魔法の手





科捜研にも人事交流はある。
今回、白羽の矢が立ったのは亜美だった。
約三週間、亜美は神奈川県警へ出向することが決まった。
そして、亜美の代わりに京都府警へやって来たのが……。

古内心美ふるうちここみでーす!よろしくおねがいしまーす♪」

白衣の胸ポケットにはじゃらじゃらとキャラクターの下がったペンが何本も挟まれ、ポケットから落ちそうなほどだ。
一つにくくられた髪止めにもアニメのキャラクターの巨大な顔がついている。
そして。
お伝えできないのが残念だが、その声もまた人気声優ばりのラブリーボイスであった。

「心美くんには、亜美くんの代わりに画像解析を担当してもらうからね」
所長に言われ、はぁーい♪となぜか両手を挙げて返事をする。
宇佐見が思わず苦笑いを浮かべた。
しかし呂太とはウマが合うようで、メイド喫茶の話題で盛り上がっていた。




「失礼します」

「あー!どもんさーん!!」
心美は全身で土門にぶつかっていく。
「おいっ!お前、危ないだろう!」
土門は心美の体を片手で支える。

「あれ?土門さんと心美さんは知り合いなの?」
呂太が不思議そうに二人を交互に見つめる。
「前に土門さんが神奈川県警へ捜査協力に来たときに、一緒に仕事したんだよー」
『ね~』などと首をかしげる心美に、土門は『お前は変わらんな…』とその頭に手を置いて笑っている。
土門が髪をくしゃくしゃにかき混ぜると、『やめて~!』と心美は逃げ出す。


マリコはそんな二人の様子を少し離れたところから見ていた。
――― ……………。
――― 何だろう?
マリコはじっと手を見つめた。

「……き、榊!」
「えっ?………なに?」
「いや……。鑑定を頼もうと思ったんだが、大丈夫か?」
土門が気遣わし気にマリコを見る。
「ええ。すぐに取りかかるわ」
マリコは依頼書を受け取ると、自分の研究室へ籠った。



マリコが鑑定を終え、報告書を持って部屋を出ると、ちょうど心美が帰り支度をしていた。

「心美ちゃん、お疲れさま」
「お疲れさまです♪あれ?その報告書、どこかに届けるんですか?」
「ええ。土門さんに……」
「ああ!それなら私、帰りがけに届けておきますよ~」
はい、と手を出され、思わずマリコは報告書を差し出す。

「それじゃあ、お先でーす!」
ぺこりと頭を下げると、心美は科捜研を出て行った。
悪気がないことは分かるし、憎めない明るくていい子だと思う。
ただ……………。
空いてしまった両手をマリコは淋しげに見つめた。

「さてと、残りも片付けなきゃ……」




それから呂太と日野が帰宅し、今まさに科捜研を出てきた宇佐見が土門とすれ違う。

「宇佐見さん、お疲れさまです」
「土門さん、お先に失礼します。……マリコさんなら鑑定中ですよ」
会釈の後、付け足された台詞に土門は苦笑する。
しかし特に言い返すでもなく、狼狽えるでもなく、土門は『ありがとうございます』と答え、科捜研へ入っていった。
対する宇佐見もまた、振り返ることなく歩みを進めた。
二人ともいい大人の男である。



「榊、入るぞ」
声だけ掛けて静かな室内に足を踏み入れると、ブーンという低い機械音が耳につく。
唸る機器の隣のデスクで、マリコは突っ伏して眠っていた。

「またか………」
仕方ない奴だ…、と土門はその頭を撫で、首筋の辺りで絡まる髪の一房を弄ぶ。
さらりと癖のない髪が自分の指の隙間を滑り落ちる様子に、土門はやさしく微笑む。


「ぅん……。あれ?土門さん??」
「起きたのか?うたた寝するくらい疲れているなら、今日はもう帰ったらどうだ?」
「ん……そうね。あとは明日にするわ」
「それなら支度しろ。送ってやる」
「ありがとう…って、土門さんこそ何か鑑定があってここに来たんじゃないの?」
「いや。明日でいい。駐車場で待ってるぞ。……カバン以外の荷物はこれだけか?」
土門は資料の詰め込まれたブリーフケースを取り上げると、『先に行ってるぞ』と扉へ向かう。
しかしドアノブに手をかけたところで、マリコを振り返った。

「よだれ、ついてるぞ?」
「えっ!?うそっ!」
慌てて顔回りを確認するマリコに、『冗談だ!』と笑うと、土門は逃げるように去って行った。

「もぉ!」
膨れたマリコだったが、思い出したかのように自分の髪に触れる。
夢だったのか、現実だったのか……。

マリコは自分の手を見つめると、帰り支度をするために立ち上がった。





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