぞ?」
「そうね。でも……土門さんはそうかもしれないけど、心美ちゃんは違うかもしれないわ」
土門はよくわからない、と眉を寄せる。

「古内が原因なのか?」
土門はそうたずねながら、マリコの髪に触れようとした。
『違う』とマリコが頭を振ると、パサパサと髪が土門の手を叩いた。
「あいつは美貴みたいなもんだぞ?」
マリコだってそれは分かっている……。
自分に触れようとしている土門の手をマリコはぎゅっと掴んだ。

それは。
温かくて…。
大きくて……。
いつでも自分を守ってくれると思っていた、優しい手。

「それでも」
「ん?」

「それでも……………嫌なの!」
「榊?」

「私じゃなきゃ嫌なの!土門さんの手が髪に触れたり、頬に触れたり、手を握ったり……。そういうのは全部私だけじゃなきゃ嫌なの!」
そう言うとマリコは目を潤ませ、怒りと羞恥に顔を真っ赤にしたまま俯いてしまった。

瞬間、土門はマリコを抱く腕に力を込める。
あまりの力強さにマリコは驚き、息を詰める。

「暫く顔あげるなよ。俺を見るな……」
「……どうして?怒ってる……の?」
不安げなマリコの頭を、今度こそ土門は優しく撫でる。

「違う。情けない顔をしてるからだ」
「?」
「まさか、お前からそんな台詞が聞けるとは思ってもみなかった。……それは焼きもちだろう?ニヤ気がとまらん」
「なっ!?」
土門はマリコが暴れだす前に、その体をぎゅっと包み直した。

「いいことを聞けたのは嬉しいが、お前は間違ってるぞ?」
「え?」
土門は笑いをおさめ、腕の中のマリコを見下ろす。
その眼差しは、他の誰に向けるよりも愛しさに満ちている。

「もう何年も前から、この手は……お前『専用』のはずだがな?」

そう言うと、土門の温かな手のひらがマリコの頬を包み込んだ。

それだけで、これまでのささくれだったマリコの気持ちが嘘のように穏やかになっていく。

「忘れるなよ、榊……」

吐息混じりに告げられた声と、手のひらの優しさにマリコは瞳を閉じる。
暗闇の中でさえ、自分を照らし導いてくれる………それは。


――――― 『魔法の手』




fin.




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